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エリジャ姫  作者: 囘囘靑
36/43

36_あまりにも近すぎて

「エリジャ様、……さぁ、目を開けてください」


 アースラに促され、エリジャはそっと目を開いた。肌に感じる空気の冷たさから、覚悟はできていたのだが――。


「……着いたのね」

「ええ」


 眼下で豆粒のようになっている王都を見るだけで、エリジャは足がすくむ思いだった。アースラの魔力の助けを借り、エリジャは宙に浮く王宮へと転移ワープしたのだ。


 昼間だというのに、王都はところどころが赤く点滅していた。サウルが強引に王宮を空へと持ち上げたせいで、火事が発生しているのだろう。


「ロオジエが止めてくれるといいんだけど……」

「――かれを信じましょう。さぁ、こちらです」


 アースラに促され、エリジャも王宮の中へと足を踏み入れる。門をくぐると、二人は無言のまま、玉座の間へと急いだ。王族の挙式は、玉座の間で行われることが通例となっていたためだ。


 三年ぶりに足を踏み入れる王宮は、エリジャの記憶と何一つ変わっていなかった。窓に嵌められた金の細工も、べっ甲であしらわれた調度も、廊下を飾る照明も。ただエリジャとアースラとだけが変わってしまっていた。


「あぁ、懐かしい……」


 玉座の間へと向かう道すがら。中庭に目を向けたエリジャは、そこで思わず声を上げ、立ち止まった。


「覚えている、アースラ?」


 腕を伸ばすと、エリジャはイチジクの木を指さした。


「あそこの木でよく遊んだわ。そんなに昔の話でもないはずなのに……どうしてだろう……とても遠い昔のことのように思うわ……」

「エリジャ様……」


 先を進んでいたアースラが、中庭の光景に目を奪われているエリジャのために、少しだけ戻ってくる。


「お懐かしく思う気持ちは分かります。ですが、先を急ぎましょう。さもないと……」


 アースラは最後まで言い切ることができず、突如胸を抑えた。


「アースラ?! どうしたの?!」

「いえ……なんでもありません。エリジャ様……!」


 突然、アースラがエリジャの腕を掴んだ。


「アースラ?」

「エリジャ様……!」


 赤い瞳を熱くたぎらせながら、アースラがエリジャの正面まで迫ってきた。


「どうしたの、アースラ?! しっかりして――」

「エリジャ様! ああ、ダメだ――!」


 次の瞬間、アースラはエリジャのことを強引に押し倒すと、エリジャの唇を自身の唇で塞いだ。


「アースラ……やめて……苦しい……!」

「エリジャ様……! エリジャ様……」


 嫌がるエリジャを貪るようにすると、アースラはエリジャの服をまさぐり、乳房に爪を立てた。


 アースラを引き離そうとしたエリジャだったが、ここにきてアースラの瞳に光がないことに、エリジャもやっと気づいた。


「どうしたの、アースラ……?! お願い、自分に負けないで……!」

「ああ。エリジャ様! 苦しい!」


 アースラがもだえた瞬間を逃さず、エリジャは腕を伸ばすと、アースラの細い喉元に手をあてた。アースラの顔が、苦痛にゆがむ。


(あ……)


 そんなアースラの様子を見て、エリジャもふと我に返った。エリジャは今、必死のあまりにアースラを殺しかけている。しかし本当にエリジャがやりたいのは、そんなことではない。


 エリジャはサウルを倒し、オルタンスを救いたい。そしてオルタンスを救うのと同じように、アースラも救いたい――。


「わかったわ、アースラ。ゴメンね」


 アースラの喉から手を離すと、エリジャは代わりに、アースラの身体を抱きしめた。


「いいわ、アースラ。好きにして。私を犯したいというのなら、そうして」


「え、エリジャ様……」

「私は大丈夫よ」


 自らのはだけた乳房に顔をうずめ、嗚咽を漏らしているアースラの肩を、エリジャはそっと撫でた。


「……アースラにされるなんて思ってもみなかったけど」

「エリジャ様……うっ……」


 そのとき、アースラが突然腕を振り上げ、エリジャの身体から離れた。


「アースラ!」


 アースラの握りしめているものを見て、エリジャの全身に鳥肌が立つ。エリジャが懐に隠していた短剣を、アースラは抜きはなったのだ。


「エリジャ様、しもべをお赦しください――」


 止める暇は、エリジャに残されていなかった。突き立てられた短剣が、アースラの喉に穴を開ける。血がほとばしり、宮殿の白い壁にしぶきがこびりついた。


「アースラ!」


 エリジャが叫んだ頃にはもう、アースラは床に倒れ伏していた。アースラは、自らの喉を真一文字に切り開いていた。エリジャが抱きかかえると、傷口からアースラの首が垂れ下がり、動脈から溢れた血が、アースラの首を真っ赤に染めた。


