5話 黒い悪魔が現れたようです
主人公の名前を少し変えました。
5話 黒い悪魔が現れたようです
只今僕はジャガイモっぽい野菜の皮むきをしています。周りには他の野菜と格闘している女の子達がいます。
アカツキさんの仕事をこなす為、僕は仕事の斡旋所を通して、目的の屋敷に無事働く事が出来ました。
元々、雇用条件の性別、見た目などはクリアしていたので来たら即採用です。それは予定通りです。
でも問題がありました。
「は~……なんで制服がチャイナ服なんだよ…」
そう僕が指定された制服は白のチャイナ服。それも股下短く、丁寧にスリットまで入れてる徹底振りだ。
指定されたと言ったのは、他の子は皆違う服を着ていたのだ。メイド服は当たり前で何種類かあり、水着、セーラー服まである。
明らかに地球から来た人が広めたな……まったく何やってんだよ…
こんな格好を着させて働かせている事から、ここの主の性癖が分かると言うものだ。
…帰りたい……僕は男なのに……正体がばれたら自殺ものだよ…
(似合っているわよ!)
黙っていて下さい。
(綺麗な黒髪に白いボディーラインの分かる服、スラッと見せる足、今の貴方は最高よ!)
……………。
この格好だけでも嫌なのに、ゼロがこれでもかってほど誉めて来るのが僕の心にダメージが入る。
そしてもう一つの問題が……
「あら、貴女。なかなか筋が良いわね」
「ありがとうございます、メイド長」
ここの食事はこのメイド長が作る。メイド長は三角メガネで吊り目の、どっから見てもメイド長が相応しい姿なのだ。
そして僕のやっていた皮むきが終わった。
「メイド長、次に私は何をすれば宜しいのでしょうか?」
…そうこれだ。ここに来たすぐに、僕は言葉使いを注意され、丁寧な言葉使いと自分の事は私と言わされているのだ。
(最高よー!)
ゼロはこんな僕に興奮しっぱなしなのである。
「なら隣の子の手伝いをしてあげなさい」
「はい、メイド長」
僕は足揃えて背筋を伸ばし、軽く頭を下げてその場から移動する。
この動作も指導されたものだ。
「お手伝いします。ミミちゃん」
僕は隣でニンジンぽいのを皮むきしていた子、名前を〈ミミ〉と言うが、その子の下へ行き一緒に作業を行った。
「ありがとう。レイちゃん」
レイ、それは僕が使っている偽名だ。
アカツキさんの話だと、玲人と言うのは女の子の名前には、あまり聞こえないらしい。元々男なのだから仕方がないが、そう言う事で僕はレイと名乗っているのだ。
そうして、隣にいるミミちゃんは僕と一緒にここに来た子で、どうやら人攫いにあったらしく泣いていた所を僕が慰めたら、懐かれてしまったのだ。
そうして皮むきが終わり、僕達は掃除をした後、出来た料理を持って主を待つ部屋に向かった。
お金持ちの定番、無駄に長いテーブルに次々と料理を並べていく。
そして置き終わった者は、部屋の隅に並んで姿勢を正して主の来るのを待つのだ。
暫くして屋敷の主が現れた。
…予想通りの姿だな。
(…醜いわ)
主、イナクスははっきり言って豚だった。顔も丸く、服ははちきれんばかりだ。その一歩一歩で足元が揺れるように錯覚してしまう歩き方と見た目なのだ。
「今日も旨そうだな。…おや!?新入りが入ったのか?」
イナクスが並んでいる女の子達を見て、僕達の存在に気付いた。
「はい、今日から勤めに来たレイとミミです。ほら、イナクス様に挨拶をしなさい!」
メイド長が手で前に出ろと合図している。
「はじめましてイナクス様。ご紹介にありましたレイです」
「ミ、ミミです」
一歩前に出て目線を上げず、軽く頭を下げ挨拶を行った。ミミちゃんも多少ぎこちないが、自己紹介を終わらせた。
「なかなか可愛い子が入ったじゃないか。ムフフフ」
イナクスは舐め回すような視線で、僕達の上から下までをじっくり見ている。
き、気持ち悪い……早く食事に移ってくれ…
「ムフフ、また後でね」
そう言って、気持ちの悪い視線から開放された。
「では、食事を食べさせてもらおうかな」
「…はい」
その言葉に数人の女の子達がイナクスの下へ向かい、皿を持ち料理を口に運んであげ始めた。
「今日の料理も旨いな」
そう言いながらイナクスの手は、女の子のお尻の方にある。
女の子達は一生懸命顔に出さないようにしているが、嫌がっているのは一目瞭然だ。
セクハラか~……見た目通りだけど、僕もやられるのかな……嫌だー!!!、想像したら寒気が走ったよ。
そう思っているとイナクスと目が合った。
「…レイちゃんだったっけ?君も僕に食べさせてよ」
もう来た!?
