第13話 赤く鋭き眼光
「叔父さんが対戦相手?」
「そうだよ」
不気味な微笑みを浮かべる叔父。
「では、試合開始といこうか! 展開!」
かけ声とともに叔父の周囲に広がる結界。
目視できるくらいはっきりとしている。
同時に俺より一歩前に出て、金の髪から星屑を撒き散らしはじめるアリア。
叔父の結界が届く頃には鏡の球体が形成されている。
「お前も中に入れ!」
アリアの指示にしたがって俺も球体の中へ。
さらに拡大する結界はとうとう部屋のほとんどを覆いつくすまでに達した。
直径50メートルほどか。
「発動!」
かけ声とともに、叔父の足元の近くの床から角のようなものが生えはじめる。
やがて床が隆起し黒い物体が姿を現しはじめた。
背中には1対の翼。
4本の足。
真っ赤な瞳。
長い尾。
それは漆黒のドラゴンだった。
背丈は10メートルはあるだろう。
一昨日、叔父がみせた写真にあったものと酷似していた。
「魔竜!」
アリアが叫ぶ。
魔竜はアリアの世界では魔王の手下であり、元人間だったというが。
「グゥォォォォォォォォ!!」
魔竜の咆哮があたりの空気を揺るがす。
俺たちは思わず、耳をふさいだ。
「驚いたかい? あの写真のドラゴンを召喚したのは実は私なんだよ。ハハハハハ」
いつものように軽いノリで話す叔父。
「さあ、ギャウサル。あの二人と戦え」
叔父の指示に反応する魔竜。
「グゥォォォォォォォォ!」
吠えながら、こちらに向かって近づいてくる。
そして、大きな赤い瞳を見開いた。
「目を合わせるな!」
とっさのアリアの言葉に俺は魔竜から目をそらした。
アリアが続ける。
「魔竜はああやって睨みつけることで、
相手を動けなくする。
それから猛毒を吐いてくる。
この蛇星鏡でもあの睨みと猛毒を完全には防げない」
そう言った矢先、魔竜が大きく口を開ける。
「こっちだ、竜一」
アリアは俺の手を引っ張って左に駆け出す。
次の瞬間。
俺たちが立っていたところに、透明の液体がぶちまけられる。
それは煙をあげながら床を腐食していく。
模擬戦じゃなかったのか。
こんなもんまともにくらったら……。
「あれを食らったらさすがに私でもただでは済まない」
アリアがそう言ったときだった。
左脇に差した剣が光りだす。
間違いない。
剣の鍔の竜の口が開き、アリアが鞘から剣を抜く。
刀身は白銀の弧を描いた。
魔王の配下である魔竜を前にして水鏡の剣が自分の意思で鞘から抜けた。
すると魔竜の後ろに控えている叔父が叫ぶ。
「おーい!
せっかくの戦いの緊張感に水を差すようだけど先に言っておくね!
どうやら剣は抜けたみたいだね!
お願いだからこいつとの戦いが終わっても鞘に納めないでほしい!
そのまま刀身を解析したいんだよ!」
確かに緊張感がとんだ。
だが、叔父はただ魔竜と戦わせるだけでなく、剣がぬけるか確認し、さらに剣を解析したいと思っていたようだ。
抜け目がないというかなんというか。
「来るぞ!」
アリアが俺に注意を促す。
また魔竜がこちらを睨みつけてきたので、魔竜から目をそらす。
その後、魔竜の口が開くとアリアが俺の手を握って、さらに左に跳び退く。
さっきと同じように誰もいない床を毒が溶かす。
なんとも単調で鈍重な動きだ。
「水鏡の剣なら魔竜は簡単に倒せるんじゃないのか?」
俺の質問に、アリアは首を縦にはふらない。
「こいつなにかおかしい。魔竜にしては……!! 後ろに避けろ!」
俺はアリアに押されながら後方にとんだ。
直後。
左横から黒いものが高速でアリアを吹き飛ばした。
「うわあああああ!」
魔竜の長い尻尾がアリアを薙いだのだ。
アリアが吹き飛ぶ距離が2メートルに収まることはなく、彼女は俺の結界に衝突して赤く光り、二重にダメージを負う。
「アリア!」
俺は呼びかけながら近づく。
アリアはすぐに上体を起こすと、大量に吐血した。
それでもアリアは、なんとか膝をついて立ち上がろうとする。
だが、そこで魔竜が真紅の目を見開く。
そのとき。
水鏡の剣の刀身がぐるぐるととぐろを巻いて1枚の鏡の盾のようになった。
そして、俺たちと魔竜の間に立ちふさがった。
すると、何が起こったのか、とたんに魔竜の動きが止まる。
魔竜の睨みを反射したのか?
この機を逃さず、アリアは立ち上がって、魔竜のほうへ駆け出す。
俺もアリアについていく。
そして、魔竜の懐までいくとアリアは剣を魔竜の腹のあたりに突き刺した。
「グァァァァァァァァ!」
魔竜の絶叫がこだました。
「こりゃ、いかん! 貴重な私の研究サンプルが! 発動停止!」
叔父がそう言うと魔竜は床に溶けるように消えていった。
アリアは魔竜が消えるのを確認すると、剣を落とし倒れこんだ。
「大丈夫か?!」
俺が声をかけても返事がない。
叔父がそこに駆けつける。
「剣は? お! まだ鞘に収まってないな」
そして、ニンマリしながら落ちた剣に近づく。
だが。
剣の刀身は蛇のように伸びると、アリアの左脇の鞘のほうに流れ込む。それに柄も続く。
そして、鞘に収まると鍔の竜の口はいつものように閉じてしまった。
「なんと?! それはないだろ」
叔父は肩を落とした。
「そんなことよりアリアを!」
叔父は眼鏡のズレを直すと、大きくため息をついてから、医療班を携帯で呼んだ。
「ギャウサルは傷つくは、水鏡の剣の刀身は調べられんわ、全くついてないな」
叔父の言い草に俺はさすがに腹立った。
「明日から学校なのにアリアをこんなに傷つけるようなことをしやがって! むちゃくちゃじゃないか!」
叔父はアリアをほとんど心配していないが、とはいえ、俺も戦力としてのアリアしか心配していないので、叔父のことを責められたものではない。
その後、アリアはまた処置を受けたが、傷の治りは非常に速かったため、明日までに間に合う可能性が出てきた。
異世界人はやはり体の出来が違うのだろう。
その日の夕方。
アリアが寝ているベッドの側の椅子に俺は腰かけていた。
少しまどろんでいたときに、突然ぽんと肩を叩かれた。
振り返って俺が見たのは。
「おにーちゃん!」
満面の笑みを浮かべる見慣れた小麦色の少女の顔であった。
「か、鏡美!」
背筋にぞくぞくとしたものが走った。
「お兄ちゃん、訊いていいかなー?」
そこで声のトーンが明らかに変わった。
「このきれいな女の人、誰?」
これほど恐ろしい微笑みを俺は見たことがなかった。




