二話
日付はちょいちょい飛んでるが律儀な性格だったらしく年号まで記されてる。十一カ月前、彼女の身に起きた約一年分がこの日記にある。
《平成二十九年 十月十日》
全然評価も閲覧数も増えない。コンテストに向けて作品良くしたい。感想が欲しい。他の作家と何が違うというの。調べなくちゃ。
《平成二十九年 十月十二日》
意味がわからない。なんであんな作品が私より評価高いのよ。基礎も出来てないじゃない。悔しい絶対不正してる。
《平成二十九年 十月十三日》
むかつくまかつくむたつくむかつく。あのクソ作家、絶対インチキよ。上から目線で最悪。作品より書いてるあいつが気に入らない。
「……あるあるネタだ」
俺もひと時期小説家を夢見てた頃がある。そして、実は彼女達が利用していた投稿サイトで活動していた。だからよくわかる。爆発しそうな評価されない不満・怒り、悲しみをスマホ(にっき)にぶつける気持ち。彼女は日々の出来事をスマホのメモ帳に残していた。ボタン一つ押し間違えるだけで簡単に誤字は生まれる。早口言葉みたいな羅列も道理だ。手書きではこうはなるまい。
(懐かしいなぁ)
問題のサイトは作家目指す者であれば知らない人いない。素人もアマチュアもプロさえ関係せず各々作品をネットへ公表可能な自由が売りの大規模な小説投稿サイトで、年に一度開催される書籍化コンテストは何千作品も応募募るイベント。プロへの切符掴まんと書き手が希望抱く挑戦の舞台だ。
そして彼女の日記にある『評価』は審査員ではなく、一般読者がつけるポイント。言わば作品の価値を数字化するシステム指す。ポイントの有る無しで注目度に雲泥の差が出る。俺も悩み試行錯誤、推敲重ね頑張ったものだ。されど努力は実を結ぶ事はなかった。
「感傷に浸ってちゃ警察失格だ」
私情挟むのは禁止って資料借りた理由が既に個人的感情あったな。我ながらよく警部になれたと思う。働き詰めな毎日に疲れているのか、マイナス思考へ傾く精神を振り払うべくコーヒーを飲み下す。気合い入れ視線を戻した先には大事な資料周りを転々と囲む缶、儀式でも開くんですか俺は。魔方陣描くチョークはありませんよ。
「いかんいかん」
資料を汚したらお小言食らうハメになる。中身ゆすぐのは面倒だ。空き缶を流し台へ適当に放り再び日記と向かい合う。
「普通だよな、これ」
てっきり中途半端な小説もどきが顔を出すと予想して構えてた分拍子抜けした。不謹慎な表現になるが俺は当たりを引いたのかも。これならすんなり読めそうだ。肩を撫で下ろし続きをめくる。
《平成二十九年 十月二十日》
なんで、どうしてよ。更新数早めて何度も見直した私の作品はアクセス数増えたのに、評価されない。感想がこない。どうしてあいつの作品を越えれないの。こんなに頑張って更新して稼いだアクセス数さえ敵わないだなんて。絶対何か裏でしてるに決まってる。だってあいつの作品はおかしいんだもん。
《平成二十九年 十月二十一日》
奴の感想欄は気味が悪い程賞賛の嵐で、ポツポツ存在する反省点書かれた自分に不都合な感想には「これが私の書き方なんです」の一点張りでお礼も言わない。SNSや活動報告する際の本文は「あれ、いつの間にかランキング載ってましたぁ〜。どうしてだろぉ〜」って うざううざいうざい。
「ん''ん''ん''」
変な声が出た。でも仕方ないと思うんだ。
「いるいるネタだ」
経験ある。いるんだよこういうイラッとする輩。これを綴った時の心情がとてもよくわかる。彼女が生きてればきっと意気投合して旨い酒飲めただろうに。
《平成二十九年 十月三十日》
右上がりだった奴のポイントが止まった。活動報告には遠回しに不満と明け透けなポイント欲しい、入れて下さいって気持ちが書かれてた。ザマァみろ。
「ザマァみろ‼︎ じゃないだろ、おい」
完璧同調してた。捜査にならん。落ち着け俺は刑事でこの日記は犯人特定する為に読んでるのだ。過去の感傷捨て去れ。ただ情報を、文字に目を通せ。そう自己暗示かけ挑んだ覚悟は次の文章でひっくり返った。
《平成二十九年 十一月六日》
やったやった。奴のアカウントが消えた。ザマァみろ。今日は贅沢して高いブランデー開けちゃおう。嬉しくてヤバい。
「ヤバいだろ‼︎」
何したんだ彼女⁉︎ 待て決めつけるには早い。「消えた」であって「消した」じゃないのが救いか。俺は夢中でページをめくり文字を追う。
《平成二十九年 十一月八日》
暫く様子見したけど奴らしき人物の浮上はない。SNSも消えてた。やっぱり不正してたんだわ。急にいなくなる理由はそれしかないもの。大方私みたいに察した善良な作家達の視線に耐えられずSNSも消したってところよね。笑いが止まらない。
「急に消えた。不正」
口から深い、深い息が漏れた。
「よかった、彼女が何もしてなくて」
被害者が加害者でしたなんて面倒なケース、この疲れてる状況にはキツい。
《平成二十九年 十一月九日》
これで邪念に囚われず作品執筆に専念出来る。さぁ頑張ろう。ランキング上位の作家様の実力は本物だ。どれも面白くて納得の読みやすい文章だった。参考にさせてもらおう。私は不正なんてしないわ。
「不正か」
曖昧な過去の知識が蘇る。確か──。
「知人や友人とかに頼んだり、金を握らせて他人にポイント入れさせるのと。アカウント複製して自分で自分の作品にポイント加点する行為。禁止事項だっけか」
見つかった場合、問答無用でアカウント削除になるとか。彼女が敵対心剥き出しにしてた奴は人気停滞気味だったものの、評価は低くなかったようで唐突に消す理由・メリットあるとは思えない。不正行為発覚による消失と考えるのは自然だろうな。
「なんか疲れた」
時計に視線をやれば読み始めてきっかり三十分経つ。丁度いい、五分休憩にしよう。トイレで用をたし一服、紫煙を揺らめかせ、ふと思った。
(彼女はどんな小説書いてたんだ)
軽い疑問、軽い気持ちで日記のページを飛ばし被害者自身のプロフィール、詳細情報へいった俺は後悔した。
如月夏理 PNオフイスLoveラブ 投稿小説 ジャンルキーワード
「BL」「R18」「エロ」
「マジカー」
見なかったことにしよう。そうしよう。