「イナクス様、その者はまだ素性がはっきりしていません。それが終わるまではお控えなさって下さい」
「仕方がないな~、早い所終わらせてよ」
メイド長の言葉で諦めたのか、イナクスはあっさり引いた。
助かった~
顔には出さないが、内心はヒヤヒヤものだったよ。ありがとうメイド長!
そうして食事の時間は終わり、皿を皆で下げ始めた。
それにしても全員に覇気がまったくない。皆、何か諦めているような雰囲気を感じるのだ。
今日の作業は食事の片付けを終わらせたら終了だ。一部の子は朝食の下拵えで残るようだが、僕とミミを含めた大多数は、割与えられた合い部屋に行き就寝するのだ。
「…レイちゃん、この屋敷なんか怖いよ…」
ミミが部屋に入るなり僕の服を掴み震えていた。
「大丈夫だから、頑張ろうミミちゃん!」
根拠はない。むしろ危険な感じは僕もするけど、今それをミミに言うと、泣き出してしまいそうで言えないのだ。
「でも…」
なおも震えているミミを抱きしめてあげて、肩を軽く叩いて落ち着かせる。
「さて、皆は私達より先にここに勤めているんだよね?…ここって何時もあんな感じなの?」
僕はとりあえず疑われない範囲で情報を集める事にした。
「私達も三日前からだから詳しくはないけど、少なくともその間はずっとああだったよ…」
「私は更に一日前だけど一緒だったわ」
この部屋は6人部屋で、3人が三日前から、1人が四日前からとの話だ。
別段、セクハラが酷いのと服装の趣味以外は不審な話はなさそうだ。
「でも食事をさせていた子達、よく我慢出来るね。私なら絶対辞めるのに」
そう四日前からの子、<フラン>が愚痴っていると、扉を叩く音が聞こえた。
「皆さん、まだ起きていますか?」
その声はメイド長のものだった。
「はい。まだ起きています」
そう言って扉を開けると、メイド長はフランを見て
「ちょっと貴女に用事があります。私について来て下さい。それと他の子達は早く寝なさい!明日も早いですよ!」
「「「はい!」」」
その言葉で全員布団に入り、メイド長達は部屋を出て行った。
その夜、今後の事を考えてオメガの闇の魔法のスキルレベルを、出来るだけ上げておく事にした。
その日連れていかれた子は部屋に戻って来なかった……。
二日目の朝、帰って来なかった子の事が心配で、ミミの表情が暗くなっていた。
「昨日帰って来なかったけど大丈夫かな…」
「きっと急な仕事で帰って来れなかったんだよ。今から調理場に行くんだし、メイド長に聞いてみよう」
そう言って僕達は仕事をしに、調理場へ向かって行った。
「メイド長、おはようございます。…昨日の夜からフランが帰って来ないのですが、何かご存じありませんか?」
「おはようございます。フランの事なら心配はいりません。あの子は昨日の夜からベテラン組の部屋に移ってもらっています。さあ、もう仕事の時間です。口を動かさないで、手を動かしなさい!」
「はい」
これ以上細かい事は聞けないように、話を切られてしまった。
「ミミちゃん、フランはベテラン組の部屋に移ったんだって」
「良かった。何かあったかもって、心配してたんだよ」
ミミは安心してホッとしていた。
朝食の時、今回もイナクスはセクハラをしていた。僕はその行動を見ていられなくて目をそらしら、フランの姿を発見した。
あれ?やけに暗い顔をしているな?…暗いって言うより何かに怯えているのか?
