第32話 心の迷い
あの告白以来、鬼灯と本格的に付き合うことになった。
俺の心を傷つけた女ではあるが、今はそれが嘘であるかのようだ。
学校からの帰り道。
あの坂を下っていた。
「せっかく、結界に目覚めたのですから、復讐などもう考えないでくださいまし」
「お前はいいのか、B組で」
俺の疑問にうなずく鬼灯。
「SA組は外には威張れても、疲れるところでしたわ。
B組は最初こそひどい目に合いましたけど、あなたのおかげで今では鼻高々ですわ。
私はあなたが一緒ならもうどっちでもよろしくってよ」
縦ロールを揺らしながら胸を張ってご機嫌で何よりだ。
もともと俺たちは小学生のころから仲がよかった。
おかしくなったのは俺が中学入学時点でも能力が発現しなかったからだ。
その頃には俺はすっかり鬼灯に惚れ込んでいた。
それで告白したら玉砕し、復讐のことだけを考えていたのが、こういう形で付き合うことになった。
「そんなことよりも急務は!」
そう言って鬼灯の振り向いた先には、気まずそうなアリアがいる。
「このお方にどうにかして離れていただかないと!」
俺は心が折れていた。
無論、鏡美に完敗したことが原因だ。
それで復讐についての計画は進んでいなかった。
だが、アリアは相変わらず俺の2メートル以内。
俺の意識レベルが下がるような窮地に陥らないとあの銀の蛇は出てこない。
まああれでアリアが離れて動けるようになっても邪魔で仕方がないが。
とりあえずこのような状態は3人のうちの誰にとってもいいことがない。
それで今日は研究所に行くことになっていた。
彼女に離れて動けるようになってもらうためには結界半径を伸ばすしかない。
これはほとんど効果がないと言われており、あまり取り組んでこなかった。
だが、もし伸ばすことができれば、非常に有益だ。
トイレやシャワーのたびにばつの悪い思いをする上、難聴の危機にさらされるのには疲れた。
幸い、叔父が専門的に研究しているのは結界半径の大小はなにが原因かということらしい。
叔父の研究室にて叔父を含む計俺たち四人はテーブルについた。
「いいかね、基本的に結界の能力の強さと結界の広さは反比例する。
だが、結界の発動条件を縛れば、強さはそのままで結界を広げることもある程度可能となる」
「具体的にはどうすればいいんた?」
俺の問いに叔父は得意気に答える
「たとえばだ、トイレやお風呂、それから鬼灯のご令嬢とデートのときだけは結界を拡張する。
その代わり」
「その代わり?」
「たとえば寝るときは結界の半径を小さくする!
うーん、たとえば50センチとか」
「な、なんですの、それは?!
それではお二人がほぼ密着するしかありませんわ!!
そ、そそそ、添い寝状態になりますわ!!
そんなこと断じて認められませんわ!!」
鬼灯が顔を真っ赤にして叫んだ。
結局、鬼灯の反対もあり、話はあまり進まなかった。
なんにせよ結界半径を変化させることから訓練をすることになった。
鬼灯と分かれ、家に戻った。
鏡美とはほとんど口をきいていなかった。
向こうはいつも通り接してくるが、俺は話す気になれないのだ。
それで部屋でアリアと二人っきりで過ごすことが多かった。
しかし、そのアリアとも気まずい。
壁際に三角座りしたアリアが不意に話しかけてきた。
「お前は、なにがしたいんだ?」
「なんだよ、急に?」
「お前の復讐はどうなった?」
「それは、その」
「復讐はできないが、鬼灯とうまくやっていくために結界の半径を広げる。
けっこうなことだがな、私には使命がある。
私が帰ればお前は無能になるのだろう?
ならば鬼灯ともうまくいかなくなる」
俺は何も言えなかった。
「お前は、なにがしたい? 私は使命のためにも一刻も早くここから帰りたい」
「使命、使命ってな?!
お前こそなにがしたい?!
お前を犠牲にして助かる世界がそんなに大事なのかよ?!」
「分からない……だが、お前に言われる筋合いはない。それだけが私の生きる意味だ。だから」
アリアは立ち上がると俺の首を絞めはじめた。
「お前を殺して、私は帰る。もうここにはいたくない」




