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ミイラレ!

ミイラレ! 空飛ぶ鯉のぼりのこと

「……というわけで! 我々オカルト研究会は最近目撃されるという謎の『空飛ぶ鯉のぼり』の発見に乗り出したのであった!」

 ぱちぱちぱちぱち。大見得を切った都月とづき かおるに、気のない拍手が送られる。時既に夕暮れ。田んぼを赤い夕日が照らし出している。

 こんなわけのわからない部活動に駆り出されるのなら、午前中に顔を出さなければよかった。四季は半ばうんざりとしながらそう思った。

「今更そんなこと考えても遅いよ、四季。さっさとそれっぽいものを見つけて薫先輩を満足させて帰ろう」

「さらっと人の心を読まないでよ、れん……」

 どこから取り出したのかわからぬ虫取り網を振り回して張り切っている薫を横目に、幼馴染の草江くさえ 怜が耳打ちしてくる。それも四季の疲労を増幅させるだけだったが。

 とにもかくにも鯉のぼり。しかし、いくら怪異に溢れたこの世の中とはいえ、本当にいるのだろうか。一人で空を飛ぶ鯉のぼりなどというものが。

 

 ■ ■ ■ ■

 

 山雛やまびな高校オカルト研究会。高校生になった四季が所属している……というか半ば無理やり加入させられた部活である。

 現在の部長は都月 薫。癖のある茶色の髪をした、やたら活動的な二年生。そこだけ抜き出せば人気も出そうなものだが、片目を隠すように伸ばした前髪であるとか、それ以上に普段の奇行とかのせいで同年代からも敬遠されがちな人である。

 目を爛々と輝かせて夕空を見上げている彼女を、冷ややかな視線で溜息混じりに眺めているのは草江 怜。高校になってからこの田舎に戻ってきた四季の幼馴染であり、オカルト研究会の同期であり、そして退魔師である。

 そう、退魔師。まるで漫画のような事実だが、彼女はどうも怪異に対抗するための術を修行してきた人間らしいのだ。草江家というのは地元で蛇神を祀る神社を営んでいることからして怪異とのつながりもあるのかなと思っていたものの、まさかそんな職業に就いているとは思いもしなかった。

 まあなんであれ、人間の友人が戻ってきてくれたことは素直に嬉しい四季である。都月先輩に振り回されるのはどうにかしたかったが。

「にしても鯉のぼりの怪異なんているのかな。怜、どう思う?」

「いるかいないかで聞かれたら、いるかもしれないって答えるしかないけど」

 薫の様子を気にしながらも、怜はそう返してきた。彼女もまたさりげなく空を見張っている。

「それこそ鯉のぼりの付喪神かもしれないし、ひょっとしたら一反木綿の亜種かもしれない。なんにしても、そんなものが存在しないとは言い切れないよ」

「……だよね」

「ほら、四季もしっかり探して。見つからないとそれこそ夜まで開放されないよ」

「うえー……」

 うめきながらも四季もまた空を見上げる。綺麗な朱色に染められた空は美しい。状況が状況でなかったら、ずっと見ていても飽きないと感じたかもしれない。実際は夜遅くなると間違いなく怪異に絡まられるので、そんな余裕はないのだが。