その姿をミミも見ていたようで、また不安そうな顔をしていた。
「フランちゃん、元気そうな顔じゃなかったね」
「きっと、仕事が忙しかったか、先輩達と同部屋で緊張して眠れなかったんだよ」
あの顔はそれですまないだろうが、ミミを安心させる為に気休めのような事を言った。
「でももしかしたら、苛められているのかも…」
「昨日の夜に部屋に行っているから、苛めに合う時間はないよ」
「そう、だよね。考え過ぎだよね」
そうだよと言って上げたが、苛めはありうるのだ。フランがスピード昇進だった場合、布団を取られたり、交代で眠らせないようにするなど、方法はいくらでもあるからだ。
そして朝食の片付けが終わった後は掃除の時間だ。掃除と言っても、新人組の僕達は部屋の掃除はなく、井戸から水を汲んで来て廊下を雑巾掛けするのが仕事だ。
とは言え、この掃除は僕にとって好都合だよ。怪しまれずに屋敷の間取りを調べれるからね。それにしても、怪しいのは中庭の小屋かな。
そうして、昼食の時間になった。昼食は新人組は参加しないで良いようで、調理場でまかない食を食べているのだ。
「でもなんで、私達は参加しないでいいんだろう?」
「さあ、私達も分からないわ。でも、食事は出るんだし気にしないでも良いんじゃない」
僕達の前に来ている子達も知らないようなので、これ以上の話は無駄か…
「私、少し席を外しますね」
そう言って、僕は調理場を出て行った。
今なら、中庭の小屋を調べれるかもしれないな。
そう思っていると後ろから急に声を掛けられた。
「おいおい、こんな所にいったい何の用だ?」
その声に驚きながらも僕は振り向いた。そこには腰にレイピアを差し、カウボーイハットの様な物を深く被っていた男が立っていた。恐らくこの男がアカツキさん言っていた凄腕の冒険者なんだろう。隙をつけば勝てるだろうが、正面から戦うのは危険だな。それに今はまだ暴れる訳にはいかないから……誤魔化すか。
「すみません、トイレを探して道に迷ってしまいました」
「は~、トイレはそこの道の突き当りを右に曲がった先だ。…二度とここには近づくなよ」
男はそう言って、指を差して教えてくれた。
「ここは何があるんですか?」
自然な流れで話が出来たはずだ。
「…お前は何を企んでいるんだ?」
…駄目だった。急に男は殺気を向けて来たのだ。
しかしここまで反応するとなると、やはり中庭が一番怪しいと言う事か。
「すみません!少し気になっただけです」
僕は足をもじもじしながら下を見て怖がっている振りをした。
どうだ、僕の演技力は!これならどう見てもトイレを我慢しているようにしか見えないだろ!
(そのまま漏らすのもありね)
だまらっしゃい!流石にそこまでは出来ないよ。僕にも男のプライドがあるんだから!
(今更その恰好で、男のプライドも何もないだろ)
オメガにも言われたーーー!!!………あ、涙が出てきちゃった。
「ち、泣くぐらいならこんな所に来るな。もういいからさっさと行け、二度とここには来るな」
あれ?なんか上手くいった?
「はい、失礼します」
僕は逃げるように走ってトイレに向かい、その後調理場に戻って行った。
夕食時も今までと同じで、イナクスのセクハラが続いていた。しかし、フランの顔色が更に悪くなっている。気にはなったが調べるすべはなかった。
「今日から貴女達三人はベテラン組の部屋に行ってもらいます。ついて来なさい!」
そうして、三人はメイド長に連れて行かれた。
「…ついに私達だけになっちゃったね」
部屋に戻ってからベットに腰をかけ、ミミは俯き暗い顔のまま呟いた。
「そうだね。急に人が減ったから、この部屋も広く感じるよね」
「私達、どうなっちゃうんだろう…」
ミミもこの異常な雰囲気に危機感を持っているようだ。
「大丈夫だよ。ミミに何かあったら私が守ってあげるからね」
「レイちゃん……でも…」
「いきなり信じてって言っても無理だよね……」
そうだよな。僕達が出会ってからまだ3日、それで信用されるのは流石に無理だよな。
「ううん。ごめんなさい。私、レイちゃんを信じるよ。レイちゃんはここに連れて来られてから、ずっと私を守ってくれてたもん。だから信じれるよ!」
ミミの表情はまだ無理をしているのが分かるが、少し明るくなっていた。
「さあ、今日はもう寝よう。明日からは2人だから忙しくなるよ」
