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最終話 演説、そして新たなる旅立ち


 演説当日、フランたち副長は各重要地点の警備に回り、隊長たちは要人の警護にあたっていた。

 国を取り戻してから初めての国民へ向けた演説とあり、窮屈な生活から解放された人々はその日を心待ちにしていた。

 そしてそんな姫の姿を一目見ようと押し寄せた国民の人員整理には各隊員がついている。

「ガ、ガレオス様。変じゃないでしょうか?」

 演説を間近に控えたリーナは待機室におり、近くにいる護衛のガレオスに自分の姿について尋ねる。リーナは現在、普段のかわいらしいドレス姿ではなく、一人の女性として気品あるドレスを身に纏っていた。

「ん? あぁ、いいと思うぞ。なんというか、普段のお前も可愛いと思うが、今の感じは気品がある感じがする」

 じっとリーナの姿を見たガレオスは思ったままを口にする。


「そ、そうですか、それはよかったです。ありがとうございます」

 持ち上げるでもなく、ありのまま素直に話す彼の言葉にリーナは顔を赤くして、そっぽを向きながらガレオスに返事をする。

「うむ、その姿なら国民も称賛してくれるはずだ。楽しみだな」

 城の演説用のバルコニーが見える広場にはすでに大勢の国民が待機しており、その喧騒が待機室にも聞こえてきていた。期待の込められたそれは姫の登場を今か今かと待ちわびるものだった。

「ううっ、プレッシャーです。私なんかで大丈夫ですかね」

 自分に求められているのが王族としての資質ではなく血だということをわかっていたが、それでも不安は拭えなかった。どれだけ勉学に励んでも足りないものがあるような不安感が常に付きまとう。


「うーん、大丈夫だと思うがな。お前が王家のものかどうかはおいておくとしても、これくらいのことはやり遂げられると思うぞ」

 これまたガレオスは思ったままを口にした。今まで自分が見てきたリーナは一人の人間としてちゃんとした人物であるとガレオスは思っていたからだ。人を見る目があると思っているガレオスは自分の勘を信じていた。だからこそリーナが演説をやり遂げられると確信していた。

「そう、ですかね?」

「おう、もっと自信を持つといい。お前ならできるはずだ」

 なんの根拠もない言葉だったが、ガレオスの言葉にはそうなのかもしれないと思わさせる力を持っていた。そして自分がその言葉に幾度となく救われてきたことを思い出す。

「……はい、がんばります!」


 すると、控えめなノックの音が部屋に響いた。

「姫様、そろそろ時間ですが準備の方はよろしいでしょうか?」

 それは司会進行役を担当することになったフランだった。静かに扉を開けてそう告げたフランに二人は顔を見合わせる。

「……どうだ、リーナ行けるか?」

「は、はい! いけます!」

 がばっとリーナは立ち上がるとゆっくりと一息ついて前を向き、ドレスの裾をひるがえして扉へと向かう。


 待機室を出ると、フランの先導でバルコニーへと向かった。

 バルコニーへ向かう大扉をガレオスが開け、先にガレオスとフランが入る。開け放たれた扉から盛り上がる国民たちの声がより鮮明にリーナの耳に届いた。

「みなさん、静粛にして下さい」

 声を大きくして周囲に伝える魔道具を使って、フランが国民へ声をかける。先ほどまで歓喜に沸いていた国民が息を飲んで口を閉じた。

「姫が参られます」

 その声と共にリーナがバルコニーへと姿を現した。


 リーナを視界に捉えた国民たちが一気にざわめく。

 凛とした立ち姿で気品あるドレスに身を包み、美しく成長したリーナの姿にみなが驚いていた。深窓の令嬢といわれていた大人しく心優しい姫はまるで大輪の花を咲かせるように大人の女性として開花していた。

「それでは、これよりリーナ姫による国家奪還の挨拶をして頂きます」

 その場にいた国民がすっかりリーナに見入っている中、静かにフランが司会進行する。

 そしてリーナが一歩、二歩と前に進む。

「……すー、はー」

 演説位置についた彼女はそっと深呼吸をする。以前、騎士たちに向かって国を取り戻すために演説した時よりもずっと強い緊張感が彼女を襲った。深呼吸をしてもドクドクと高鳴る心臓の音は静まることはない。だがここから逃げ出したいとは思わなかった。


