第12話 水鏡の剣
俺とアリアが同伴のもと、剣の解析がはじまった。
病院で見たことのあるMRIをさらに複雑にしたような装置の上に剣が置かれている。
剣に磁気や超音波などを当ててその組成などを探っているらしい。
もっとも、アリアが再び刀身を鞘におさめてしまい、また鞘から抜けなくなった状態ではあったが。
それと並行して叔父は事細かにアリアに質問する。
「念のため一つ一つ確認したい。1度聞いたことがあるかもしれないことも含めてね。この剣には名前はあるのかね?」
「水鏡の剣だ」
「そうか、これはどうやって手にいれたのかね?」
「竜樹さまにいただいたものだ」
「竜樹さま……その竜樹さまというのは世界を支えている存在なんだっけ? 神様のようなものだね」
「そうだ」
「その神様のような存在に君は直接会ったことはあるのかね?」
「竜樹さまの御姿を直接見たことはない。
それが許されるのは竜樹さまの巫女さまだけだ。
竜樹さまが巫女さまを経て、この水鏡の剣を賜ったとおっしゃり、私にこの剣で魔王とそれに属する者共を倒すようにと」
「なるほど。で、これが鞘から抜ける条件というのは?」
「魔王やそれに属する者共と対峙したときにのみ抜けると聞いた」
「ふむ、これが今回どういうわけか抜けたと」
そう言って叔父は側にいたアルに目を向ける。
アルは首を必死で横にふっている。
「この子が魔王、には見えないな。少なくとも私の目には」
叔父は首を傾げる。
「さすがに私の目にもそうは見えない」
アリアの一言に、アルはほっとしているようだった。
その仕草はなかなか愛くるしい。
さっきのバトルであれだけアリアを苦しめた結界使用者とは思えない。
「だとすると、これは仮説だが抜ける条件そのものが実は違うのではないか?」
「では、巫女さまが嘘をおっしゃったというのか?!」
叔父の発言にアリアが明らかに怒りをあらわにした。
「いやいや、そんなことが言いたいわけではない。
たとえばだ。
手強い相手と対峙すれば抜けるとか。
魔王やその配下でなくても、似たような力を持つものの前では抜けるとかそういう可能性だな」
「うーん、なるほど」
アリアもとりあえず納得したらしい。
「しかし、あの剣、普通の武器ではなかったな。
刀身が蛇のようになったときなどまるで生きているかのようだった。今回君たちがアルに勝てたのはあの剣によるところが大きい。
なんとか抜ける条件がわかればな。
そこでだ、ものは相談なんだがな、アリアくん」
「なんだ?」
「強引なことをして抜くわけにはいかんかな?
たとえばこのアルの力で鞘から抜いてみるというのは?」
「この剣は自らの意思を持っていると聞いた。
決して抜けることはないと」
「決して抜けることがないというなら、ためしにやってみてはいかんかね?」
「しかし、それは巫女さまを通して竜樹さまから託された大切な剣。
もし、壊れるようなことがあれば」
「しかし、アルに壊されるようでは君の世界の魔王など到底倒せないのではないかな?」
「……分かった」
アリアには少しためらいも感じられたが、なにか諦めるように言った。
俺たちは模擬戦の部屋に戻った。
アルは部屋に散在する瓦礫など隅へさっさとのけてしまった。
それを見て、彼女がさっき本気で戦っていなかったのが分かった。
一度に動かせる量が尋常ではなかったのだ。
そして、きれいになにもなくなった部屋の中央に俺とアリアとアルは集まった。
床に置かれた剣の前にアルが立つ。
アルがゆっくり瞳をとじて、次の瞬間目を見開くと、周囲に結界を展開する。
その大きさは半径5メートルほど。
彼女は「展開!」といったかけ声がなくても、展開できるようだ。
発動に関してもそうだ。
これは相当上位ランクの結界使用者でないとなかなかできない芸当だ。
そして、アルは剣を見つめる。
すると、剣はアルの目線の高さまで浮き上がる。
対象物を見つめるだけで力が発動できるわけか。
本当にたいしたものだ。
浮き上がった剣が震え始める。
剣からカタカタといった音が鳴り出す。
おそらくアルが鞘と柄を逆方向に引いているのだろう。
その震えがさらに激しさをます。
その場にいる俺たちまでも震えてそうになる。
「たぁーーーっ!」
アルがはじめて声をあげた。
顔は汗がにじみ、苦しそうに歪んでいる。
全力を出しているのだろう。
しかし、どれだけ激しく震えようとも剣が鞘から抜ける気配はない。
それが10秒ほど続いたかどうか。
急にアルが膝をついた。
息があらい。
そして、剣が床に落ちて、その音が部屋に響いた。
「アルの最大出力でもダメとはどうなっているんだろうね?
