春の光と白綿の羽
「あのぉ、道、教えてもらってもいいですか?」
ぼんやりと当てもなく歩いていた、桜並木の中。妙に間延びした口調で呼び止められ、わたしは歩みを止める。
振り向いた先にいたのは、金色の髪を風になびかせ、エメラルドのような緑の瞳を持ち、柔らかな笑みを浮かべた美少女だった。芸能人かと思うほどのルックスだったが、わたしの人生で芸能人と知り合うなんてそんな偶然はないだろう、と瞬時に思った。そんなわたしは大分性格がひねくれているのかもしれない。
「いいですけど」
「あ、ありがとうございます!」
「どこに案内すればいいんですか」
「ええと、ここに」
そう彼女が地図の上で指差したのは、近所でも有名な屋敷だった。変人のお婆さんが一人で住んでいるのだと聞いたことがある。
「どうして、ここに?」
わたしのその問いに対する返答は、
「私、占い師なんです。と言ってもまだ見習いですけど。これからここに住んでいる私の祖母のところで修行をする予定」
――芸能人と知り合う、なんてことよりも『非日常』だった。
***
わたしと彼女は桜並木の中を歩く。無言、無言、無言。
とりあえず、聞いてみたいことはたくさんある。まずさっき彼女は、自分を占い師だと言った。どういうことなんだと聞いてみたいような、なんか聞いちゃいけないような。
「なんか、聞きたいことがあるみたいですねぇ」
気がつけば、隣を歩く彼女がわたしの顔を覗き込んでいた。うわ、わたし彼女が苦手かもしれない。鼓動が早くなるのは、彼女の美貌のせいじゃないだろう、決して。
「占い師、って、どういうことですか」
「どういうことも何も、そのまんまの意味ですよぉ」
「……どうして、占い師になろうと?」
「うーん……私の家では、それが普通だからです。『能力』を持った子供は占い師になるのだと決められてるんです。だから、何の疑いもなくここまで来ちゃいました。まあ、後悔なんてしてませんけどね」
「能力……ですか」
「はぁい。いろんな子がいますよ、人の心が読めたりだとか、手を使わずに物を動かせたりだとか」
「それ、まんま超能力じゃないですか」
「そう……ですか? 私にはよく分かんないですけど」
そう言って小首を傾げる姿は実に可愛らしい。……のだが騙されてはいけない。占い師なんてインチキの代表例みたいなものじゃないか。しかも、超能力を持つ人間がそんなにいるだなんて、考えたくもない。考えたらちょっと怖い。
そこでふと、馬鹿らしい考えが浮かんだ。彼女は人間なのだろうか?
「あ、あの」
「ちなみに、私は少し先の未来を見ることができるんです。占い師にうってつけの能力だと思いません?」
「はあ、で、」
「まあ、まだまだ力も不安定で、一人前には程遠いんですけどねぇ。だから修行に……あ、私の祖母のこと知ってます? 占い師の世界ではなかなか有名なんですよぉ」
「…………」
知るか、と言ってやりたくなったが、さすがに良心が痛んだ。ここまで純粋に話されると、なんだか疑ってるこっちが悪いような気がしてしまう。
「でも、私には心は読めませんけど、あなたの思ってることは分かります」
「は?」
「自分の平凡さに、悩んでいるんでしょう。あなたは」
「…………」
あっ、当たっちゃいました? なんて無邪気に喜ぶ彼女。何で初対面の人間にそんなことを言われなければならないんだろう。ふつふつと苛立ちが沸いてくる。
「何で、そう思うんですか」
言ってから、あまりにも苛立ちが隠しきれていないなと自己嫌悪。だが、彼女は気にする素振りもなく軽やかに答える。
「私は、見習いとはいえ占い師です。そのぐらい分かりますよ?」
……彼女は病的なまでに鈍感なのだろうか。しかしそれではわたしの考えていることが分かるはずもないし、というか占い師なんて職業は務まるまい。何かの漫画で読んだが、たとえインチキといえども、占いにはそれなりのテクニックがいるのではないか。
だとすると、もう一つの可能性にたどり着く。全て知った上で、わざと楽観的に振る舞っている、という可能性。
「……そうですね。わたしは平凡な人間です。わたしの世界には普通なことしかなくて、不思議なことなんて起こらない。あなたみたいな特別な人には、分からないんでしょうけど」
「それは違いますよ」
ふ、と真剣な口調になった彼女。その気迫というかオーラみたいなものに圧され、わたしは反射的に彼女の顔を見る。彼女はさっきまでと同じ、柔和な笑みを浮かべていたが、そこにはどこか真剣な強さが混じっていた。
「特別な人間なんて、この世のどこにもいませんよ」
「でもね、平凡な人間っていうのも、この世にはいないんです」
「みんなみんな、『普通』なんて言葉では纏められないぐらい違ってる。みんな『非凡』なんですよ」
「だから、私の力だって、不思議なものでも何でもないんです。運動がすごくできるとか、勉強がすごくできるとかと同じようなもの。あなたにだって、そういう才能が必ずあるんですよ」
諭すように、言葉を紡ぐ彼女。
わたしはしばらく動かなかった。息をすることも忘れてしまっていたかもしれない。だが、時は動き出す。
「……なあんて、私が偉そうに言えた立場じゃないんですけどね。今のは全部、祖母の受け売り、です」
そう言って彼女はウインクをしてみせる。一面の桜の中で、そんな彼女の姿は絵になるなと正直に思った。
「……じゃあ、ちなみに」
「はい?」
「わたしの未来は、見えますか」
「はい。この先あなたは結婚して、子供に恵まれて、そして家族に見守られながら息を引き取る。そんな未来が見えました」
「……普通ですね」
「あら、普通なんかじゃありませんよ? 結婚も、子供も、長生きも、『当たり前』のことなんてどれ一つありません。とっても幸せで、素敵な人生です」
「……そうですか」
「もっとも、あなたがそれでも自分の人生が不満だと言うなら、飛び出してしまえばいいんですよ。未来は現実になる瞬間まで確定しません。私にできるのは、ほんの少し後押しすることだけ」
……きっと彼女は、素晴らしい占い師になるだろう。それは確信できた。そんな彼女に言葉をもらえたわたしは、なんて幸福なのだろう。そう考えると、わたしの人生も悪くないような気がしてきた。
「どうして、わたしにそこまでしてくれるんですか」
「え? ええっと……特に理由はないです……でも、知ってほしかったんですよね。私みたいに、迷ったときに背中を押してくれる存在がいることを。それに……」
「それに?」
「あなたは、なんとなく、ほっとけないような気がしたんです」
そう言って、彼女は深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます、案内」
「え、あ」
気がつけばもう屋敷の前だった。いつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。
「頑張ってくださいね、×××さん」
彼女の軽やかな声と共に、世界は白く染まった。
最後に聞こえた言葉は、間違いなくわたしの名前で。
最後に聞こえた声は、なぜか聞き覚えがあって。
どうして、と思う暇もなく、わたしの意識は途切れた。
***
「さあて、これで一件落着ですねえ」
屋敷の屋根の上でそう呟いた少女の背中には、白く輝く羽。
「私はこれでも、人を前向きにさせる占い師なんですよ? もっとも……あなたたち人間は、私たちのことを『××』って呼んでるみたいですけどね」
「でも、どうしてでしょう」
「あの人の記憶を消すことが、こんなに辛いなんて……」
仕事の後には、彼女らの記憶は『人間』には残らない。
それ故に少女の大きな瞳に浮かぶ涙、その理由を知るものは誰もいない。
ただこれは、春の優しい日差しが起こした、奇跡のお話。




