第11話 苦闘
アルと呼ばれた少女は10才くらい。
よく見ると白い服を着ているが肌も白い。
瞳も髪も黒くおかっぱ頭をしていたので、この黒だけが目立っていた。
10メートル離れた場所からこちらを見ている。
こいつの能力は昨日見た。
結界の正確な有効範囲は分からない。
しかし、離れたところからアリアを軽々持ち上げて、俺から2メートル以上引き離すというやり方でこちらを圧倒した。
同じ方法を使われたらそれだけで終わってしまう。
ただ、あのときは不意打ちだったので、アリアのあの鏡の球面を使う術を先に使えば、無効化できる可能性もある。
試合開始の合図があった直後、アリアはすぐに髪を輝かせると鏡の球面を身にまとう。
アルはそれをただ眺めているだけだ。
アリアがこの術を使う前なら、アルには勝ち目がいくらでもあったはず。
思う以上に結界半径が短いのか。
それともなにか条件を満たしていないといけないのか。あのときと今回、違いはなんだろうか。
そう考えていた矢先、アルのまわりに落ちていた無数の瓦礫や鉄骨がふわりと浮かび上がる。
そして、アルはそれらを自分の後方にひかせる。
こいつの結界はおそらくサイコキネシス、意思の力で物体を自由に動かすというものだろう。
「竜一、私の後ろに」
次の瞬間には、浮かび上がった無数の物体はまるで意思を持った生き物のようにアリアに一斉に飛びかかった。
それらはアリアの鏡の球面に当たると……なんとそのまますり抜けた。
「うわああ!」
「うおお!」
物体はアリアに直撃し、彼女もろとも後ろにいた俺を吹っ飛ばした。
俺は後方に倒れてしまった。
しかし、アリアはうまく着地し、体勢を整えると鞘ごと剣を抜いた。
「なぜ、私の蛇星鏡が効かない?」
アリアは独り言のように言った。
この術の名前は以前聞けずじまいだった。
だが、どうして効かないかおおよそ見当はついた。
「アリア、あいつは」
「うるさい! お前は後ろで黙ってみていろ!」
アリアのここまでの激昂ぶりは初めてで俺は次の言葉が続かなかった。
おそらく、アルの結界の射程はあまり長くないのだ。
周囲に浮かせたのち、自分より後方に物体を配置することで、結界を横切る距離つまり助走距離を増やしているのだろう。
アリアに届くときには結界の外。
つまり、結界の力は作用していない。
そして、アリアの蛇星鏡は結界は反射できても、ただの物理攻撃には無効なのだろう。
昨日、俺があの鏡の球体の中にすんなり入れたくらいなのだから。
アルはまた周囲の物体を浮遊させるとアリアに向けて一斉に放つ。
アリアは剣を振り回して物体を叩き落とすが、数が多くすぎる。
「うっ!」
いくつもの瓦礫が彼女にヒットしてしまう。
傷つき、剣を支えになんとか立っているアリア。
アルは無表情のまま、さらに周囲の物体を浮かび上がらせる。
このままでは勝敗は見えている。
勝敗……。
これはアリアの戦い。
俺には関係ない。
俺は最初から負けている。
くだらない。
なにもかもどうでもいい。
そんなことを考えていると俺はアリアの下敷きになって倒れていた。
アリアはなにも言わず立ち上がるが、もう満身創痍という感じだ。
アリアが俺の力であろうが無かろうがなんにせよもうどうでもいい。
こんなことで苦戦しているようでは復讐なんてできない。
これは確かに所詮模擬戦にすぎない。
だが、これに負けているようでは意味ない。
いや、アリアが勝とうが負けようがもうどうでもいい。
どうでもいいんだ。
そのときだった。
アリアの持っている剣が光った。
そして、鍔の竜の口の部分が開いた。
「どうしてこのタイミングで?!」
アリアは驚きながらも鞘から刀身を抜き放つ。
白銀の輝きが姿を現す。
剣が光ったことにアルも一瞬驚いたようだが、かまわず周囲に浮遊させた物体をとばしてくる。
そのとき、アリアの剣の刀身が蛇のようになった。
その蛇は一枚一枚の小さな鱗が鏡のようだった。
「これは!?」
アリアもそんな力がこの剣に宿っているとは知らなかったようだ。
銀の蛇は目にも止まらぬスピードでうねる。
そして、襲いかかってきた浮遊物を叩き落とした。
アルはそれを見ると、すぐさま後方に飛んだ。
自分の体も浮かせることができるらしい。
そして、そこらじゅうの瓦礫を集めて自分の前に隙間のない壁を作り上げた。
その瞬間、足元に揺らぎを感じた。
そして、アリアの体が浮かび上がりはじめた。
既視感。
このままでは、昨日のように2メートル以上引き離されて負ける。
俺はとっさにアリアの手を握った。
だが、アリアはそれを振り払う。
「触るな!」
そのままアリアは宙に浮かんでいく。
髪が光りつつあるが蛇星鏡を形成するのに間に合わない。
そのとき、アリアの剣がまた蛇のようになった。
そして、地面に突き刺さって、アリアが上に浮かび上がっていくのがとまった。蛇星鏡にアリアが包まれるとアリアに働いていた力は消えた。
それにしても、さっきまでよりはるかに伸びたアルの結界の射程。
結界の射程が伸びるには、条件があるはず。
俺は、アルのほうをよく見た。
瓦礫の壁がアルの姿を完全に覆い隠している。
そうか、それが条件だ。
「アリア、あの子の姿が見えたら結界の力は解ける!」
アリアは先程から俺の言うことを聴いてくれないが……。
アリアは俺の腕を取るとすごい勢いで間合いをつめる。
途中アルが飛ばしてきた瓦礫は剣がなぎはらう。
そして、アルが形成した壁も削り落とした。
アルは両手をあげた。
なすすべなしと考えたのだろう。
降参の合図。
「試合終了、なんにせよアルを倒すとは見事だ」
そのあと、叔父は俺とアリアに話しかけてきた。
「この剣、ただの剣ではないな。
徹底的に調べたいのだが。
君も今回どうして鞘から抜けたかも気になるだろう?
それとあの蛇のように変化したことも。
アリアくん同様竜一から2メートル離れるとさっきみたいになるから、君たちに協力してもらわなければならない」