「そうだね、少し早いけど寝るよ」
そうして2人は布団の中に入った。
夜中、今日の冒険者と思われる男との戦闘を想定し、ゼロの雷魔法をレベルアップを少しでも強化しておこうと使用していた。
しかし、物が雷なのでどうしても音が出てしまい、レベル2になった所で諦めた。
3日目の朝、朝食の時に昨日の三人の姿が目に入った。やはり三人共暗い顔をしていた。
「レイちゃん……」
「ミミちゃん、大丈夫だから」
朝食の片付けをしながら、ミミは泣きそうな顔をしていた。昨日少し元気になったが、朝食の時の三人の様子を見て怖くなったのだろう。
「ミミちゃん、もし私達が別々になった時は話も出来ない状況になると思うんだ。だから、合図を決めておこう。フランちゃんや、あの三人も何かに怯えるような顔だった。つまり、怖くて顔をそらす事も出来ない状況だろうから、手で合図をしよう。こうやって手を組んだ状態でグーからパーにするのが、大丈夫って合図だよ」
「こうやって、こう…だね。分かった、忘れないよ……2人の秘密だね!」
2人の秘密。それを持った事でミミは元気になっていた。
「さあ、仕事をしよう。今日から忙しくなるよ」
そうして2人は仕事を始めた。
昼食時、中庭の様子を見てみると、やはりあの男は見張っていた。この屋敷の秘密はあそこにありそうだな。
夕食の時が来て、2人は異常な光景を目に入って来た。
イナクスの食事をフランが食べさせているのだ。もちろんセクハラも受けているが、必死の作り笑顔で笑って対応していた。あんなに嫌がっていた事を耐えれるほどの事がフランに起こったと言う事か…
「今日は貴女だけ、ついて来なさい」
メイド長は僕に向かって話をしてきた。
「レイちゃん……」
「大丈夫だから」
合図を忘れないでね、とメイド長には聞こえないように小声で言った。
そうして僕はメイド長に連れられて、1つの部屋に入って行った。
この部屋は扉が二重になっている不思議な構造で、その奥にはベテラン組が悲痛そうな顔で並んで待っていた。
「これはいったい何事ですか?」
そう言うとフランが静かに近づいて来た。
「ごめんね」
その一言を言って僕に抱きつき、動けないようにして他の子が僕の腕をロープで縛っていく。
逃げようと思えば逃げれるが、ここは流れに乗ってみるか…
「なんで縛るの?フランちゃん、メイド長!説明してください!」
そのまま僕は部屋の奥に押しやられるように連れていかれ、そこにあった柱に縛られ逃げれないようにしたようだ。
「ここはね、イナクス様への忠誠を確認する場所なの…。あの方にどんな小さな反抗心も持たないようにする儀式みたいなものね」
メイド長は軽く笑みを見せながら子供達の前に出て来た。
「私は別に逆らいません。だからもうやめてください!」
「駄目よ。言葉だけではなんとでも言えるわ。だから確認する必要があるのよ」
そう言って鞭を受け取り、そのまま僕に向かって振り下ろした。
「痛っ!?」
あれ?思ったより痛くないぞ?手加減されているのかな?
痛い事は痛いが、鞭で叩かれたのに輪ゴムを伸ばして当てられた程度の痛みだった。
(いくら大人と言っても、レベルも上がっていない者の鞭で、今のお嬢ちゃんにそんなにダメージを与えられる訳がないわな)
オメガの話通りなら不審がられないようにする為には、僕はまた演技が必要になったようだな。
(頑張って私を喜ばせてね)
ゼロの為にやるんじゃない!………は~…やるか…。
「痛いです、もうやめてくださいメイド長!」
「駄目よ。まだ貴女が素直になったようには見えないもの」
そう言ってまた鞭を振ってくる。
「やめて、やめてください。もう痛いのは嫌です」
(泣きそうな顔も最高よーーー!)
…痛いです。僕の心が痛いです。こんな恥ずかしい演技を見られて、僕の心はドンドンダメージを受けているんです。
「メイド長…もうやめて…」
「良いわ、もっとその顔を見せて頂戴」
メイド長の顔は満面の笑みを浮かべて、興奮しているようにも見える。
やばいよ…この人絶対Sの人だよ。どうしよう、適当に気を失った振りをすれば良いかな…
「ふふふ、そろそろ気を失ってしまうかもね。…でも大丈夫よ、たっぷりポーションを用意しているからね」
そのままメイド長は僕に何かの液体を掛けてきた。
気を失うタイミングがばれている?それに何だか怪我が治っていくぞ?
