37_決戦
「これは……!」
玉座の間に踏み込んだエリジャとアースラは、その惨状に息を呑んだ。血の海――そう形容するより他にないほど、玉座の間は死体で埋め尽くされていた。
死体は皆、サウルとオルタンスの婚礼に招かれた貴族たちだった。中には、エリジャの見知っている人物もいる。
「ひどい……!」
「――闇の魔術です」
うずくまるようにして倒れている男の様子を確かめ、アースラが答えた。男の死相は悪夢にうなされているかのようであり、顔色はやせた土のようだった。
と、そのときだった。
「ハァ、ハァ……」
苦しそうな男のうめき声を聞きつけ、エリジャとアースラは振り返る。するとそこには、剣を杖代わりにして歩いている、蒼白い顔をした男の姿があった。
「……サウル!」
敵の名前を口にして、エリジャの声は怒りに震えた。かれこそがサウル。この国を乗っ取り、いま王位を僭称せんとする人物である。
「サウル、オルタンスはどこにいるの?! 答えなさい!」
「オルタンスならば、北東の塔にいる。もっとも……」
自身の首に提げているものを、サウルは掲げてみせた。照明の光を受けて輝くそれは、金で細工された鍵だった。
「この鍵がなければ、中へ足を踏み入れることは望むべくもあるまい。扉には、強力な封印が掛けてある。いかなる魔道士であれ、この封印を解くことはできぬ。フ、フフフ……」
握りしめていた剣を、サウルは肩の高さまで掲げた。剣の周りの空間がひずみ、蒼白い光を放ちはじめた。
「サウル、何を……?!」
「喰らえ!」
身の危険を感じとったときにはもう、サウルは剣を振り下ろしていた。空を切り裂いた一閃は、蒼白い稲妻を解き放って、エリジャに殺到させた。
「――危ない!」
エリジャの全身が稲妻に呑み込まれる直前、アースラがエリジャの正面に立ちはだかると、その稲妻めがけて両手を突き出した。アースラが瞬間的に発動した魔法陣に中和され、稲妻は煙を残して蒸発する。
「な、なんだと……?!」
サウルとアースラとを隔てていた煙は、程なくして消え去った。そしてサウルはすぐ、煙の向こう側にいるはずの二人が、忽然と消え去ってしまっていることに気づいた。
「おのれ、どこだ……?!」
「――ここよ!」
サウルの死角から、アースラが飛び出してくる。剣の尖端をかろうじてかわすと、サウルは自らの剣の先で、アースラの肩を刺した。アースラがよろめいている隙を狙い、サウルは念力で彼女の身体を持ち上げる。
「終わりだ――」
「……まだまだ!」
「何っ?!」
アースラの身体を叩きつけようとした矢先、後ろから飛び出してきたエリジャが指を鳴らした。すると、たちどころにして火花が飛び散り、サウルの身体を瞬時にして炎が包み込む。
「おのれ……こしゃくな!」
しかし今のサウルは、この程度の魔法ではひるまない。ヲンリから授けられた魔力と生命力がうなるのを、サウルはひしひしと感じていた。
魔力を解き放ち、炎を瞬時に消し去ると、サウルは渾身の力を込め、エリジャめがけて剣を突き出した。たしかな手ごたえと共に、エリジャの身体の中心に剣が突き刺さる。
「ははははは――!」
エリジャを貫いたまま、サウルは剣を壁に刺し、エリジャを貼り付けにする。
「どうした、エリジャ?! 何か言ってみろ!」
「……私の勝ちよ」
サウルの背後から、エリジャの声がした。