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第十五話 宿を訪ねる者


「あ、あの、ただでさえ目立っていますのでそのへんで……」

 フランは勢いよく頭を下げる二人に少しひそめた声をかける。

 すると、二人は周囲を見渡し自分たちに注目が集まっていることに気付いて慌てて頭を上げた。

「俺は気にしていない、それよりも二部屋空きがあるか聞きたいんだが」

 宿泊に来たという目的を果たすため、ガレオスは話を進める。


「え、あぁ、少々お待ち下さい。確認してまいります」

 店主は慌ててカウンターの中に戻り、帳簿を確認していく。

「す、すいませんでした」

 最初に悲鳴をあげた女性店員が申し訳なさそうに再度頭を下げてくる。肩くらいまで伸びた茶色の髪の彼女だったが、その顔は青ざめていた。お客様に対して悲鳴を上げるなど従業員としてとても失礼なことをしてしまったと反省しているのが表情からも分かった。

「気にするな。よくあることだ」

「ぷっ、ふふふっ、そ、そうですね。よくあることです」

 フランは女性店員とガレオスの言葉の温度差を聞いてついついおかしくなってきたのか、笑いがこぼれてしまう。


「笑い過ぎだぞ、しかしまあそういうことだから気にしないでくれ。俺はこういうことに慣れている」

 ガレオスの言葉は見た目の印象とは違い、聞く者を落ち着かせるものであった。

「お、お待たせしました。シングルの部屋が二つ空いております!」

 戻ってきた店主は落ち着きなくそう告げると、一度深呼吸をした。慌てていたことがうかがえる。

「おう、じゃあとりあえず一泊ずつ頼む。延長したい場合は朝に話をすれば間に合うか?」


「は、はい。一泊承りました。それと延長はおっしゃる通りで大丈夫です。食事は一階の食堂になりますので、六時の鐘がなる頃にいらっしゃって頂ければ用意しておきます」

 店主は少し早口で説明を終えた。

「ふう、それと鍵はこちらです。少し不便かもしれませんが階段で三階まで上がっていただき、左に進んだ一番奥の部屋と、その隣の部屋になります」

 こんな大男を怒らせてしまえば宿屋を破壊されてしまうのではないかとおびえた店主はガレオスの表情をうかがいながらそう言った。


「ふむ、わかった料金は先払いか?」

「あ、はい。こちらが料金表になります」

 店主が指差した料金表はカウンターの横の壁に飾られていた。

「はい、それでは二部屋分お願いします」

 二人の財布の管理はフランが行っていた。最低限の金はガレオスも持たされていたが、大雑把な性格もあって財布をなくしてしまうことがあるため、今の形で落ち着いていた。

 

「あとは、こちらの宿帳に記入もお願いします」

 店主は一般的な女性のフランには普通の態度をとれるらしく、自然な話し方で台帳をカウンターの上に置く。

「わかりました、私が二人分記入しますね」

 その様子を感じ取っていたフランは何か言われる前にとガレオスの偽名ゴールを一緒に記入していた。


 一通りの手続きを終えた二人は階段を上がり、ガレオスは一番奥の部屋に、フランは隣の部屋へ行き荷物を下ろした。

 しばしの休憩ののちガレオスの部屋に集まって、今後どうするか話し合いを始めることにする。

「とりあえずは南の街に行ってみるか」

 ガレオスの選択を聞いて、フランは難しい顔をしている。

「うーん、私が出した情報なんですが少し情報としては弱いんですよねえ。見たらしい、という程度のものなのでどなたがいるのか。街のどこにいるのか。そのどちらもわからないので……」

 

 しかし、ガレオスはその曖昧な情報に前向きだった。

「なあに行けばわかるさ。俺はどこにいっても目立つからな……逃亡者としてはまずいんだろうが、騎士団員が見つけるにはいい目印になるだろ。それに、海の近くなら美味い物が食えるだろうから誰にも会えなかったらそれを食ってくればいいだろう」

 心の底から思ったことを言っているだけだったが、フランは自分の悩みがちっぽけなものに思えてきていた。

「そう、ですね。確かにあの街には美味しいものがたくさんあると聞きましたから期待できますね」

 気持ちを持ち直したフランの返事にガレオスも笑顔で頷いていた。


 すると、誰かが扉をノックする音が部屋に響く。

「来ましたか。はーい、開いていますよ」

 フランの返事を聞いて、扉が開かれていく。そこにいたのは先ほど会った女性、カタリナだった。

「カタリナさん……やはりですか」

「はい、お話があってきました」

 わざわざミナに伝言を頼んだ段階で、フランはあとでカタリナかアダムのどちらかが訪ねてくるだろうとは予想していた。


「おう、そんなとこに立ってないで入ってくれ。幸いこの部屋は椅子があるからだ、俺はサイズの問題でベッドに座らせてもらうが」

 ガレオスの勧めに従い、カタリナは椅子に座った。

「それで、どのようなお話なんでしょうか?」

 フランが話の進行役としてカタリナに振る。

「その前に、本当に申し訳ありません。私たちの故郷を取り戻すためだというのになんの手伝いもできず……」

 浮かない表情をしていたカタリナはそう言うと大きく頭を下げた。


 ガレオスとフランは顔を見合わせるが、その間も彼女は頭を上げる様子はなかった。

「うーむ、そんなに気にすることはないぞ。家族は大事だ!」

 そう断言するガレオスにきょとんとした表情になったカタリナは頭を上げる。

「何を気にしているのか俺にはよくわからんが、カタリナとアダムにとっては今の暮らし、そして娘のミナは何にも代えがたい大切なものなんだろ? だったら、それを優先するのは当然のことだ」


 戦う力がありながら、力を貸せない。そんなことを自分たちが言ったため、彼らに裏切り者といわれても仕方ないとすら思っていた。そんなことを言う二人ではないだろうことは、店での短いやり取りで理解していた。しかし、それでもその覚悟を持って頭を下げた。

 しかし、ガレオスは気にするなという。

 あの場ではそう言わざるを得ず、本心は違うことを思っていたのではないか。そんな可能性もカタリナは考えていたが、ガレオスは真っすぐカタリナの目を見てそんなことを微塵も感じさせない、心からの言葉を言っているように見えた。


「いいか、もう一度言うぞ。気にするな」

 再び繰り返された言葉にカタリナの心は重しが取れた様に軽くなっていた。

「あり、がとうございます」

 安心感からポロポロと涙をこぼしながら再びカタリナは頭を下げる。

 しかし今度は謝罪ではないため、ガレオスとフランは彼女の気が済むのを待つことにした。


 しばらくして落ち着いた彼女は涙をぬぐって頭を上げる。

「す、すいませんでした」

「いえ、お気になさらず。久しぶりに会った仲間に責められるかもしれないという気持ちは理解できますから」

 フランも彼女に慰めの言葉をかけた。

「はい、ありがとうございます」

 憑き物が取れたようにすっきりとした顔色になったカタリナはそれに笑顔で返した。


「ながらくすいませんでした。本題に戻りますね、私がここに来たのは騎士団員の情報をお二人に話そうと思ったからなのです」

 彼女の言葉は今後の旅の道筋を得られるため、二人にとって願ってもない情報だった。

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