「みなさん、私はサングラム王国の姫リーナレシアです。私のことをご存知の方もいるかと思われますが、以前のように国王である父上の陰に隠れている姫ではありません」

 過去の自分との決別。ゆっくりと言葉を紡ぐ中、思い出されるのは以前の自分だ。だがもうあの時の幼いままの自分ではない。

「……この国は魔法王国によって占領されてしまいました。それは、武源騎士団の七隊長が城を空けている隙を狙ったものでした。しかし、世間では彼らは大罪人として追われていました。それも全て魔法王国の手によるものです」

 七隊長の潔白。城の為に、国の為に戦ってくれていた彼らが、愛すべき国に迫害されたことは悔しかった。何もできない自分を責め、修道院で隠れていたあの時の記憶がリーナの脳内によみがえる。


「彼らは散り散りになりながらも機会をうかがっていました。ある者は情報を集め、ある者は戦力を集め、ある者は私の護衛をしてくれていました。彼らは追われながらも、それぞれがそれぞれの役割を果たしてくれました」

 彼らのこれまでの軌跡。どんな苦境に立たされてもただ国を取り戻す、そのために必死に動いてくれていたそんな彼らには感謝の念が尽きない。

「そんな彼らがいたからこそ、私は今、ここに立つことができました!」

 これは、武源騎士団の正当性を国民に向かって解いたものだった。


「おおおおおぉ!」

 周囲や、各所に武源騎士団がいることに気付いていた国民は、彼女の言葉に応えるかのように声をあげる。

 しばらくその声は続くが、リーナが手を前に出すとそれも収まる。いま、国民は彼女の言葉が聞きたかった。

「この城を、この国を占領していた魔法王国は武源騎士団の活躍により追放されました。彼の国には八大魔導と呼ばれる極大戦力があります。隊長たちはその戦力に負けることなく、八大魔導の撃退にも成功しました! お約束します。私が、武源騎士団がいる限り、この国は二度と窮地に立つことはありません!!」


 その宣言に一瞬だけ静まるが、すぐに国民は沸き立った。興奮から腕を振り上げて歓声をあげる者、近くにいた者と抱き合って喜びを分かち合う者、感動の涙を流す者。

「おおおおおおおぉ! リーナ様!!」

「武源騎士団! 国を守ってくれ!!」

 広場にいる国民は興奮していた。割れるような歓声が周囲に響き渡る。


「私自身の力はまだ弱いです、しかし彼ら武源騎士団と共に国を守っていきます。だから、みなさんの力も貸してください! 国というのは王がいればいいのですか? 騎士団があればいいのですか? いいえ、違います。皆様です、国民の皆様がいるからこそ国が国として成り立つのです! 共に、歴史を築いていきましょう!!」

 このリーナの言葉が最後の一押しとなり、広場は興奮のるつぼと化す。

 以前の演説では周囲の様子が見れなかったことを思い出したリーナは改めて国民たちを見た。視界いっぱいにひろがる国民たち皆が笑顔で喜びを分かち合っている姿は彼女の心を熱く揺さぶった。


「リーナ、そろそろ」

 その後ろでフランと目配せしたガレオスがリーナへと声をかける。

 きょとんとしながらも何かあるのだろうと彼女は頷き、歓声に沸き立つ国民に再度手を振り、ゆっくりと中に戻って行く。

「どうしました? なにかおかしかったですか?」

 まだ、演説を続けようと思っていたリーナだったが、中に入るよう言われたため、もしかして自分の演説に問題があったのかと不安になっていた。

「いや、演説はすごくよかったぞ。良すぎて国民が興奮しすぎている。あの状況になるとそれに乗じて動くやつが出るかもしれないから、中に入ってもらったんだ。演説のほうはフランがうまく締めてくれるはずだから、このままリーナは戻るぞ」

 ガレオスは城内に入ってからも周囲への警戒を怠らずに進んで行く。城内とはいえ、演説のために大きく人員を割いていたため、何者かがいないという油断はできなかった。リーナもガレオスの様子に気を引き締めてついて行った。


