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このぬぼーっとした大きな人は、高校の時のクラスメイトで、初恋の人だったりする。彼の名は高里くん。
「上條くんの同居人って斎藤だったんだ。同じ大学だったなんて、一年以上経っているのに気づかなかったなあ」
「ほんと、そうだねえ」
ははは、と乾いた笑いを立てる。
やっぱり知らなかったのか、とひっそり落胆していた。
だって、知ってた。入学する前からちゃんと知っていました。
実はこの一年間、キャンパスでばったり会えないかなーなんて思っていたし。
でも彼は理工学部で、わたしは芸術学部。遠くはないけどキャンパスが違う。行動範囲が違う上、大学にはやたらと人が多い。
だから正直、再会なんてとうに諦めていました。
なのになのに、まさかこの後に及んで再会できてしまうとは! しかも上條のマンションで!
「ふうん、二人は知り合いだったんだ?」
上條は笑顔のくせに目が、目が笑っていない。
こ、怖すぎる!
「いやあの、高校のクラスメイト」
「へえ、クラスメイト」
背後に黒いオーラが立ち上っている。
なけなしの女の勘が告げる。上條は、高里くんが好きなんだ。
割りと気が合うなあとは思っていたけど、まさか男の好みまで一緒なんて。
「いやー、世間って狭いね!」
高里くんに同意を求める。そうだね、って言ってくれると思っていたのに、高里くんってば。
「もしかして、二人は付き合ってるの?」
「付き合ってない!」
条件反射的に叫んでしまう。即座に否定しなければ、死に繋がる可能性が高くなるからだ。
「ルームシェアしているだけの、ほんとにただの同居人です」
「あ、そうなんだ」
よかった、あっさり信じてくれた。
いや、信じるも何も、正真正銘のただの同居人だ。
まあ、でも、うん。高里くんの、こういう素直なところがよかったんだよね。
もう頭の中で、高里くんは過ぎ去った恋のメモリーになっている。初恋は実らないっていうもんね、そうだ仕方がない。でも、せめてライバルは男子じゃなくて、女子だった方が諦めが着いたのに。
初恋の相手を、よりによってを男に盗られしまうなんて……最悪な失恋だ。
「斎藤は学部どこ?」
「芸術学部だよ」
「絵を描くの上手かったもんな。文化祭の時描いたあれ」
「ああ、妖怪?」
「そうそう」
しまった。話が超弾む。同じクラスだった時よりも、話しているんじゃないかなってくらい会話しています、わたしたち。
ああ、当時も華厳このこのくらい会話ができれば、何か違う関係になれたかな?
なーんて甘い感傷に浸れたのも一瞬でした。高里くんの背後から、上條が「俺の男に手を出すんじゃねえ」と言わんばかりの視線ををびしばしと放ってくる
わかっています。わたし、そこまで身の程知らずじゃないですから。
「あ! 大変、もう行かなくちゃ」
腕時計を見る素振りをする。しまった、時計付けてなかった! 幸い二人は気付いていない、というか気にもしていない様子だから、このまま猿芝居を続行する。
じたばたと外出の支度を終えると、玄関先から声を張り上げた。
「あ、カレー作ったんだ。よかったら食べて。じゃあね!」
お邪魔虫はさっさと退散致します。そそくさと荷物をまとめていると、親切な高里くんは引き留めてくれた。
「え? どうして? せっかく作ったんだから、一緒に食べようよ」
「ありがとう。でもこれからバイトなんだ」
「なーんだ。残念」
嘘を鵜呑みにしてくれるとは。ありがたいやら、悲しいやら。自分から断ったくせに、本当は引き留めて欲しかった何て矛盾している。
ああ、カレーライス。自分で言うのもなんだけど、ここ最近の最高傑作だったのに。あの量では易々男二人の胃袋に収まってしまうだろ。
さらばカレーライス。さらは初恋。
コートを掴んでドアを開け放つ。
さて、どこに行こうかなあ……。