 しかし鯉のぼり。そんなものが空を飛んでいるわけもなかろうに……などと頭の片隅で思っていた、そんなとき。

 ふと、悠々と空を横切る細長い影が目に映った。

「あ」

「四季?なにか見つけ」

 四季の異変に気付いたのか。怜もまた彼の視線を追って空を見上げ、ぽかんと口を開ける。

 おそらくは、彼女の目から見てもあの影は……

「ああーっ!?」

 突然の大声に、四季はぎょっとして視線を下す。

 声の主は薫だった。左手に虫取り網を持った彼女は、右手で空に浮く細長いそれを指差している。

「早速見つけたーっ! あれだよね空飛ぶ鯉のぼり!? やっぱり四季くんを連れてくるとこういうの早く見つかるなぁ!」

「お、俺は関係ないですよ……? でもあれ、本当に噂のやつですか? どっかの鯉のぼりが風に飛ばされてるだけじゃあ」

「風もないのにあんなに泳ぐ鯉のぼりなんていないでしょ! よーし、捕まえるぞぉー!」

 弾んだ声で宣言した薫が、虫取り網を手元でくるくると回す。すると不思議なことに、虫取り網が一瞬にして鉄の杖へと変貌した。

 回転の速度が増す。四季は見た。杖に灯る光がだんだんと輝きを増す様を。

 そして。

「てりゃあーっ!」

 勢いよく振り上げられたその先端から、夕暮れ空めがけて光の網が解き放たれた。

 ……無論のこと、普通の人間にできる芸当ではない。しかし四季も怜も、呆れこそすれ今更それを見て驚くようなことはない。

 なぜなら彼らは知っているからだ。都月 薫が魔女であることを。

 まるきり悪い冗談のようだが、残念ながらそれは事実である。ひょんなことから悪魔を呼び出し、あまつさえその血を受け入れた彼女は、力を持て余す真の厄介者へと変貌しているのだ。

 閑話休題。

 空に伸びた光の網は、空を泳いでいた『それ』を狙い違わず絡め取る。そして広がったとき以上のスピードで薫の元へと引き寄せられた。

「…………ぁぁぁぁああああ!?」

 悲鳴が近づいてくる。

 その主の巨大さに、四季は思わず身構えた。それは緋色の鯉のぼりだった。普通なら見た目ほどの重さはないだろうが、悲鳴を上げているからして相手は怪異である。常識どおりの重さとは限らない。

 それが地面に近づき……中空に停止した。

「よーし、こんなもんでいいでしょ。……どしたの四季くんたち、腰が引けてるけど? ははぁ、あたしがこの子を地面に叩きつけると思った? そんなことするわけないでしょ嫌だなあ! あはははは!」

