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わたしの弱味。ずばり貧困だ。
実家は特に貧しくも裕福でもない一般的な家庭である。両親が高卒だから、わたしには大学に行って欲しかったらしくて、ちゃんと大学資金は用意してくれていた。
でも美大は予想外だったんだろうな。予想通り反対されてしまった。もちろん、入学金も振り込んでくれるわけがない。
わたしは予備校の講師に相談した。気さくで普段から相談にのって貰っていたんた。だから、どうにかなるなんて思っていなかった。ううん、誰か助けてくれないかなとか、曖昧なことは考えていた。
でも、その講師に言われた台詞はかなり予想外だった。
「ヤらしてくれたら、お金貸してあげるけど?」
どうする? って首を傾げて訊ねる。
やらしてって、何を?
わたしも首を傾げて……え? と目を剥いた。
つまりだ、わたしの貞操と引き換えに入学金相当のお金を貸してくれるらしい。
カードローンで借金するのと、どっちがましなんだろう?
「あの、利子は?」
「体で払ってくれればいんじゃない?」
おお! リアルでドロッとした昼ドラみたいな台詞を聞く日が来ようとは。夢にも思いませんでしたよ。しかも、貧乳で棒みたいな体型なわたしに?
普通は可愛いとか美人とか、ナイスなバディじゃないと需要がないと思っていた。
「どうする?」
到底いい話だとは思えない。しかも人気講師がこんなにゲスいとは。むしろそっちの方がショックだ。気持ち悪い。
どうしよう。
普段ならこんな馬鹿げた話に耳を傾けたりしない。この時は冷静な判断が出来なくなっていたのだろう。
この話に乗るか乗らないか、大学に行けるか行けないか。入学金だけ払ったところで仕方がないし、この男が授業料まで払うつもりでいたのかも、そこまではわからない。わからないけど、ただひとつわかることは。
「……わたし、大学に行きたい」
その後はよく覚えていない。
思い立ってら吉日だから、とよくわからないことを言われて、繁華街へと連れて行かれた。予備校とは反対口の、通ったことのない通りだった。居酒屋が立ち並ぶ喧騒から抜け出すと、途端に通りは静まり返る。
ホテルのような入口の自動ドアを潜ると、目に飛び込んできたのは、様々な部屋の写真がズラリと並んでいるパネルのようなものだった。
明るく浮かび上がる部屋のパネルは2つだけだった。
「どっちがいい?」
どっちがいいと言われても……ここはどこだ?
ドラマとかで観たことがある。ここは……ラブホテルだ!
まさか自分がこんなところに来る日がこようとは。でもみた感じ、割りと普通の部屋だ。丸いベッドとかないらしい。
現実感のないまま、ぼーっとしていると、背後の自動ドアが開く音がした。無意識に振り向くと、男性二人組だった。背の高い大学生くらいの若い男性と、三十代くらいのスーツ姿の男性だ。
ふと、若い方と目が合ってしまう。
お、カッコいい。
切れ長の目が涼しげで、髪は短めでさっぱりしている。ほんのり栗色で、さらさらとして柔らかそう。
でもあれ? ここって……あれ?
疑問が浮かんで首を傾げた。その時だった。若い男性……つまり上條なんだけど、「くわっ!」と目を見開いた途端、一歩でわたしに詰め寄ってきた。
「おい!」
がしっ、と腕を掴まれホテルの外へ連れ出された。
い、一体何事?!
これが上條との出逢いであった。続く。