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第五十五話 赤


 殺気に満ちたリョウカの動きは以前にもまして素早かった。彼女は既に武源解放しており、手にした槍『夢幻』を手にフリオンへと向かって行く。

「死になさい」

 有無を言わせない迫力で迫るリョウカ。今度は逃がすことなく、絶対に仕留めるという気迫が感じられた。

 しかし、一度対戦しているフリオンは慌てることなく対処していく。

「“凍える大地”」

 彼女が生み出したのは地属性の壁だった。しかしその大地は凍結しており、金属を上回る固さを誇っている。


「くっ!」

 夢幻を突き出すがそれは突き刺さることなく、金属音をたてて弾かれてしまう。

「この間とは違うのよ!“噛み砕け地竜”!」

 彼女が呪文を唱えると岩でできた竜を呼び出した。大きく口を開けた竜は真っすぐリョウカへと向かって行く。

「なっ!」

 壁を壊すことができずにリョウカが姿勢を崩したところへ、地竜の顎が襲いかかる。


 正直、怒りが先行していたリョウカは八大魔導のことをすっかり舐めていた。それは修道院で戦った時にはフリオンに対して恐怖も強さも全く感じられなかったためである。しかし、目の前にいるフリオンから感じるのはどう見ても強者のソレであった。

「あんた、一度勝ったからって調子に乗ったわね。こっちだって伊達に八大魔導名乗ってないのよ。舐めんな!! “穿て礫”!」

 地竜の攻撃を身のこなしでなんとか避けているリョウカに追い打ちをかけるように無数の石礫が飛んでいく。それらもタダの石ではなく、硬化されたもので高い硬度だった。


「ぐうっ!」

 飛んでくるそれを素早い跳躍によって全弾命中することは避けることができたが、いくつかの礫が当たってしまい、リョウカはダメージを受けてしまう。硬い石が鋭く身体にぶつかってくる衝撃による痛みに顔が歪む。

「ふふっ、はははっ、これが八大魔導よ! あんたごときが勝てる相手じゃないのよ!」

 以前とは違って自分が優勢であるため、フリオンの気分は高揚し、笑顔でリョウカのことを見下していた。

「やるじゃない……あんた、大地のフリオンって言ったっけ? 私は武源騎士団第三隊長リョウカ=サカエよ。隊長格の本気を見せてあげるわ。光栄に思いなさい!」

 相手が本気で来ている以上、自分も本気で立ち向かわねば失礼だろうと、怒りを鎮めて冷静になった彼女が手にする夢幻は全体が赤く光り始めていた。以前は本気を出せずに終わったことを残念に思っていたが、今度は思う存分戦える。それが妖艶な笑みとなって表情に現れる。


「これをするのは久しぶりね。何年ぶりかしら」

 何をしようとしているのか? それはわからないが、フリオンはリョウカがしていることが何かまずいことであると肌で感じていた。明らかに先ほどと違う雰囲気がフリオンに危険を知らせている。

「な、何をしようって言うのよ!」

 夢幻にまとわりつく赤いオーラは徐々にリョウカの身を覆っていく。

「武源鎧装!」

 彼女は元々軽装備であり、ダメージを軽減するようなものは申し訳程度にしか身に着けていなかった。今になって思えば、彼らが城や国を取り戻すためにここに来たのになぜあんな軽装備だったのかと不思議に思った。


 しかし、今のリョウカは赤き鎧を身に纏っている。艶やかな赤を纏った鎧は美しささえ感じさせた。

「な、なんなのよ! そんなの聞いたことないわよ!」

 武器が鎧になるなど見たことも聞いたこともないフリオンはリョウカの変貌ぶりに狼狽えていた。しかもそれを身に纏う彼女からは強者が纏う独特の雰囲気がひしひしと伝わってくる。

「そうね、これを見て生きていたのなんてガレオスくらいしかいないわ。あぁ、安心してちょうだい。これを使えるのは私を含めても数人しかいないから。よかったわね、珍しいものがみられて」

 艶やかな笑顔を見せながら仲間の名前を口にするリョウカ。彼女は本気のガレオスと戦いたいと、以前、この姿になって戦ったことがあったが、それでもガレオスの全力を見ることは叶わなかった。


「さあ、いくわよ」

 いつものきりりとした鋭い眼差しで睨み付けた後、夢幻片手にリョウカは真っすぐ地竜へと向かって行く。その速度はフリオンの目では追い切れず、あっという間にリョウカは地竜の目の前に立っていた。