「これで怪我は完治したはずよ。…さあ、続きを始めましょう」
うわ~…これは心が折れるはずだよ。気を失う直前まで鞭で叩き、ポーションって言ったか?それで怪我を完治させて続きを行う。一向に終わりの見えない拷問と、それを見せる事で記憶を風化させない徹底ぶりだ。もっと痛みを感じているはずの子供達には、耐えれるはずがないよな。
でもそうなると減っていく子供達はどこへ消えるんだ?…まだ見えていない部分があるんだな。
そうして、この拷問は朝方まで続いたのだった。
4日目に朝食時、僕はベテラン組の方へ並んでいた。顔は絶えず俯きぎみで、表情の変化を極力抑えるように努力した。
(オメガはメイド長を、ゼロはミミの姿が見えるかい?)
(ああ、見えるぞ。今はイナクスの方を見ているぞ)
(ミミちゃんの方も見えるわ。ちょうどこっちの位置に気が付いて見ているわ)
ああ、それが聞きたかったんだよ。
そう思いながら、僕はミミとの合図を行った。今の僕は下手に視線を動かすのも不自然に見えてしまうだろうから、オメガ達は僕の変わりに周囲を確認してもらって、安全なタイミングでミミに合図を送りたかったからね。
(ミミちゃんがホッとしているのが見えるわ)
(そうか、ありがとう)
そうして朝食の時間は終わった。
その後のベテラン組の仕事は、各部屋の掃除だった。誰も一言も喋らす、ただ無言で作業をこなしていった。
そして、疑問だった昼食の時間が近づいてくると、メイド長の指示の下中庭の小屋に集められた。
僕はベテラン組の後ろの方に並んでいるから前の状況は分からなかったが、声からしてイナクスが前にいるようだ。
「さて、今日の仕事でミスをした子はいるかな?」
「今日は1人いますね。ドリー、前に出なさい!」
なんだ?反省会か、何かかな?意外とまともな事をしているな。
「いや…いや!…いやーー!!!私、まだ死にたくない!死にたくないんです。お願いしますメイド長。許してください!」
そう思っていたが、異常なくらいにパニックになっている声を聞いて嫌な予感がバリバリした。
あれ?今、ドリーって言わなかったか?
そのままメイド長はドリーを壁にロープで貼り付けた。そしてベテラン組の子供達は俯きながら移動し、ドリーとイナクスとの間に人の壁を作った。
「今日は何回で終わるかなぁ」
「お願いします。許してください。許してください」
なにが起こるのかと見ていると突然イナクスがナイフを取り出し、ドリー目掛けて投げつけたのだ。
「ひぃ!?」
投げられたナイフはドリーの顔の横に刺さり、その表情は恐怖で涙が止まらない状態だった。
「な!?いったい何をしているんだ!」
僕はつい声を出してしまった。
「貴女は昨日の!…どうやら躾が足りなかったようね」
メイド長の怒りの目で僕を睨みつけている。
「これはねー。ゲームなんだよ」
怒っているメイド長とは対照的に、イナクスは何事もなかったように話始めた。
「ゲーム?」
「そう、ゲーム。僕が投げたナイフで何回で死ぬかを見るゲームなんだ。一昨日はなかなか当たらないで1人しか狩れなかったけど、昨日は調子が良くてね。なんと3人も狩る事が出来たんだよ。凄いでしょう」
………なるほど、これが人が出てこない理由か……
「メイド長もご存知で?」
「ええ、当然です。ミスをした子には罰を与えないとなりません。そこにイナクス様の運動も兼ねた遊びを私が考えたのがこれです」
「そう言う事でしたか。今回の現況は貴方達2人という訳ですね」
そう言って僕が一歩前に出ると、周りにいた子供達がいっせいに紐の切れた人形のごとく、崩れるように意識を失い倒れていった。
「な!?なにが起こっているのです?」
分からないだろうね。今のはゼロに頼んで雷魔法で気絶させてもらったんだよ。これで僕の素性を知る者はイナクス、メイド長、そしてドリーだけだ。
「なんて事はありませんよ。皆には眠ってもらっただけです。これから起こる事を見て欲しくなかったのですよ」
「…これを貴女がやったと言うのですか?」
メイド長は気を失っている子達を見て、驚いているのが良く分かった。
「さて、本来の仕事はドリーの救出だけだったんですが、貴方達がいるとまた苦しんだり、泣いたりしちゃう子が後を絶たないので、すみませんが覚悟を決めてください」