「いえ、するつもりがなくてもやっちゃうのが薫先輩だと思っているので」

 腹を抱えて大笑いする薫に、構えを解いた怜がジト目で言った。その声はとても冷たいが、果たして薫がそれを感じたかどうか。

 それはさておき、四季はすぐ近くまで巻き取られた鯉のぼりの怪異へ近づいた。その頭の方に、おそるおそる声をかける。

「あ、あの……ごめんなさい、うちの先輩が。気持ちよく泳いでるところ」

「ほ、本当だよ! まさかこの身で本物の魚のような目に遭うとは思わなかった! というか君も普通に喋りかけてきたね!?」

「慣れてるので……」

「慣れてるなら仕方ないか。……仕方ないのかな……?」

 表情を変えることなく鯉のぼりが怪訝な声を上げる。どうやらそれ自体が別の生物へ変化しているわけではないらしい。

 なんにせよ、四季はひたすらに申し訳なかった。自分は直接何もしてはいないのだが。

 そんな彼の耳に、楽しげな声が近づいてくる。

「やー、遠堂とおどうちゃんも来ればよかったのに! あんだけいつも怪異のビデオ撮りたがってるのにさー、変な意地張っちゃって」

 薫だった。その不穏な言葉に四季は思わず顔をしかめる。

 遠堂というのは四季たちと同じオカルト研究会所属の一年だ。怪異を信じ、やたらと映像に残すことにこだわりを見せている。

 正直に言うと四季の苦手な類の人間だった。ビデオ撮影という趣味が、ではなく、単純に粗暴だからである。

「空飛ぶ鯉のぼりをビデオに残しても、怪異には見えないですし……仕方ないんじゃないですか?」

「そうかなー、あたしは不思議だと思うけど……ま、いいや。それで鯉のぼりちゃーん? いくつか質問してもいーい?」

「な、なんでお前なんかの質問に」

「あははー。生意気ぶっこいてると焼き尽くすぞ」

 笑顔で物騒なことを言い出した薫に、鯉のぼりが黙り込む。

 思わず四季は顔を引きつらせ、鯉のぼりに耳打ち(実際に耳はないのだが)した。

「その、あんまり薫先輩を怒らせないほうがいい。怒ると本気で手がつけられなくなるから」

「……で、でもあれ退魔師の類じゃないの? いくらなんでもそんな力があるとは」

「えーと、どっちかっていうと半妖? に近いみたい。だから妙に力が強いんだよ」

「う……わ、わかったよう。答える! その代わり、答えたら開放してよね!」

 四季の真剣な表情に気圧されたか、鯉のぼりが折れた。顔の向きを変えているわけではないが、薫に向けて声を張り上げる。

 途端に、小さな魔女の纏っていた不穏な空気が消えた。

「あっは、ありがと! えーとねー、そうだなー……うん、あなたはもともと鯉のぼりだったの? つまり、付喪神かってことだけど」

「変なこと聞いてくるね。うん、付喪神。気がついたら飛べるようになってたんだ」

「やっぱりこの辺の出身なの?」

「……じゃ、ない、かなあ。おぼろげだけど、飛んでるうちにこっちの方へ来ちゃったから。こんな目に遭うとは思ってなかったけど」

「ふーんふーん、なるほどー? そういえば、あたしたちと会話できるみたいだけど、人の姿には化けれないの?」

「化けるというか……まあ、似た姿は出せるよ。今はちょっと無理だけど」

 最後の質問の答えには、四季も少なからず興味を惹かれた。いつの間にか彼の横に立っていた怜も、片眉を跳ね上げる。

 薫が小さく首を傾げた。

「なんで今は無理なの? 見てみたいのになぁ」

「なんでって……がんじがらめになってるからだよ! これだと顔も出せやしない!」

「そうかー。じゃあちょっと緩めたら見せてくれる?」

「いいけど、見せたら離せよな! あんまりいい気持ちじゃないんだぞ、網に捕まるってのも」

「えー」

「先輩」

 嫌そうな声を上げる薫に、四季は思わず声をかけた。

「あんまりわがまま言うと、この……えっと、鯉のぼりさんも迷惑でしょう? 化けたところを見せてくれたら逃がしてあげましょうよ」

「うー……四季くんがそういうなら仕方ないか……わかったよ。じゃあ、ちょっと緩めるから。ちゃんと変化したところ見せてよね!」

 いささか残念そうなそぶりを見せながらも、薫はやや網を緩める。結果、鯉のぼりが多少動き回れる程度の隙間ができた。

 安堵の溜息が漏れる。

「あー、窮屈だった……ありがとう、坊や。君は人間にしては物分りがいいみたいだ」

「いや、俺はなにも」

「君へのお礼代わりに、要求された姿を見せよう。ちょっと待ってね」

 言い終えるやいなや、鯉のぼりの口のあたりがもぞもぞと動き始める。

 四季たちが固唾を飲んで見守る中。

「よっと」

 ぽん、という効果音がつきそうなほど軽く、鯉のぼりの口から人の顔が覗いた。

 年の頃はわからないものの、童顔。緋色の髪の上には、なんのつもりか新聞紙で折られているらしい兜が乗っけられている。

 それが肩から上を四季たちの前にさらけ出した。覗いた腕には、魚の鱗と思しき刺青が彫られている。

 思わず四季は口を開けた。

「そ、そういう変化なの!?」

「そういうやり方で人に化けるのは、初めて見たね……」

「そっから出るんだ」

 二人にとっても意外だったのだろう。怜と薫も口々に惚けたような言葉を吐き出す。

 鯉のぼりから突き出た子供の顔が、不機嫌そうに彼らを見渡した。

「なんだよ、文句でもあるのか? ほら、ちゃんと変化したところは見せたんだから、開放してよ」

「んー……わかった! 約束だしね。それに珍しいものも見れたし!」

 薫が笑みを浮かべ、杖を一振りする。途端に、鯉のぼりを縛っていた網が姿を消した。

 それと同時、風もないのに鯉のぼりが空へと舞い上がる。

「じゃあなー! もう網で捕まえるのはやめにしてくれよー!」

 口からはみ出た顔がそう言い残し、鯉のぼりの中へと消えた。

 そして夕日が沈む空の中、鯉のぼりは飛び去っていく。オカルト研究会の三人は、呆然とそれを見送ったのだった。

 

 ■ ■ ■ ■

 

 オカルト研究会の現地解散後、帰宅した四季は眉をひそめた。

 なぜかといって、家の庭に見慣れないものがあったからである。長い長い竹竿。そしてその先端にくくられ、風もないのになびく緋色の鯉のぼり。

 にゅっ、とその口から子供の顔が覗いた。

「よう、坊や! また会えたな!」

「……なにしてんの、人の庭で」

「硬いこと言うなよー。夜空を飛んでも何も見えやしないからな、軒先を貸してもらうようにしてるんだ。世話になったついでに、ちょっと場所を貸してくれ」

 四季は呆れてものも言えなくなった。なんと厚かましい怪異か!

 とはいえ、まあ。

 別にいいか、こどもの日だし。

「わかったよ」

 そうとだけ言い残し、彼は玄関に向かう。なんにせよ、御影に説明しなければならないだろう。

 今日はどうにも疲れる一日だった。

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