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……眠い、眠すぎる。
結局昨日は外泊してしまった。行った先はカラオケ。暇を潰すなら漫画喫茶だけど、寝るだけならカラオケでいいかと思ったのが間違いだった。
せっかくだから1曲くらい……と思ったら、楽しくなってしまって次から次へと歌ってしまった。終いには好きなアーティストのアルバムメドレーなんか始めてしまって、気が付いたら夜が明けていた。我ながらアホだ。
幸い今日は1時限目の授業は休講だったからよかった。トレーニングルームでシャワーを浴びて、コンビニでお茶とおにぎりを買う。普段は朝食を食べないけれど、さすがに一晩中歌っていたせいかお腹が空いた。ペコペコだ。
ラウンジでだらだらしてから授業に向かうと、「斎藤さん」と声を掛けられる。振り返ると、同じ油彩科の土屋さんだった。彼女は、ふんわりした雰囲気の優しそうな人である。
「ん、なあに?」
「さっき、法学部のプリンスが探してたよ」
上條は「法学部のプリンス」と影では呼ばれている。噂によると芸能事務所にスカウトされたらしく、一度だけ読者モデルもさたことがあるとかないとか。まあ、学内でもなかなか目立つ存在なのである。
そんな彼はメンバー五人のサークル「だるまさんが転んだ」の会長で、将来の夢は町の弁護士さん。何かの漫画を読んで影響を受けたらしい。
中身はアホで堅実なのに、見た目が派手だから目立つんだよね。でも見た目が派手じゃなかったら、物覚えが悪いわたしが上條のことなんて覚えていられなかっただろうし、話をするようにもならなかったと思うんだ。
「そっか。ありがとう」
土屋さんにお礼を言うと、はてと考える。
上條か。一体なんだろう?
もしかして、昨日気を気を利かせたから、そのお礼でもしてくれるのだろうか?
お礼は学食の和風ハンバーグ定食+デザートで十分ですよ、ふふふふふ。
ひとりでニヤニヤしていると、土屋さんが再び声を掛ける。
「ねえ、斎藤さん?」
「ん、なあに?」
土屋さんだ。まだ何か用事かな?
「もしかして付き合っているの?」
「……付き合ってるって?」
「斎藤さんと、プリンスが」
「まさかー、そもそも恋愛対象に入らないって…………わたしがさ」
おっと危ない。危険を回避しようとして、うっかり自分を卑下するような言い方になってしまった。でもさ、上條はゲイなのだから……とは言えないから仕方がない。
「奴の理想は高そうだしね」
恐らく高里くんはゲイじゃない。いわゆるノンケと呼ばれる彼と付き合うのは、かなりハードルが高いんじゃないのかな。通常付き合うのに問題が低い性別であるわたしですら、はいどうぞとお付き合いできるわけじゃないのだから。
あ、上條と高里くんが付き合っていなければ、わたしまだあの部屋にいてもいいんだ。
あれ、高里くんがフリーであることより、こっちの方が嬉しいなんて…………。
ち、ちょっと待て。
つまり、恋とかいう不安定なものより、安定した生活を優先するのは当たり前だよね?
ちょっと待て。生活と恋を比べているあたりで終わっている気がしないか。女として。
うわああん。
どこへ行った、わたしの初恋!
ドキドキと胸を高鳴らせる思いを満たすより、ぐうぐうと腹を鳴らす空腹を満たす方を選ぶなんて。
しばらくの間、頭を抱えてのたうち回っていたものの、次の授業の時間に遅れてはいけないと我に返る。ああもう、こういうどこか冷静なところが恋愛に向いていないのかもね。
そうじゃなければ、いくら相手がゲイとはいえ、付き合ってもいない異性と同居なんてできるわけがない。
ああ、もうホントに。上條がずっとフリーだったらいいのに。