第五十七話 タモツの実力
ガレオスの持つ盾と槍を見て明らかにタモツは動揺していた。
「な、なんですかそれは! 隊長の武源は複数種類の剣タイプの武器を使えることだったはず!」
タモツはガレオスの部下だった頃、共に戦う機会が多々あった。その中で通常一人一種の武器を持つのだが、ガレオスは複数使えるのが他の隊員と異なっているものだと思っていた。多種多様な攻撃スタイルこそ、彼の強さの源だとさえ思っていた。
「ん? なんでそう思ったのかは知らんが、俺の武源は別物だぞ」
何かおかしいことがあったか全く思い当たらないガレオスは彼に答えながら、次の攻撃に向けて槍を構える。
「いくぞ」
同じ部隊にいた経験上、タモツはガレオスの戦い方は一通りしっており、彼の性格からして大きく変わってはいないだろうと高を括っていた。
「ふん!」
槍を振るうガレオスの突きは風を切り、轟音をたててタモツへと迫る。
「ぐっ!」
それをなんとか一文字で受け流そうとするが、それだけで腕がしびれてしまっていた。彼の攻撃を受け止めるだけで精いっぱいであることの証明だった。
「避けろよ?」
ガレオスの言葉には本気で言っており、避けられなければ死んでしまうとそこまでの意味が込められている。その言葉の意味を悟った彼はすぐさま防御の姿勢をとる。
そして、次の瞬間には穂先が無数に増えたかのように見えるほどの神速の突きがタモツに襲いかかる。
「ぐっ、こんなもの!」
タモツも隊長になるほどの実力を有しており、その力を総動員してガレオスの突きを防いでいく。しかし、ガレオスの突きは本職であるリョウカの突きに勝るとも劣らないもので、徐々に傷を増やしていく。
「どうした? 攻撃を受ければ、傷を作る。傷ができれば自分の動きが鈍ると何度も言っただろ? 八大魔導になって忘れちまったか?」
ガレオスはまるで稽古をつけるかのように、小さなダメージのみにとどめて攻撃を繰り返していく。彼の言動にタモツは武源騎士団にいた頃につけてもらった稽古の思い出が頭によぎる。
「それ、突きばかりに集中していると別の方向からの攻撃への対処が甘くなるぞ」
「うがっ!」
ブンッと槍を横に振るうとそれがタモツの胴を直撃する。咄嗟に反対に飛んだものの、確実に彼の身体にダメージを与えていた。
「なんだ、タモツ……弱くなったか?」
ガレオスは憐れみの視線で横っ腹を抑えるタモツのことを見ていた。自分が明け渡した隊長という立場はそんな甘いものではないと思っていただけに、思っていたほどの手ごたえがないことを残念に思っていたのだ。
「そんな、そんな目で僕を見るな! 僕は八大魔導だぞ!」
「だからなんだ? 肩書きが人を強くするわけじゃないだろ? 強さはここで決まる!」
ガレオスはドンッと自分の胸を叩いた。彼は肩書などなくてもいいと思っている人間で、それがなくても強い人間をたくさん見て来たからこそ、そんなものに拘るタモツを不思議そうに見ていた。
「あなたは……あなたはいつもそうだ! あなたのそういうところにみんながついていきたくなってしまう!」
まるで駄々っ子のように吐き捨てたタモツは思わず出てしまった自分の言葉に驚き、口に手をあてる。ガレオスという存在を知ってから、ずっとひた隠しにしてきた思いがここにきて露見した。
「だから、俺についてくればよかったんだ!」
ガレオスは悔しさで泣きそうになっているタモツの顔を殴りつけた。吹き飛ばされたタモツはなんとか着地すると何かを振り切るように剣を構える。
「くそっ! くそっ! 我が剣よ顕現せよ!」
必死に呼び続けたタモツの背中には何十、何百もの剣が浮かんでいた。
「それがお前の八大魔導としての力か? そんなもので強くなったつもりなのか?」
お前の力はそんなものなのか、そう叱咤するように問うガレオスの表情には強い怒りが見て取れた。
「武源、解放!!」
そんなタモツを見て、言うより見せた方が速いと判断した彼は、これまでで、もっとも力を込めた強い言葉をガレオスが放った。ビリビリと空間を震わせるほどの強く大きい声に応じるように強い光が放たれる。