「とりあえずは待機室だ……」

 もといた部屋へ戻ると、そこには本来この場にいるはずのない第六隊副長のミカミの姿があった。

「あら、ミカミさん。何か御用でしょうか?」

「なんでお前がここにいる?」

 のんきに質問するリーナをよそにガレオスは彼を睨み付けながらいつでも武器が取り出せるように身構えて質問する。


 そしてガレオスは一歩前に出てリーナが自分の身体に隠れるような位置に移動する。大人しくリーナが従ってくれたことに安堵しながらも目の前のミカミから視線を逸らすことはない。

「いえ、とても良い演説でしたのでその気持ちをお伝えしようと馳せ参じました」

 一見すれば彼の言い分もあながち間違ってはいない。しかし、ガレオスの直感はこの男の好きなようにさせるなというものだった。

 じっと様子をうかがっていれば、次第に彼の様子がおかしいのが見て取れた。ガクガクと身体が震えたあとにこちらを見据えたその視線からは以前の生真面目さはなく、ただどす黒い感情が見えた。

「が、ガガガ、グググッ、……ふう、申し訳ないが彼の持つ負の感情を利用させてもらった」

 そして奇妙な声を出した次には、まるで別人であるかのような声の持ち主に入れ替わった。よどんだ目だけが笑うその姿は薄気味悪いものだ。


「お前がこいつを操っているのか」

「元々負の感情が強かったようだからな。それを利用すればあっさりと縛ることができた」

 睨み付けるガレオスに対して、ミカミの口から出るその声からは感情の揺らぎは感じられず、淡々としたものだった。

「それで、一体お前さんは何者で、なんの用があるんだ?」

 いつでも戦闘に入れるようにガレオスは腰に顕現させている刀に手をかけながら質問する。ミカミは確かにガレオスに対していい感情はもっていなかったが、それを踏まえても明らかに様子がおかしいことでタモツが死に際に言っていた心を操る者の仕業だと確信したからだ。


「なんの用、と聞きますがわかっておいででしょう? タモツ君があっさりと敗れ、他の八大魔導も軒並み倒されてしまいました。だったら、ここで姫のお命をちょうだいするくらいの一矢を報いたいと思うのは当然のことです」

 操られたミカミは武源解放した剣を構えてゆらりゆらりと二人に近寄ってくる。

「ふむ、ここで倒してもいいんだが……リーナ行くぞ!」

 相手の目的を知ったガレオスはリーナを少し乱暴に脇にかかえると、先ほどまでいたバルコニーに向かって走り出した。突然の行動に戸惑いながらもリーナはガレオスを信じて大人しくその身を任せた。


 バルコニーから外を見ると、まだ国民が興奮冷めやらぬ様子でいる。戻って来たガレオスに抱えられた姫を見つけた国民の視線が一気にバルコニーに集まる。

「おぉ、リーナ姫様だ!」

「姫様が出て来たぞ!」

 そして歓声が再び巻き起こる。


 ミカミを操っている者はこの場におびき出されたことに気付くが、それでもなんの問題もないとリーナに向かって剣を構える。だがリーナをおろしてその身をそっと庇いながらガレオスは国民に向かって叫んだ。

「国民よ、我ら武源騎士団の剣はリーナ姫に捧げる!!」

 ガレオスが声を張り上げ、手にした刀を空に向かって突き出した。いつも大きい声の彼の言葉は張り上げたことでここにいる全員の耳に届く。

「おおおおおおおおぉ!」

 彼の言葉に応えるように国民も全員手をあげて、天を突く。


「そんなことで誤魔化そうとしても、私は止まらんぞ」

 操られたミカミは周囲の喧騒など気にも留めずにリーナに襲いかかろうと動くが、ガレオスがにやりと笑ったことで何かおかしいと気付き、足を止めた。

「なんだっ!」

「やれ、エリス」

 その瞬間、騒がしいはずの周囲の音が全く耳に入ってこなくなったミカミの耳に不敵に微笑むガレオスの言葉だけが聞こえた。



 遠くにいたエリスの耳にガレオスの声は聞こえていないはずだったが、彼女は一つ頷くとすぐさま矢を放った。

「全て、マーキングしました。逃がしません」

 彼女の武源は弓、その能力の一つにマーキングしたターゲットに必ず当たる矢というものがあった。

 今回の姫の演説に際し、広場や城など様々な場所に何者かに操られたものやスパイなどが潜り込んでいるのを事前に知っていた武源騎士団の隊員はそれの炙り出しを行っていた。ガレオスは各隊員たちの姿や配置を確認しており、全員が準備完了したところで自分もミカミをおびき出し、エリスに合図を送った。