さっきの検査でもこの剣の組成や構造はかなり謎が多そうだ。引き続き調査を行うが」
叔父もさすがに驚いていた。
その後、俺とアリアは研究所の食堂に行った。
時間は2時半という中途半端な時間だったので、客は誰もいなかった。
食堂の端のほうでテーブルをはさんで向かい合い席についた。
すると、戦闘中を除き昨日から俺に対し全く無言だったアリアが俺に口を開いた。
「少し話がある」
アリアの表情はひどく暗かった。
「なんだ?」
「私は今まで魔王を倒すために戦ってきた。
だが、こちらの世界に来て痛感した。
アルといったか、あのような子どもにすら全く歯がたたなかった。
お前からあまり距離を取れないという縛りがあったにせよ、これはあまりにもひどい。
昨日は黄色い服の子どもにも試合開始そうそう気絶させられる始末だ。
それもどういった能力かも不明だった」
俺はそこで思うところを言ってみた。
「あれは結界内の好きなところに弱い雷のようなものを発生させるものだろう」
アリアはかなり驚いた様子であった。
「お前、あのものの能力が分かったのか?!」
「ああ。しかもあいつは条件を使っていたと思う」
「条件?」
アリアは首をかしげた。
「条件つきの発動によって、威力、結界の半径、展開速度などを上げるできる。
たとえば昨日の黄色いやつはおそらくあの電撃を3発か4発しか撃てなかったと思う」
「どうしてそう思うのだ?」
アリアは身を乗り出して聞いてくる。
「条件でそうする代わりに、結界の展開速度と1発目の命中精度を上げて、さらに発動までの時間を短縮していたんだ。
それで君の頭に直接電撃を食らわせた。
そして、2発目、3発目は俺を攻撃したがどういうわけか足だった。
1発目だけはすごい命中率になる代わりに、そのあとの攻撃はかなり正確さを欠くという条件だったのだろう。
そして、自ら近づいてきて降参を促した」
「お前はあの子どもを遠くから攻撃できる術はなかった。
だとしたらどうしてだ。
わざわざ近づく必要などないのでは?」
アリアの疑問に俺は答える。
「少なくとも2つの場合が考えられる。
1つ目はあいつがもう電撃が放てない場合。
これは降参させるしかない。
遠くから降参しろというよりも近づいてみせて余裕をみせる狙いがあった。
2つ目は電撃をまだ放つことができた場合。
おそらく近寄らないと確実に俺を気絶させられないと悟ったからと考えられる。
それ以外の可能性もないではないけどな」
アリアはひどく感心した様子で言った。
「お前、存外、結界での戦いとなると頭が切れるのだな」
「存外とは余計なお世話だ」
そして、少し肩をおとした様子でアリアは話した。
「正直、今回のことで自分の力のなさを反省している。
結界という異能は私の世界にはなかったが、だからといって、こんなことでは魔王に勝てるとは思えない。
復讐心に燃えるお前のことは好かないし、復讐にも興味はない。
だが、この世界にいる間、お前の復讐に付き合えば私の力にもなろう」
「一時休戦ということだな」
「そういうことだ」
アリアの表情は先ほどまでより少しやわらかくなっていた。
次の日が来た。
三連休最終日。
最後の日も模擬戦をすることになった。
好意のようにも見えるが、データを取るためというのが本音であろう叔父。
だが、極めて強い結界能力者の巣窟である学校に行く前に、俺もアリアも経験を積んでおいて損はない。
模擬戦の部屋で待っていると、向こう側の扉が開いた。
そこから入ってきた人物を見て、俺とアリアは思わず顔を見合わせる。
叔父がいつもの白衣姿で入ってきた。
「今日の対戦相手は、この私だよ」
レンズとレンズの間を中指で押し上げて眼鏡のずれを直しながら、叔父はそう告げた。