「なっ! な、なんなんだそれは!」
そしてタモツは目の前の状況に驚いていた。
「ふむ、それがお主の本当の力、ということか」
ここにきてゼムルが感心したようにゆっくりと口を開く。
「あぁ、これはあんたとの戦いの時にも見せなかったな」
光が収まったガレオスの周囲には十を超える大剣が現れ、それらが床に突き刺さっていた。
「そんなもの! いけ!」
数ならばこちらだって負けていないとタモツは自分が作り出した剣に命令し、ガレオスに一斉に襲いかからせる。
「こちらもいくぞ! 絶対零度!」
床に刺さっている手近の一本を引き抜くと構える。それはここまでにも何度か使っている、氷の魔剣『絶対零度』だった。絶対零度を振るうことで空に浮く剣を凍りつかせる。
「それを使うのは知ってますよ!」
凍り付いたのはあくまで一部であり、その凍結能力を超える速度で新たな剣がガレオスへと飛びかかっていく。
「次! 雲竜風虎!」
それすら予期していたガレオスが次に取り出したのは、風の大剣だった。剣を中心に風が巻き起こり、小さな竜巻を発生させていく。大きく振るわれた風の大剣から放たれた竜巻は降りかかる剣を巻き込んでいく。
「そんなものまで!」
そしてタモツの剣が竜巻に飲み込まれて、勢いを失っていく。一撃も当てられていない現状を歯がゆく思い、タモツはぎりりと悔しげに歯ぎしりをする。
「でも、まだ!」
それでもまだ残っている剣が再びガレオスへと向かって行く。タモツもこの男相手には最後まで負けるわけにはいかないのだ。
「次だ! 土木形骸!」
今度は土属性の大剣がガレオスの前に強固な土壁を作り、降り注ぐタモツの剣を防いでいく。
「くそ! 突き刺され!」
だが壁があるのなら壊せばいいと残った剣が土壁に次々と突き刺さり、ついにはその土壁を崩した。壁が崩れ、周囲に土煙をあげる。
「まだやるか?」
空に浮かぶ剣は全て、その力を失って地に落ちていた。土煙が晴れたがそこには誰もいなかった。
「タモツ!?」
土煙のうっすら残る中、ガレオスが周囲を見渡すが、その目にタモツの姿は映らなかった。
「ここです。そして、さようなら」
数で駄目ならば不意打ちだとタモツは煙に紛れてガレオスへと近づいていた。そして声をかけた時には一文字を既に振り下ろしたところだった。
「むっ、やるな。だが、そんな攻撃は効かん!」
ところがタモツの攻撃はガレオスの鎧によって防がれることとなる。
彼の鎧は特注で頼んだものだったが、それはサイズを合わせてもらっただけではなく、特殊な効果を施したものだった。
「そ、そんな! 僕の剣が通らない!?」
「この鎧はただの鎧じゃない、俺の剣だ!」
そう、これはあの防具職人によって鎧としての最低限の形をもっているだけのものだった。そこに、ガレオスが自分の力で剣として武源の力を注ぎ込むことで完全な形にしていた。
「今度は俺のほうからお前に言おう。さよならだ!」
そしてガレオスは床に突き刺さった大剣を二本引き抜き、剣が通らなかったことで後れを取ったタモツへと真っすぐ振り下ろされた。
「ぐああああああああああああああああ!!」
それはタモツの断末魔の悲鳴ともいえるものだった。二つの大剣に貫かれた身体は瀕死の状態に陥る。
「た、たいちょう……」
何かにすがるように手を伸ばしたタモツはそれだけ言い、その場に崩れ落ちた。
「ふう、色々言ったが……強かったぞ」
ガレオスはタモツを見下ろしてそう言った。挑発の意味も込めて色々言っていたことをタモツも理解していた。
「はぁ、はぁ……たいちょう、すいませんでした。ほんとうは、はぁ、はぁ、こんなこと、したくなかったんです……」
先程までの余裕ぶった態度はなりを潜めたタモツが申し訳なさに満ちた表情で苦しげにガレオスに謝罪する。
「やはりな」
第一隊にいた頃の彼を知っていたガレオスはどこかタモツの様子がおかしいことに気付いていた。
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