「ああ、アースラ……そんな……」


 だが、エリジャがすべてを言うことは許されなかった。目もくらむような光が解き放たれたかと思えば、次の瞬間、アースラの身体から黒い稲妻がほとばしったためである。


「うっ……?!」


 とっさに頭を庇うと、エリジャはそのまま後ろへ飛びすさった。おそるおそる目を見開いてみれば、周囲は闇に閉ざされている。


(いったい何が……?)


 剣を抜きはなつと、エリジャは闇の中に目を凝らした。


 暗く閉ざされた冷気の向こう側から、何者かがこちらへ近づいてくる。


「誰……?! サウルなの……?!」


 エリジャがそう口にした矢先、車輪の転がるような乾いた音が、暗い廊下の中を不気味にこだました。そして闇の中から、一人の人物が姿を現す。


 その人物の異様な姿に、エリジャは息を呑んだ。少女は白い髪に、白磁のような肌をし、太陽のようにぎらついた金色の瞳を持っていた。何より不気味なのが、少女の全身に風車が刺さっていることだった。


 少女の風車は、風もないのに回転し、音を立てていた。今しがたエリジャが耳にした音も、この風車が奏でる音だったのだ。


 少女は、エリジャには一瞥もくれなかった。その代わり、少女は足下に横たわっているアースラの亡骸を、踵で踏みつけた。


「生から逃げようとするとは、愚かな」


 そう呟いた少女の声は、老人のような声だった。王家に伝わる古い言い伝えを思い出し、エリジャの額を冷や汗が伝った。


「あなたは……ヂョゼ?!」

「いかにも」


 賢者ヂョゼ――この世界を創り上げたとされる、双子の賢者の妹――は、アースラの亡骸を踏みつけたまま、エリジャに答えた。


「ヂョゼ……アースラをどうするつもり?!」

「どうもしない。このしもべは生から逃げようとした。ただそれを見にきただけ」


 ヂョゼの身体にある風車が、また音を立てて回った。


「しもべですって……!」

「さよう。アースラは私の奴隷」

「――そんなのウソよ!」

「これはアースラが望んだこと」


 ヂョゼは大きく首を傾げながら、エリジャに答える。


「生も、生から逃げることも、想像上の解決にすぎぬ。このしもべにはそれが分からぬ。エリジャよ、遠からぬ未来に、お前はこのしもべを殺すだろう」

「何ですって……?!」


 エリジャは思わず身震いした。


「さもなくば、しもべはお前を殺すだろう。しかし、いずれも同じこと」

「……そんなことさせない」

「そうか? それも良かろう」


 きびすを返すと、ヂョゼは闇の向こうへと引き下がってゆく。


「ヂョゼ、どこへ行くつもり?!」

「――お前たちのずっと近く。あまりにも近すぎて、お前たちには永遠にたどり着くことのできない、そんな近く。エリジャよ、お前はお前のかなしみをかなしめ。そして、お前の死を死ね――」

「待ちなさい……!」


 ヂョゼを追いかけるために、エリジャが駆け出そうとした矢先、不意にエリジャの足下から、咳き込む声がした。


「……アースラ?!」


 エリジャは目をみはった。横たわっていたアースラが、咳き込みながら涙を流していた。首にあったはずの傷は、跡形さえなくなっている。


「アースラ、無事だったのね?!」

「し……死ねない……」


 アースラの上半身を起こすと、エリジャはアースラに抱きついた。エリジャに抱きかかえられたまま、アースラはずっと泣いていた。


「エリジャ様……私を……私を……殺してください」

「バカなこと言わないで、アースラ」


 震えるアースラの肩を、エリジャはそっと抱き寄せる。ふと顔を上げてみれば、周囲の闇は晴れ、ヂョゼの姿は消え去っていた。


――遠からぬ未来に、お前はこのしもべを殺すだろう。

――さもなくば、しもべはお前を殺すだろう。


 ヂョゼの言葉が、一瞬だけエリジャの脳裏をよぎる。それでもエリジャは、その言葉に自分をふるい立たせ、その言葉と対峙しようとした。


「あなたを誰にも殺させやしないわ。たとえ自分自身であっても……」


 二人はそのまま、王都の最深部へと進んでいった。


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