第8話 狂信者の宴
上げたと思ったら上がってなかった件
ばっとジルベスターが振り返る。
後ろにはいつの間にか黒いバンがぴったりとついてきている。
「尾行じゃなさそうだな」
アヴェルの呑気な言葉が終わらないうちにバンの窓が開き、ガラの悪そうな男がマシンガンを構えた。
「あ、やべ」
次の瞬間エヴァルドがハンドルを切り、マシンガンが火を噴く。
車内にリリーのどこかのんびりした悲鳴が上がる。
どうやら頭を打ったらしい。
「ったく、しつこい奴らだな。俺たちを殺したってボスの地位は揺るがねーよ」
エヴァルドが舌打ちしながら蛇行し、照準を合わせないようにする。
「相手の正体わかっているのか?」
「俺たちを殺してイーヴァルソン一家の弱体化を狙う連中ってことぐらいはな。まあ服装からするとセーデルルントの残党って可能性は低いな。そこらへんの弱小勢力ってところが妥当だろうね」
呻くように発したジルベスターの質問にエヴァルドはバックミラーから目を離さずに答える。
「ま、殺されてやる義理もないけどなっ!」
再びハンドルを切り紙一重で銃弾を避ける。
幸い相手方の武器はマシンガン一丁のようだ。
「ふぅ……車に掠り傷一つでもつけたら姉御に殺されるどころじゃすまねーな。リリーちゃん準備できた?」
「おーけーでありますぅ。2つ先のぉ細い道がいいかなぁ」
なにやらごそごそ準備をしていたリリーが緊迫感のない声で指示する。
「手伝わなくていいのか?」
余裕綽々にやり取りを眺めていたアヴェルに問う。
「手伝うってなにを?」
逆に問い返されてジルベスターは言葉を失う。
「あいつらのボスに雇われてるんだろ?お前の能力(ちから)があればもっと簡単に始末つけられるんじゃないか?」
暗に前回自分と殺し合ったときに銃弾を止めてみせたこと言っていることに気づいたのかアヴェルが眉をしかめる。
「あのな、まずこいつらの警護は俺の契約の内じゃない。それに人の秘密をほいほい人前で話すのは感心できることじゃねぇな」
痛いところを突かれジルベスターが押し黙る。
「あとお前も落ちて来てから日が浅ぇな」
「あ?」
「二つ名なんてそう簡単につくわけないだろ?」
「うし、旦那方頭ぶつけねーように気をつけろよ」
声をかけられた直後車が急カーブする。
遠心力に身体を投げだされながら、タイヤの悲鳴が響く。
車一台が通るのもやっとな路地に入るとエヴァルドが叫んだ。
「リリーちゃん、やっちゃって!」
「りょーかいでありますぅ!」
そういってサンフールをあけ立ち上がったリリーの肩には軽ロケットランチャー。
シートの背もたれに足をかけ銃口を路地の入り口へ向ける。その際4本のプリーツが入ったミニスカートが跳ね上がり、レースのついたガーターに包まれたまだ色香の少ない瑞々しい太ももが露わになる。
直後甲高い音を立ててバンが路地に侵入してきた。
逃げ場のない細い路地に追い込んだと思ったのだろう。
マシンガンを構える男がにやにやと笑っている。
しかし、リリーの構える軽ロケットランチャーを見た途端表情が一変した。
みるみるうちに血の気が引き、笑みも顔の引きつりにしか見えなくなる。
自分たちが誘い込まれたことに気づいたのだろう必死に運転手に怒鳴るが、力のベクトルはそう簡単に反転しない。
「ロードのためにぃー、死ね」
ぞっとするような声音で言い放つと躊躇いなく引き金を引いた。
大量の白煙を舞上げ66ミリ弾はバンに突進する。
無誘導であるがこの路地では避けようがない。
男たちの悲鳴が聞こえた気がしたが爆発音に掻き消され、悲鳴もろとも消滅した。
爆風が収まるとリリーは使い捨ての軽ロケットランチャーを捨てサンフールを閉じた。
「あー!ネイル剥げちゃったぁ!最悪ぅ、せっかくオレールにやってもらったのにぃー」
「あー……軽ロケットランチャー一基使用、確実に報告書書かなきゃいけねぇじゃねーか。ったく、殺す気だな?俺を殺したいんだろ。お前が死ねよ。あ、死んでんのか」