そう言って無造作にメイド長の方へ歩いて行く。その一歩一歩に恐怖を感じ、壁に刺さっていたナイフを抜いてドリーの首に当ててきた。
「それ以上近づくとこの子にも死んでもらう事になるわよ。そこで止まりなさい!」
しまったな…ドリーの救出の事を言っちゃったから、人質に利用されてしまったよ。ま、メイド長の腕では意味がないけどね。
「メイド長、まだ分かりませんか?貴方達はもう終わっているのですよ?」
そう言って雷魔法を痺れる程度に放った。
「きゃ!?なに?体に力が入らない?私に何をしたって言うの!」
メイド長は既にナイフを持っていられないほど痺れていた。そして、ドリーが縛られているロープを風の魔法で切って自由にしてあげた。
「ドリー、危ないからそこを動かないでね」
「そんな事より、私を動けるようにしなさい。ポーションも効かないし、……このままでは躾が出来ないわ」
麻痺はポーションでは治らないのか。……状態異常が回復薬で治らないのはゲームと一緒か、良い事をしったな。
それにしても、メイド長はまったく反省の色がないな。
「……貴女は今までの事を何と思っているのです?」
「何って当然の躾をしたまでです。ただ騒ぐしか出来ない餓鬼を役に立つようにしてあげたのです。感謝こそされて当然の事です!」
あー、自分が絶対的に正しいと思っているのか。…これは駄目だな。
「そうですか。…なら安心してください。もう後の事は心配しなくて良いですから…」
僕はメイド長の目の前に行き、笑顔でそう言ってあげた。
「貴女は…い、いったい何を言っているのです?」
僕の態度に恐怖を感じて怯えるように顔を見ている。そんなメイド長の肩を優しく触れて上げて、
「が!?」
雷魔法で一瞬で黒焦げにしてあげた。
「きゃ!?……いったい何が起きたの?私を助けてくれた魔法は風だったはずなのに、なんでこんな事が出来るの?」
戸惑いを隠せないドリーは、既に炭と化したメイド長を見て混乱していた。
「ドリー、今見た事……いや、これから見る物も含めて絶対に他言無用だよ」
僕はメイド長に見せていた笑顔のまま、ドリーの方に振り返りそう忠告した。
「え!?あの…」
「約束だよ」
「はい!」
ドリーは有無を言わさぬ迫力に負けて、慌てて頷いてくれた。
「さてと、次はイナクス様の番ですよ。お願いですから無駄な抵抗はやめてくださいね」
今ださっきの場所で動きを見せていないイナクスを確認して、ゆっくりと歩みを進めて行く。
「なんだ?なぜお前はこんな事をする?」
イナクスはやっと我に帰ったようだった。
「別に、貴方達をどうにかする話はなかったんですが、生かしておいても碌な事にならないと思いましたので、すみませんが死んでもらいますね」
僕は笑顔を絶やさずにゆっくり進む。その一歩一歩が死へのカウントダウンのように聞こえるイナクスは、転びながらも出口に向かって走って行く。
「もー、無駄な抵抗はやめてくださいと言ったのに…」
そう言ってイナクスの足に向けて風の刃を放ち、その太い両足を傷つけた。
「ぎゃあーーーー!!!!!」
足を後ろから切られた痛みで、転がりながら叫び出し傷を押さえていた。
「あらあら、そんなに太い肉があっては一撃で切断とまではいかなかったようですね。もう少しダイエットをした方が良いですよ、イナクス様」
僕の歩くペースは変わらない。喋り方もあえて恐怖を与えるように丁寧している事で、イナクスの怯えようはドンドン酷くなっていく。
「いったい何があったんだ!?」
イナクスの叫びで外にいた、雇われ冒険者が慌てて入って来た。
しまった、忘れてたよ。外にはこの人が見張っていたんだっけ。
「おい、お前!この有様はいったいなんなんだ?」
どうやら僕がやったとは思っておらず。周囲の異常な光景に聞いて来たようだ。
「私にも分から……」
「あいつだ!あいつがこれをやったんだ!お前、僕を助けろ殺されてしまう!!!」
誤魔化そうとした僕の言葉に、割り込むようにイナクスがあっさりばらしてしまった。
誤魔化せると思ったのに、余計な事を…。
「どういう事だ?お前は確か外で泣いていた子だったな」
イナクスの怯え方から嘘はないと判断したのか、明確に僕の事を敵として見るようになっていた。
