08_見果てぬ夢
「ど、どういうことだ?」
目の前に立つ少女を、サウルは凝視する。声の主は、この少女に違いない。少女は白い衣を身にまとい、白いターバンを頭にかぶっていた。ただ、肌の色も髪の色も、夜のように暗い。そして、その濁った瞳は互い違いに動いていた。少女は目が見えていないらしい。
「お、お前は何者だ?!」
「私はヲンリ、と人に呼ばれている」
穏やかな男の声で、少女は確かにサウルに言った。
「ヲンリだと?!」
サウルもその名は知っている。この世界を造ったとされる双子の賢者の、姉にあたる存在だ。
「まさか……しかしなぜ、私のところに?」
「この国の王を、祝福しに来たのだ。私に祝福されないのならば、たとえ世界の王となったにしても、どれほどのよろこびがあるだろう?」
「ま、待て、私が王とは、いったいどういうことだ?」
「祝福しよう、サウル。お前は誰よりも幸福で不幸だ」
サウルの質問には答えず、ヲンリはそう言った。
「吉兆はまもなく訪れる。まずお前の近衛長官の職務は、安堵されることだろう――」
白い衣を、ヲンリはひるがえす。すると、ヲンリの姿が闇に溶けていった。
「ま、待ってくれ――」
サウルは慌てて手を伸ばしたが、すでに遅かった。現れたのと同様、ヲンリは忽然と闇の中に去ってしまった。ヲンリがいたはずのところには、一枚の女性もののストールが落ちていた。
(いったいどういうことだ……?)
ストールを拾い上げると、サウルは心の中で呟いた。このストールには、サウルも見覚えがある。
(そうだ、これは私がオルタンスにプレゼントしたものだった)
するとそこに、サウルの従者がやってきた。
「サウル様!」
「騒がしい。何ごとだ!」
「ロオジエ様が、近衛長官への就任を固辞なさいました」
サウルはすぐに、言葉が出てこなかった。
「何だと……?! では、私の職は――」
「陛下は、サウル様が引き続き近衛長官の職にあたることをお望みとのことです」
「そうか、わかった。……少し考えるから、しばらくひとりにしておいてくれ」
従者をさがらせると、サウルはひとりほくそ笑んだ。
(あの賢者の言っていることは、どうやら本当のようだな。すると、私が王になるというのも……)
しかし、そのためにはエリジャの存在が邪魔になる。自分よりも若いエリジャの死を待つことなどはできない。
そのとき、サウルは自分が握りしめているストールに目がいった。サウルの脳裏に、黒い稲妻がほとばしる。
(そうだ。オルタンスをそそのかせばいい。エリジャに罪を着せるのだ。罪を着せるとしたら……カルフィヌスを……)
ストールを手の内でくしゃくしゃに丸めながら、サウルは自室を抜けていった。