大怪我
風邪を引きました。
「う…ぐ…」
頬に感じる痛みで目を醒ました。
「あっ…う、動かないで下さい!今、防具を脱がせますので…」
「あ、こ、ここは…」
ひしゃげた冑が脱がされる。
その際、突き出た金属片が俺の顔の右半分を抉っていった。
これも十分痛いのだが、それ以上に全身に響く激痛が酷い。
「ぬ、脱げました……ひっ!?」
俺の顔は相当酷い状態らしい。
実際、クリスの顔は右頬が大きく裂け、両目は細かい傷がついて真っ赤になっていた。
「…っ、『いと慈悲深き地母神よ…傷つき、苦しむ子を癒したまえ…』」
身体中の傷が、程度の差はあれ再生していく。
先程まであり得ないほど痛んでいた体も、多少ではあるが痛みが和らいだようだ。
「はぁ…くっ」
ゆっくりと体を起こす。
全身の筋肉に淡い痛みが走るものの、何とか動けはするらしい。
殆ど見えない目で、少女の虚像を捉えた。
「楽になったよ…ありがとう。」
「あの、まだ寝ていてください…。私、薬草を探してきます。」
胸を軽く手で押され、言われるままに彼女が敷いたローブの上へ横になった。
「すぐ、戻ってきますから。」
○○○○○○
遡ること十数分前。
「ホアアアァァァァアアァァァァアァァァアア!!」
少女を抱き締め落下中の俺。
とは言え岩にぶつかったりしながらなので、どちらかと言えば『落下』と言うよりは『転落』の方が正しいかもしれない。
彼女を怪我させないように、自分の身を呈して彼女を庇いながら落ちて行く。
ズドンッ!!!
「グハッ!!?」
内臓をナイフのような鋭い衝撃が突き抜ける。
込み上げてきた血液を吐き出した。
左腕がぶらぶらと力なく垂れ下がった。
「ゲホッ!!ゲホッ!!…くあぁぁあっ…痛ってぇ…!!!」
衝撃で投げ出される少女。
悶えながら、身体中を締め付ける鎧を何とか脱ぎ捨てた。
「はぁっ…はぁっ…」
おかしい。視界が効かない。
目を擦る。痛い。
流れ出る血を拭おうとさらに擦る。
「うぐぅぅぅ…………痛い痛い痛い…!!!」
痛みと出血のせいか、体の力がだんだんと入らなくなり、俺は意識を失った。
「う…染みる…」
「い、痛いですか…?」
体の各部に薬草の練り薬が塗り込まれていく。
かなり染みるが、今は我慢だ。
「ふーっ、そういや、名前を聞いて無かったな。俺はクリス、農民の出だから名字は無い。」
「わ、私はカティー=アレクセイと申します。未だ未熟な身なれど、地母神教会の末席に身を置いております。」
「カティーか。いい名前だな。…成る程、教会関係者だから奇跡が使えるのか…うっ…」
左肩の骨が痛み出した。
思わず右手で掴みそうになる。
「ダメです!折れた骨を動かしては参りません!」
カティーは俺の手を払うと、指で鎖骨の辺りをコリコリとやりはじめた。
痛くはないのに骨が動いているので、何だか不思議な感覚だ。
「な、何してるんだ?」
「鎖骨を整形しております。あまり暴れないで下さいませ。」
言われるがままに大人しくしていると、彼女は俺の背中を抱き体を起こしてくれた。
「少し、何かを口に入れましょう。」
カティーは自分のバッグから固形の食料を取り出した。
器に入れたそれに水筒の水を振り掛けてふやかす。
「食べられますか?」
「あ、ああ。」
口に運ばれる流動質の食料。
あまり美味しくはないが、これも今は我慢だ。
「んむ…染みる…」
「頬が裂けておりましたので…一応くっついてはいるようです。」
彼女はその後も甲斐甲斐しく世話を続け、俺が眠る頃にはすやすやと寝息を立てていた。