自分の爪を見てしょんぼりするリリーといささか物騒な独り言を呟きながらハンドルにもたれかかるエヴァルド。
そこにはあれだけの銃弾を浴びながら一筋の傷すら負わなかった奇跡を起こした、ましてや軽ロケットランチャーで人2人を爆殺した人間にはとても見えなかった。
「『忠犬』『狂信者』、まあ『イーヴァルソンの子どもたち』ともいわれるがあんまり舐めない方がいいぜ、文字通りイーヴァルソンのためならなんでもやるからな」
後部座席にはジルベスターが唾を飲み込む音だけが響いた。
その後は浮浪者たちを蹴散らしながら問題なく進んむ。
すると10番街において異質な黒いビルディングが見えてきた。
言わずとしれたイーヴァルソン一家の本拠地である。
無法地帯の10番街でここまで堂々と拠点を築けることがなによりもその力を見せつけているようであった。
地下の駐車場へ入り、車から降りる。
するとヒールの音を響かせ1人の女が近づいてきた。
背が高い女だ。ヒールの分を差し引いてもなお高い。恐らくエヴァルドと同じくらいあるだろう。
その背に見合ったモデルのようなプロポーションを細身のパンツスーツに包んでいる。しかしあまりにもメリハリの利いているのでボディスーツを纏ってるかのような錯覚を受ける。
南の出を示す褐色の肌がプラチナブロンドと対比していやになまめかしい。
だが怜悧な美貌にはまったアイスブルーの瞳に睨まれてなお下世話な視線で彼女を見れればの話であるが。
「あーニキータだぁ。お疲れー」
「あ、姉御。お疲れサンです」
親しげに挨拶をするリリーとエヴァルドに、ニキータと呼ばれた女は鷹揚に頷く。
「ご苦労だったな、2人とも。何事もなく、という訳ではなさそうだがな」
土埃に汚れた車を見て目をすがめる。
「なんかーちょっとぉ襲撃されちゃってぇ」
要領を得ないリリーの説明に見切りをつけエヴァルドに視線を向ける。
「たぶん弱小勢力、セーデルルントの残党が雇ったにしちゃああんまりにもお粗末だったからな。被害は0。軽ロケットランチャー一基使用です」
軽く敬礼のような仕草をして報告する。
「そうか。ではエヴァルド、軽ロケットランチャー使用の報告書と車の洗車を命じる」
「らじゃ……って、ぇえ!?洗車ぁ!?」
「当たり前だろう。主の所有物が薄汚い状態であるなど我慢ならん。それに己の尻は己で拭え、上級幹部であろうと一家の決まりは変わらん」
「うぅ……、へーい」
観念したように上着ごと腕捲りをして掃除用具をとりに行った。
それでエヴァルドに対する用事は済んだのか、くるりとこちらを向く。
「挨拶が遅れてすまない、と言ってもアヴェルとは知り合いの仲だがな。わたしは上級幹部のニキータだ。」
「俺はジルベスター・クラッセンだ」
握手もない簡素な挨拶が交わされる。
「ここからはわたしが案内しよう。くれぐれもここがイーヴァルソン一家の本拠地だということを忘れるな」
遠回しに命が惜しければ変な気を起こすなよと言われ、思わずジルベスターはアヴェルを見るがしょうがないとばかりに肩をすくめられ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「ねーニキータぁ」
リリーが話しかける。
「オレール知らなーい?マニキュア剥げちゃってぇ」
「ん?オレールか?あいつならまだ仕事中だろう。終業後頼んでみるといい」
「ほんとー?ありがとー。じゃあ待ってるねぇ」
先ほどのブリザードのような雰囲気はどこへやら妹のように優しくリリーへ語りかける。
「あいつリリーにゃ甘いからな」
アヴェルのどこか脱力したような声が虚しく響いた。
ちょっと間が空きました。
たぶんまた空きます。
こんな遅々として進まない小説をいつも読んで頂きほんとにありがとうございます。