 放たれた彼女の矢は該当の人物を次々に貫いていく。彼らが声を上げる間もなく、静かに放たれた矢はその命を奪った。

「くそっ!」

 ミカミが向かってくる矢を撃ち落とそうと剣を振るうが、あざ笑うかのようにするりと剣を避けて矢はミカミに突き刺さる。

「ぐはあっ!」

 矢が突き刺さった彼はその場に倒れた。他の撃ち抜かれたものも同様で、その場に倒れ伏すがすぐに近くに待機していた隊員によって移動させられる。まるで何も起こらなかったかのように。

 この時、空には花火があがっており、国民の注目もそちらに集まっていた。この花火は武源騎士団と共に来ることを選択したバーデルによるものだった。祝砲のように空に撃ちあがる花火はその華やかな見た目でその場にいた者の視線を奪い、響き渡る音で耳を塞いだ。


「予想的中だ。俺じゃなくフランのだが」

「これで、国内に潜む敵の多くは払拭できましたね」

 これはフランが立案した作戦だった。リーナの演説の日という、誰もが注目するタイミング。ここに合わせて敵が動くだろうと予想していた。

 ならばこちらもその機を活かさないわけにはいかない。逆手にとってやつらを排除しようと考えたのだ。

「さすがフランだ。さて、リーナ……改めてもう一度あいつらに声をかけてやってくれるか?」

 盛り上がっている国民をおさめるためには、再度リーナが発言する必要があった。盛り上がるのはいいことだがこの場をいつまでもこのままにしておくわけにはいかないからだ。


「わ、わかりました」

 ミカミに襲われたことによる動揺があったが、それでも彼女は自分の役目を果たさなければと決意をする。

「皆さま、武源騎士団は私に剣を捧げることを確約してくれました。これからは、国民の皆さまが良い暮らしをしていけるように騎士団ともども尽力したいと思います!!すべてはサングラム王国の民のために!!!」

 この宣言によって本日最高の盛り上がりを見せ、いつまでもリーナコールが渦巻いていた。


 そのままあちこちでは国の復興と姫の成長を祝って宴が始まり、その熱は夜半まで続いた。


 ★


 深夜


 演説の時とはうって変わって城内は静まり返り、誰もが寝静まった時間。空には遥か高く月が上がり、その灯りだけが周囲を照らしていた。

 そんな中、ガレオスの姿は城門前にあった。復興された城を感慨深げに見上げている。

「さて、行くか」

 気が済んだのか、そう呟くと馬に乗って城をあとにしようとする。

「まずはどちらに向かいましょうか?」

「なにい!」

 そこへいるはずのない声が聞こえたため、ガレオスは驚きの声をあげた。びくりと巨体を揺らしたことで馬も動揺して暴れ、それをなんとかおさめた頃にフランが別の馬に乗って姿を見せた。


「ガレオス隊長、お静かに。みんな起きてしまいますよ」

「っと、すまんすまん……じゃない、どうしてフランがここにいるんだ?」

 ガレオスの質問にフランは涼しい顔で答える。

「私は副長ですよ。隊長とともに向かうのは当然のことです」

「……申し出は助かるが、いいのか?」

 この先は辛い道のりだぞ? そういう思いを込めて質問するがフランは静かに首を横に振る。


「いいんです。第七隊のみなさんにも会いたいですから」

 この先、ガレオスが部下の捜索、そして逃げ延びた八大魔導との決着をつけるつもりだということをフランは理解していた。ずっとそばで彼を支えてきたフランはそんな彼を一人でいかせるわけがなかった。

「わかった。よろしく頼む」

 真剣な表情のフランにガレオスは折れ、二人は馬上で握手を交わし、一緒に城をあとにする。


 フランに首輪を外してもらったバーデルはそんな二人のうしろ姿が見えなくなるまで城のバルコニーに腰かけて見送る。最初は煩わしかったそれもなくなってみれば寂しささえ感じられ、気付けばそこに手が行ってしまう。

「城のことは任せてくれ……また、会えることを祈ってる」

 そっと呟かれたそれはふわりと舞う夜風にさらわれ、誰の耳にも入ることはなかった……。

最後までお読み頂きありがとうございます。

これにて完結となります。


ブクマ・評価ポイントありがとうございます。

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