「……それより、貴方はこの屋敷で起こっていた事を知っていたのですか?」
「…もちろん知っていたさ。だが高い金で雇われているからな。多少の事は目をつむるさ」
「…なるほど、お金の為には子供の命なんて関係ないと言う事ですね。………そうですね。この状態は私が作りました。そこに転がっているのを今から殺そうと思っているのですが、…邪魔をしますか?」
男は戸惑っていた。自分を前にしてまるで何事もなかったように、話を進めて行く目の前の女の子が不気味に思えたのだ。ついこないだ、自分の殺気を浴びて泣きだしていた子が、邪魔をするなら一緒に始末すると警告を出してきた。
舐められている?それとも実力が分かっていない?まるで判断がつかない笑顔のままの姿で歩みを開始したのだ。
「動くな!」
そう言って男は腰のレイピアを抜く。
「…敵対する…と判断して構いませんね?」
僕は止まる事無く男を見据えた。
「動くなと警告はしたぞ!」
男はレイピアを構えたまま一気に距離を縮めて来た。
まあまあか、ハングリーベアと同じって所だな。
そう思いながら僕はオメガを出し、レイピアの根元から切断した。
「!?」
戦闘中の為、声には出さなかったがかなりの痛みが走った。しかし相手の武器は破壊したから上出来だ。
「な!?馬鹿な?俺の動きについて来れただと!?…それになんだその腕は!」
男は慌てて距離を離れる。その手には剣先が無くなっって柄だけになったレイピアが握られているだけだった。
まるっきりの無手だと思っていた相手が、今は右腕が漆黒に染まり剣の形をしている。人間にはありえない右腕を見て、男はもう何がなにやら訳が分からなくなっていた。
「さてと、ここまで見せた以上は貴方にも黙っていてもらいますね」
その言葉は死の宣告そのものだ。
「ま、まだだ。俺には魔法が残されている。死ねーーー!」
男から放たれたのは風の刃だった。ただそれは僕が使う風より力強く、扱っている風の量も多い事からスキルレベルが結構高い事が分かった。
ただ、距離が離れた状態でただ放っただけの風の刃など、多少大きくても避けるのは楽な作業だった。
「かわすか!なら当たるまで繰り返してやる!」
そう言って次々と風の刃を放ってくる。
避ける事は難しくない。ただ近づく事が出来なくなっていたのだ。
結構厄介だな。僕の風では多分負けてしまうから……質量を増やしてみるか。
(オメガ、闇の魔法と僕の風の魔法を<同期>のスキルで一緒に放つ事は出来るかな?)
闇の霧をだせるオメガの闇の魔法。霧って事は水蒸気の様な物だからくっつければ、かなりの質量をもった刃を飛ばせる事になるはずだ。
(同時に放つ事は可能だろうが、それだと俺の闇が散ってしまうだけだと思うぞ)
駄目か…
(なら更に合成術のスキルも使用してから放てば、完全な1つの物として放つ事が出来るはずよ!)
そこにゼロが閃いたように助言して来てくれた。
(なるほど、僕が風を、オメガが闇を、そしてゼロが合成術を制御して一気に放つ訳か……MPの消費が半端ない事になりそうだけど、面白そうだ、それで行こう!)
そうして早速実践してみる事にする。放つタイミングはオメガを振るのに合わせて行う事にした。
「行くよ!<シャドーエッジ>」
掛け声と共に放たれた黒い刃。それは相手の放つ風の刃をやすやすと掻き消して進んで行き、男の肩から腕を切り裂いてしまった。
「な、なんなんだ今の黒い風は?四属性ではない?…闇、闇の魔法だって言うのか!?」
肩から切り裂かれて男はその痛みによりも、僕の使った魔法への驚きが大きいようだ。それともその切れ味の良さから痛みはないのかもしれない。
「終わりです!」
呆けて隙だらけになっている男を待ってあげるほど、僕はお人好しではない。きっちり距離を詰めてオメガで胸を切り裂いて倒した。
「この、黒い……あ、くま………が……」
その言葉を最後に男は息を引き取った。
「……さて、貴方で最後です。綺麗に焼けてくださいね」
「ひぇ!?」
最後にイナクスの方を向き、最高の笑顔をプレゼントして雷魔法で焼き捨てた。もはやこの部屋には焦げた肉の匂いと、血の匂いが充満していた。
基本は日曜日更新を目指して、週の途中でストックが出来れば追加更新をして行く予定です。