第20話 ランクダウンの代償
ホームルームが終わったあと、教師がいなくなり、掃除の時間がはじまる。
いや、掃除の時間じゃない。
正確にはリンチの時間だ。
座って帰る準備をしていた鬼灯の頭に、後ろからバケツ一杯の水がぶちまけられる。
「あ、ごめんね~。手が滑っちゃった」
やったのは女子だ。
女子がここまで露骨にやるとはよほどだろうな。
あのお高くとまった性格に風紀委員長としてのこれまでの暴挙。
Bランク以下のものはみんな従うしかなかった。
Bランクの連中を抑えるのは鬼灯が特に力を入れてやってきたのだ。
「ああ~濡れちゃって。早く拭いてあげないと」
そう言って他の女子が雑巾で鬼灯の頭を横から拭きはじめる。
「お止めなさいっ!」
鬼灯がその女子の手を払いのける。
すると、近くにいた男子が結界を発動させる。
「展開! 発動!」
途端に鬼灯が動けなくなる。
動きを封じる結界のようだ。
Bランクの結界。さすがにかなりの拘束力のようで、鬼灯はしゃべることすらできないようだ。
鬼灯は結界の展開と発動の際、発声していた。
Aランクだったが、展開と発動を研究所のアルのように無言では行えないのだろう。
つまり、しゃべれない鬼灯は結界が全く使えない。
「きれいに拭かないと風邪ひいちゃうよね」
さっきの女子が鬼灯の顔までに丁寧に拭いている。
「服もびちょびちょだから脱がないと体冷えるよ。服を乾かしてあげる」
他の女子たちも鬼灯のブレザーを脱がせると、床に落として踏みつけまくった。
そこに不意に担任が戻ってくる。
「言い忘れていたんだが……」
担任と鬼灯のリンチに加担していた生徒たちの目と目が合う。
凍りつく空気。
だが、担任の言葉はリンチをしていた生徒には向けられず、鬼灯に向けられた。
「君はAランクではなくなったから、今日付けで風紀委員長を解任となった」
それだけ告げると担任は去っていった。
「なんなんだ、ここは!」
俺の横で騎士様がお怒りだ。
相当な憤りだ。
だが、俺はそんなアリアに一言。
「ここではこれがルール。
上のランクのやつは大抵妬まれてるから、上から下にランクが落ちたらこうなるんだ。
特に鬼灯は風紀委員長として幅をきかせてたから余計にな」
「それで納得しろと?!」
俺は軽蔑すらこめた眼差しでアリアを睨み付けた。
「俺はこれまで納得するしかなかった。
それから、お前がしゃしゃり出るとBランク能力者を30人ほど敵にまわすことになる。
お前がこいつらを抑えられるだけの力があるんなら、正義感振りかざしたらいいが、無理だろ。なにより、お前だけがぼこられるのは勝手だが、俺まで巻き添えになるだろうが」
そう言われるとアリアはだまった。
その後も動けない鬼灯をモップで全身拭きまくる。
罵声をあびせられる。
教科書やノートをぶちまけられ、そこに水をかけられるなどが行われていた。
ただ、女子に対しては暴力は行われない。
殴る蹴る、それから強姦の類いは絶対にない。
それは生徒会長の弟が厳しく禁じているからだ。
「今日の掃除は鬼灯さん、やっといてくれるんだよね?」
「頑張ってねー」
「みんな、帰ろー」
「俺たちも一旦出るぞ」
「しかし」
俺はためらうアリアの手を引いて他の生徒たちと教室を出る。
その後、集団がバラけ出すと、俺たちはこっそり抜け出し、教室にもどった。
「お前、どういうつもりだ? 手伝ってやるのか?」
アリアは上機嫌だ。
「まあな、お前も手伝え」
教室では鬼灯が1人、言われた通り掃除を行っていた。
俺は鬼灯には何も言わず、掃除を手伝いはじめる。
「あなた?!
いったいどういうつもりですの?!
わかっているでしょ?!
そんなバカなことをしたらあなたもいじめの対象になりかねませんわ!」
さすがに驚く元風紀委員長殿。
しばらくして掃除は終わった。
「べ、別にお礼なんて言いませんから。
では、お先に失礼いたしますわ」
鬼灯はそう言って帰っていった。
「照れ隠しか、今の?」
アリアは嬉しそうに訊いてくる。
「ああ、そんなとこだ」
「しかし、お前もなかなかいいやつだな。
見直したぞ。
復讐しか頭にないと思っていたが」
俺は思わずふきだした。
「どれだけ頭がおめでたいんだ、騎士様。
じゃなかった巫女様か。
なんでこんなことするのか教えてやろう」
正直、このときの俺は悪人面していただろう。