「さようなら。はぁっ!」

 武源鎧装したことによってリョウカの身体能力は極限まで引き上げられていた。


 目にもとまらぬリョウカの一撃は地竜の核になっている魔力を撃ち抜き、一撃でボロボロに崩していく。

「な、なんで! くっ、“大地の鎧”!」

 フリオンは地竜がたった一撃で倒れされたことに慌てるが、このままではまずいと自分の身を地属性の魔法で覆い鎧を作り出した。

「あなた、本当に面白いわね」

 既にリョウカはフリオンとの距離を詰めていた。気付いた時にはクスッとほほ笑むリョウカの姿が間近にある。


「“大地の拳”!」

 無抵抗でやられるわけにはいかないとフリオンが地属性の装甲に覆われた拳を繰り出した。

「面白いけど、それだけね」

 防御の姿勢をとることなくリョウカは一歩も動かずにその拳を受けた。胸のあたりに繰り出されたフリオンの拳だったが、リョウカの鎧装を傷つけることはできず、むしろ拳を覆う岩が負けてボロボロと剥がれ落ちていた。


「あなたも……さようなら!」

 剥がれ落ちていく岩を呆然と見ていたフリオンに夢幻による突きが彼女の心臓へ向かって行く。岩の鎧が打ち砕かれ、そのままフリオンの心臓を貫こうとしたところで夢幻が急遽現れた剣によって弾かれる。誰がこの戦いの邪魔をしたのかとすぐにそちらを見ると見たことのある顔が見えた気がした。

「なっ、あなたは!」

「その鎧も時間切れでしょう。では、眠っていて下さい」

 次の瞬間、リョウカは意識を奪われ、そのままばったりと倒れてしまった。


「炎獄のバーデルが敵に寝返って、表で戦っている鋼のアンスも負けたみたいです。さすがにフリオンさんにまでここで死んでもらっては困るんです」

 その声の主は倒れたリョウカを一瞥すると、無造作にフリオンを担いでどこかへと去っていく。

 使用者が意識を失ったからか、倒れたリョウカの身からは既に鎧装が消え去っていた。




「さて、外はあらかた片付いたから中に入ろうかの」

 敗残兵の拘束などの処置、味方の損害の確認を終えたイワオたちは城門をくぐり、中へと入って行く。

 城の中に入ってみたが、魔法王国の兵士はほとんどおらず、見つけた兵士も即時投降したため戦闘せずに王の間まで真っすぐ進むことができた。


「爺さん……」

「わかっとる」

 城に入ってからというもの、ここまで何の襲撃もなく、王の間の前までたどり着いたことで城の雰囲気がおかしいことをガレオスが口にしようとするが、それはイワオも感じていることであった。しかし、ここまで来た以上、進む以外の選択肢がないため黙って前に進む。

「なんか、こう、わかっていて罠に向かっている感覚が嫌だな……」

 イワオと共にいたバーデルも同様の雰囲気を感じ取っていた。


「それもこれも、この扉を開けばわかるじゃろ」

 王の間の扉、それをゆっくりとガレオスが開けていく。

「おぉ、フランにショウ、先に来ておったか……お主は!」

「……」

 先に来ていた二人、そして奥の玉座に座っている男を見てイワオは驚きの声をあげ、ガレオスはその人物を睨み付けたまま無言でいた。


「やあやあ、みなさん。いらっしゃいませ、あなたがたが来ていることはフランさんとショウさんから伺いました。いやあ、元気そうでよかったです。おや? ガレオス隊長、怖い顔をしてどうされたんですか?」

 この場にいるメンバーの中で、バーデル以外は玉座にいる男の顔に見覚えがあった。一人誰なのか分からないバーデルは警戒しながらも静観することにしたようだった。

「……リョウカはどうした」

 別動隊はリョウカとショウとフランの三人だったため、ガレオスが尋ねる。しかし、それを尋ねた相手はフランたちではなく、玉座に座る男にであった。


「あー、リョウカさんなら少しの間寝てもらっているだけですよ。別に怪我はしていないと思うので、時期目も覚めるでしょう」

 その解答を聞いてもガレオスの表情は変わらなかった。むしろ強く睨み付けるようにしてその男の顔を見る。

「それで、お前はなんでここにいるんだ? タモツ!」

 悠然と玉座に座っている男はガレオスの昔の部下であり、武源騎士団第一隊長のタモツ=ホムラ、その人だった。


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