神と神秘
友人が次々とインフルエンザで倒れて行きました。
次は自分の番かと気が気じゃ無いでござんす。
「ん…」
はだけた胸板を撫でられるような感触を覚え、目を醒ました。
俺の胸を触っていたのはカティーだった。
「~っ!」
赤面して手を引っ込めるカティー。
「?どうしたの?」
「い、いえ!…ただ…傷が。」
胸の一本筋の切り傷…結構昔に付いた傷だ。
それはともかく、体も昨日よりかは幾分ましになったようだ。
ぎしぎしと痛む体を起こす。
「ああっ、まだ動いては…」
「大丈夫だって。昨日よりずっとましだし。」
「ですが…」
すっかり鈍った体の節々を解すように動かす。
勿論、折れている部位や怪我の酷いところは動かさない。
「くあ~…っ!」
体に血の巡る感覚が心地よく、思わずそんな声が漏れた。
「ふふっ…」
「何?」
「何だか可愛らしいと思って…こんなときに不謹慎ですけれど…。」
金属の防具を当て木代わりに左肩を固定し、他の部位に防具を着けた。
膝も少し痛むが、歩いたりする分には問題無さそうだった。
ただ、目だけは殆ど見えない状態が続いており、息が掛かるほど接近してようやく顔が見えるようなレベルだった。
「いつまでも同じ場所に留まらない方が良いだろう。向こうだって俺とカティーを探している筈だ。こっちも行動した方がいい。」
「で、ですが貴方はまだ怪我が…」
「食料の問題だってあるさ。怪我も殆ど塞がってるし。」
彼女はそれきり何も言わなくなった。
「え~と…剣はどこに…」
俺は自分のクレイモアを探して地面を手で探る。
「ここです…」
「ああ、ありがとう……あれ?」
掴もうとするが、一回手が空ぶってしまった。
もう一度、今度はちゃんと受け取る。
「あの、クリス様…もしかして…目が…」
俺は何も言わず、彼女の顔を見つめた。
「…っ、止めても、無駄なのでしょうね。」
「…悪いな。」
俺はカティーの手を取り、二人で歩き出した。
○○○○○○
「っらぁ!!」
クレイモアを思いきり叩きつけ、スケルトンの体を砕く。
「クリス様!後ろです!」
「くっ!!」
振り向き様にクレイモアを横に薙ぐ。
完全なあてずっぽうではあったが、鎧を着込んだスケルトンが砕かれた。
「『いと慈悲深き地母神よ……』」
彼女がそう唱えるだけで、体の傷が次々と塞がっていく。
カティー曰く、錫杖を媒体にしないと酷く疲れるそうだ。
「なあ。」
「はい?」
俺の呼び掛けに対し、優雅に振り向くカティー。
「奇跡ってさ、何なの?」
「何…とは?」
「どう言う物かってのはわかるんだけど、ほら、傷を治したり、毒を消したりとか、色々出来るじゃん。」
「まあ、その通りですね。」
「俺が分かんないのは、魔術と何が違うのかってこと。」
「そうですね…丁度包帯を変える頃ですし、暇潰しにお話致しましょうか。」
血が固まって貼り付いた包帯をペリペリと剥がす。
「魔術と奇跡の話をする前に、まず天神教と地母神教について説明致します。クリスさんは、この二柱の神についてどこまで知っていらっしゃいますか?」
「いや、そういう神様が居るってしか…」
「はい、分かりました。ええと…まず私の信仰する神である地母神様は、その名の示すとおり女神、そして、天神様は男神。二柱の神はかつて夫婦神として多くの神を産み出したとされます。」
詳しいなぁ…
俺は黙って彼女の話を聞き続けた。
「所が、ある時地母神様は我々人族の祖先である【ある神】を産み、その命を落としたそうです。」
「え、死ぬの?」
「ええ。地母神様は我々の住む世界の土となり川となり、その死後も命を育む礎と成りました。」
しかし。
彼女はそう付け加えた。
「夫神である天神様は、彼女の死をお許しにはなられませんでした。愛する女性と我が子を天秤にかけた彼は、自分の愛する女性を選んだのです。」
「……」
意外と考えさせられる話だ…子供の御伽噺と馬鹿に出来ないな。
「しかし父として、やはり彼には我が子を愛する気持ちもあったのです。彼は我が子の命を奪わない代わりに、我ら人の祖よりその神性の全てを剥奪した事で、我らは限りある命を持つ、一個の生命として地上に根を下ろしたのです。」
まだ話は続いているようだ。
「その後天神様は自分の体を太陽として空へ登り、地母神様の魂は太陽と対をなす月に変わった、と言うのが伝承にある話です。」
「あれ?奇跡と魔術は?」
「それは今から説明致します。」
カティーはこほんと咳払いをした。




