第3話 従妹登場
「お兄ちゃーん、ちょっと~? 起きてるんでしょー?」
再びのノック。
俺はアリアの上から急いで起きあがる。
アリアもさっと立ち上がる。
気が狂いそうな俺。
今、あいつにアリアを見られたらいろいろ終わる。
俺はアリアにそっと近づくと、耳元でささやいた。
「悪いがベッドの下に」
「心得た」
アリアは察しよく俺のベッドの下に潜り込もうとする。
しかし、鎧を着ているせいでガチャガチャと音が鳴る。
その雑音をごまかすように、
「なんだよ、せっかく寝かけてたのに。ちょっと待ってくれ」
扉の向こうに向かって声を投げた。しかし。
「開けていいよねー?」
聞いちゃいない……。
俺がベッドのほうを向き直って、アリアの姿が見えないのを確認してる途中で。
扉の開く音がして、心臓が大きくどくんとなった。
慌てて扉の方を振り返る。
「なに? なんだ?!」
「あれ? あれあれあれあれあれー? なーに、慌ててんの? ねえ? ねえったらねえ?」
聞き飽きた声は相変わらず俺をいじくるようでわざとらしい。
そんな甲高い声とともに。
無駄に大きく扉を開け放ち、正面から堂々と入ってくる傍若無人な侵入者。
身長は155センチほどで華奢な体型。
運動部所属の証、薄い小麦色の肌。
肩まで伸びたつやつやな黒い髪。
黒目がちの瞳に長くカールした睫毛。
血色のいい上下の唇。
その間に見える並びの整った歯の白さが、肌の色とのコントラストで際立つ笑顔。
どこかやんちゃそうな印象が残る中学3年生。
あの美少女騎士様を見たあとでもかわいく見えるほどには可憐だろう。
青いパジャマを着たこいつが俺の妹……ではなく、俺の従妹だ。
名前は鳥羽鏡美。
「こんな時間になんだ?」
「はーい、もんだーいでーす!
お兄ちゃんが今慌てて隠したものは次のうちどちらでしょーか?
1、えっちなDVD。2、えっちなゲーム。はい、答えて答えて~、早押しだよ!」
満面の笑みでまくし立てる。
いつものノリだ。
いちいち相手にすると、調子にのってくるので最近は無視している。
「あれ? 答えないの?
そんなことしてると時間切れになっちゃうよ~!
そしたらそしたらー、次の問題にいっちゃうよ?
はーい、時間切れ!
じゃあ次の問題ね!
お兄ちゃんはやらしいDVDかゲームをどこに隠したでしょーか?
1、ベッドの下! 2、ベッドの下!」
ベッドの下を指差しながら、無駄に楽しそうに出題してくる。
ニッコリ笑う愛くるしさで意地悪な印象がすっかり消されるのが、計算されていたとしても嫌な感じを与えない。
普段ならそれでもいいのだが、今日はまずいのだ。
そう、普段ならベッドの下の奥に隠してある秘蔵コレクションを自ら取り出して、その後に続く鏡美のご機嫌な笑い声さえ聴いていればいいのだから。
そうすれば、納得して帰っていく。
だが、そこで俺は気づく。
女騎士様はベッドの下。
秘蔵コレクションはベッドの下。
両者の座標が一致していることに!
まずい!まずい!まずい!
「どうしたの、お兄ちゃん、だまりこんじゃゃって?
場所言い当てられて声もでない?
絶句? 絶句ってやつ? キャハハハハハハ」
そのときだ。
ベッドの下からゴソゴソという音が聞き苦しく流れた。
今の音で気づかれたか!
笑うのをやめて、凝視してくる彼女。
俺の目の中を、網膜の奥を、さらに視神経から頭の中を、のぞきこんでくるような上目遣い。
女の子の上目遣いはかわいらしさの演出の際に多用されることになっている。
が、これはその類いではない。
俺は全く動くことができない。
まるで石のように。
別に鏡美がなにか特殊なことをしたわけではないのだが。
「お兄ちゃーん、今の~」
そこでいったん言葉を切って。
「なに?」
なにも答えられない俺の視界の左から鏡美はパッと消えると、俺の後ろにあるベッドのほうへ歩いていった。
俺がおそるおそる振り返ると、ベッドの前に鏡美は立っていた。
「ふーん」
彼女は両腕を胸の前で組み、じっとベッドを見つめる。
そこから聞こえたのは時計の針が時間を刻む音だけ。
とてつもなく長い時間が経ったかのように思えた。
俺は鏡美の後ろ姿を見たまま全く動けなかった。
そして、足元がふらつくような感覚になったとき。
「お兄ちゃん」
ベッドのほうを見たまま鏡美がつぶやく。
「お兄ちゃんは私とずっと一緒にいてくれるよね?」
「ああ」
俺は気づけばそう答えていた。
そう答えなければいけない気がした。
すると、鏡美は髪をふわりとさせてくるりとこちらを向きなおす。
後ろ手を組んで、足首をクロスさせて。
そして、すこしこちらに体を傾けて上目遣い。
今度はかわいらしさの演出だ。
鏡美は目を細めて俺を見た。
「じゃあ今日はいいや」
そう言うと、彼女はドアのほうへ向かいだす。
かと思いきや。
「な~んて言うと思った?!」
鏡美は意地悪そうな笑顔でそう言い放すと。
素早くベッドのほうに向き直り、ベッドの下を覗きこんだ。




