第16話 王
結界学園。
小学校から高校まである。
なお中学、高校は同じ場所にある。
ここは、有り体に言えば、特に結界ランクの高い生徒の監視場所である。
能力の高いDランク以上の生徒は、特に道徳的な教育が必要という名目で、全国から集められるわけだ。
監視場所であるため、欠席はご法度である。
どんなことがあっても出席しなくてはいけない。
欠席すれば連行され、独房行きとなる。
病気の場合でも例外はない。
丘の上にそびえたつ赤いレンガ造りの大きな建物。
そこへと至る坂道を多くの制服姿の生徒が上っていく。
そこを最底辺の存在として後ろ指さされながら歩く。
これまでは、そんな毎日だった。
だが、今日は全てが違う。
「なに、あの外国人!?」
「めっちゃ美人!!」
「ゴミトバの隣、
歩いてるぞ?
どういう関係だ?」
ゴミトバとは俺のことだ。
名字が鳥羽だから。
しかし、アリアが隣にいるだけでこの違いである。
しかも、アリアは制服姿だ。
これは学校関係者である叔父の計らいである。
えんじ色のブレザーにグレーのプリーツスカート。
その上、だて眼鏡まで装備。
だて眼鏡は鏡美のアイデアだが、よく似合っている。
校門付近にたどり着いた時、
俺たちの周りは、人だかりになっていた。
まるで有名人になった気分だ。
「なんだか、私たちはやたらと注目されているようだが」
アリアは心なしか顔が赤いようだ。
校門を過ぎ、喧騒に包まれて耳も麻痺し始めた頃。
「これはなんの騒ぎですの!?」
聞き覚えのある高飛車な声。
声の主は長い栗色の髪を縦ロールにした女子。
背丈はアリアより少し高めか。
長い睫毛に大きな栗色の瞳と鼻筋の通った顔。
気品と高潔さをまとったかなりの美人である。
制服をビシッと着こなし、
1人だけ他の服を着ているみたいだ。
風紀委員長の鬼灯みなわ。
実は俺の好きだった女子である。
察しのいい彼女は騒ぎの元凶が俺たちだとすぐに分かった。
俺とアリアにさっと近づいてくると、
訝しげな様子でアリアに問う。
俺には一瞥もくれない。
まるでいないかのような扱いだ。
「あなたのような生徒、我が校におられましたかしら?
お名前と学年、クラスをおっしゃってください」
「私は」
そのまま答えていいのか?と俺に目配せしてくるアリア。
仕方がない。
「鬼灯、この子はアリア。俺の結界で召喚した」
「あなたには尋ねてませ……って、なんですって?!
鳥羽君、あなた、今なんと?」
すごい反応だ。
ここまで狼狽する鬼灯の顔は見たことがない。
「だから、俺が結界で召喚したんだ。
つまり俺の結界が発現したんだよ」
「結界が発現した?!
そんなことが?!
しかも、人を召喚するなんて」
そこでアリアが口を開く。
「事実だ。
私はこの世界のものではない。
私の名はアリア・ウヌ・カルハイ。
竜樹の巫女だ」
中二病のイタい台詞にしか聞こえてないだろう。
「アリアさんでしたかしら?
あなたが異世界人である証拠はあるのですか?」
すぐには信用しない鬼灯。
アリアは少し考えると、俺に尋ねてくる。
「あれをやってみせてもいいか?」
ここでお披露目というのも悪くはないか。
多くの生徒が見ている前だ。
どれだけの騒ぎになるか見物だ。
「ああ」
そうするとアリアの髪が光りだし、
体の周りに星屑を撒き散らす。
それは鏡状の球面を形成する。
あたりから喚声があがる。
少し驚いたような顔をする鬼灯。
だが。
「これではアリアさんが少し特殊な結界を使っている、というようにしか見えませんわ」
認めようとしない鬼灯に、ため息をつくアリア。
「では、これならどうだ?」
アリアは片手でいきなり俺の胸ぐらを掴むと、
そのまま軽々と持ち上げた。
「その細い腕で男の方を持ち上げるなんて?!」
鬼灯が身体能力を強化する結界の可能性を、
疑ってかかるのではないかと思った。
だが、少し考えたあと、俺に質問してきた。
「仮にあなたの結界が、
アリアさんを召喚したとしましょう。
その結界の半径はどれくらいなのですか?」
嫌な質問がきたな。
「約2メートルだ」
「に、にににに、2メートル?!
2メートルですって?!
それってアリアさんとあなたが、
最大2メートルしか離れられないってことではないですの?!
お家でいったいどういう生活になっているのです?!
いえ、それはともかく、学内でどうするのです?!
着替えや御手洗いに行くときは?!」
俺は目隠しと耳栓を取り出す。
「これで同伴だ」
「そ、そそそそ、そんなこと認められるわけありませんわーーーーーーーー!!」
鬼灯の叫び声が校内に響き渡った。
その後、担任がアリアが明らかに異世界から来たものであることや、結界の半径が2メートルしかないことを確認した。
これまで結界が発現していない俺はDランクの連中のクラスに所属となっていた。
しかし、このような事態となり、俺の今後の処遇をどうするのかについて異例の緊急職員会議となった。
叔父は制服は用意してくれたが、こういうところは話を全くしていなかったらしい。
連休明けだし仕方のないことなのか。
俺の年齢まで結界が発現しなかった例はほぼないのだ。
俺とアリアは面談室で待たされていた。
すると、担任の教師が入って告げた。
「これから移動する。ついてきなさい」
どこに連れていかれるのか。
そう考えていると……。
この数年間か全く行ったことのないところに向かっていることが分かった。
「ここだ」
その部屋には「生徒会」の標識。
「入るんだ」
担任にうながされて部屋に足を踏み入れた。
それは非常に広い会議室だった。
そこに丸い大きな蛇がいた。
いや、環になった蛇を模した長く丸いテーブルだ。
そのテーブルの外側に教職員がずらりと並んで座っていた。
そして、丸まった蛇の中心に。
あいつが座っていた。
あいつだ。
「久しぶりだね」
そう言って立ち上がるあいつ。
身長は平均より少し高め。
髪は短く、黒い。
瞳は赤く、血の色のようだ。
その表情からは全く悪意が見られない。
制服は赤のブレザーに黒いズボン。
そのところどころに金の縁取りがなされている。
奴を見るだけで強烈な頭痛がした。
どうして、俺がここまで一度も自分の容姿について語らなかったのか。
それは俺が幽霊でもないのに、
自分で自分の姿を鏡で視認できなくなったから。
それは精神的なものだが、
原因は、あいつだ。
あいつは俺と瓜二つの容姿をしていたからだ。
まるで鏡にうつしたように。
双子の弟だから当然だ。
あいつこそ俺の最大の敵。
「ようこそ、生徒会へ。兄さん」




