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「おい」
聞き覚えのある声に呼び止められ足を止めた。
「あ、法学部の」
「あ?」
プリンス言う前に口をつぐむ。
「ええと、探してた?」
「おう」
お、本当に探してたんだ。
上條のことだから、「ばーか、お前なんか探すわけあるか」って言いそうなものなのに。
「お前、腹は?」
「空いた」
まだ夕食には早い時間だけど、朝からおにぎり1つしか口にしていないせいもあり、もうペコペコだ。
「飯、行こうぜ」
「御意」
殿の奢りであれば、地の果てまでも付いて行きまする。
学食へ方向転換した途端、何故か首根っこを掴まれる。
「な、なに?」
「駅前のファミレス行こう」
「え?! 高いよ?!」
「奢ってやるから」
「いいの?!」
だって駅前のファミレスといったらロイヤル⚪ストだ。ガ⚪トなら1000円以内で収まるメニューでも、ロイヤル⚪ストならその倍はする。
何か裏があるとしても、このお誘いは魅力的だった。
「ほら、行くぞ」
手を掴まれ、ぐいぐいと連行される。しかも逃げられないように、指の間にしっかりと指を組み入れた……あれだ。いわゆる「恋人繋ぎ」というやつだ。
ピーンときた。今のわたしは空腹のせいか勘が冴えまくっているようだ。
まだ行き交う学生が多い学内で、恋人繋ぎで人目に付きやすい駅前のファミレス。
明らかにフェイクに使われてるってバレバレだ。恐らく、高里くんに自分はノーマルだとアピールする必要があるのだろう。
でも、思いっきり「ただの同居人」って言っちゃったぞ、わたし。大丈夫かなあ、それにさあ。
「……明らかに人選ミスなんじゃないの」
自分を卑下するわけじゃないが、上條とわたしではジャンルが違うし、生活レベルも雲泥の差がある。
それに芸術学部油彩科の学生は、あまり小綺麗とは言い難い。もちろん、小綺麗な人もいるが少数派である。早い話が作業がしやすいようなラフな格好が多い。白衣を着て汚れないようにしても、気付いたらどこかしら必ず油絵の具が付いている。
しかも爪の間なんて、常に油絵の具が入り込んでいる。お風呂に入ってもなかなか落ちやしない。もう毎日のことたから、ほぼ諦めている。
わたしは油彩科の典型みたいな学生だ。一方上條は小洒落た読者モデルにもなれるイケメンである。
「まあ、人選は限りなくミスに近いが、お前だと都合がいい」
「都合ねえ」
確かにゲイであることを知っているから、一緒に住もうが、お手て繋いでごはんに行こうが、いらん期待を抱くことはないって話だ。
でも、大きな問題がある。
「あのさあ」
「ん?」
「このままだと、わたし、彼氏できない気がするのですが……」
もし高里くんへの恋心を再燃させたとしても、上條の彼女の振りをしていたら無理だ。万が一、他の人でも無理だけど。いや、こいつと同居している時点で無理かも? いや、もしかして……。
すると上條は振り返ってニヤリと口角を上げる。
「大丈夫だ、問題ない」
「いや、わたしには大いなる問題だってば」
「例え、お前が俺とこういう状況になっていなくてもだな」
「うん?」
「貧乏くさくて、色気ナシ、食い意地ばっかりはっているお前に男はできません」
がーん!
実は心の片隅で、ちょっとそう思ってたことは、悔しいから言わないでおこうと思った。