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第4話 どうもはじめまして

 昼下がり、人混みの中で一際目立つ銀髪が紛れている。

 5番街の大通りとあって、雑多な活気に満ちている中、器用に人混みの間を抜ける男の足取りに迷いはない。

 そして、とある惣菜店で足を止めた。


「よぉ、ルボシュ。まだビーフサンドある?」


 気安い呼び掛けにカウンターの奥から中年太りした男が顔をだす。


「ぉお!アヴェルじゃないか最近見ないから殺されたかと思ったぜ」


 アヴェルと呼ばれた銀髪に血色の目をもつ男はその言葉に首を傾げた。


「殺されたなんて穏やかな話じゃねぇな。ここはいつからならずどもたちの蔓延る10番街になったんだよ」


 王城を中心に1番街から10番街まで区分された帝都は端にいくほど治安が悪くなり、10番街は犯罪組織が独自の自治を成してる状態である。


「それがよぉ、あの帝都連続殺人事件あんだろ?ついに5番街でも被害者が出ちまったらしくてな。お前もめっきり店に顔ださねぇし、こりゃあ殺されたのはアヴェルなんじゃないかってかみさんと話してたんだよ」


「残念だったなこうして立派に生きてるぜ。ついに5番街までかぁ。これで1、2番街の貴族街以外は全滅なんじゃねぇの?」


「たぶんなぁ。さすがに軍警は怖いんだろう」


貴族街ということで治安維持を任されてる皇国軍警察を思い出してかルボシュは苦い顔をする。


「へー。ていうかとっととビーフサンドだせよ。だから潰れかけなんだよ」


「悪い、悪い。ラスト一つだ」


 いくつかの硬貨と引き換えに、紙に包まれたビーフサンドが渡される。

 アヴェルは待合い用の椅子に腰掛け、まだ温かいビーフサンドにかぶりつく。


「お前の店が潰れない唯一の理由はこのビーフサンドだな。で?最近仕事が忙しくて世事に疎いんだよ。ったく世の中早く動き過ぎだぜ」


「まったくだ。最近の奴は生き急ぎすぎだぜ。忙しくなるために忙しくしてるようなもんだ」


「この店はもうちょっと生き急がねぇと潰れるがな」


アヴェルの厳しい言葉にもルボシュは豪快に笑う。


「事件ってどこであったんだよ?ここの近所じゃねぇんだろ」


「ああ、北区って話だ。一昨日だからな、3番街での商人一家惨殺事件も重なって新聞社が戦場みたいになってるぜ」


「へぇ、3番街でもか?そりゃあ物騒な世の中だ」


ルボシュの言葉に感情の籠もらない声で答え、薄く笑った。










 日もどっぷり沈んだ7番街。

 連続殺人事件の影響か人気はなく、静かな夜である。

 そんな静寂の中をアヴェルは歩いていた。

 たどり着いたのは暗い路地裏。足を止め、くるりと振り返る。


「野郎をストーキングすんのは変態か殺し屋かどっちかしかいねぇってのが俺の持論なんだが、あんたはどっちよ、ストーカー」


だがアヴェルの言葉は虚空に吸い込まれるだけで、なんの反応も返ってこない。


「おいおい、無視すんなよ。わざわざこんな場所まできてやったんだぜ。犯すにしたって、殺(バラ)すにしたって最適の場所だろ」


だが、未だ沈黙は破られない。


「え?ちょ、無視すんなって。これじゃ完全俺危ない奴じゃん。マジ1人でぺらぺらしゃべっちゃってよ。これで俺の勘違いでしたとかなったら、うわぁ一生の恥だわぁ。どんだけ長ぇ独り言だよ。誰か突っ込めよ。いやマジ誰か突っ込んで下さい。あ、なんか下ネタ臭くなった」


 今度は1人で頭を抱えだしてしまったアヴェルに、背後から近づく影が一つ。

 暗闇に紛れる黒装束を身に纏い、その手に握ったシャムシールと呼ばれる曲刀がまるで空に浮かんでいるような錯覚を覚える。

 そして未だ独り言を呟き続けるアヴェルの首を刈らんとシャムシールが煌めく。


「ほんと独り言なんて寂しいじゃねぇか」


 きぃんと澄んだ音ともにシャムシールが止められる。その刃は首の薄皮一枚を裂いたところで小振りなナイフに止められていた。


「なぁ、あんたもそう思うだろ?」


 そういって振り返るアヴェルは、まるでさっき殺されかけた事実などなかったかのように、その血色の目に一切の揺らぎはなかった。


 その不気味さに気圧されたのか黒装束は飛び退き、再び距離をとる。


「およ?ずいぶんちっせぇストーカーだな」


 油断なくシャムシールを構える黒装束は、男性にしては小柄なアヴェルと比べてもなお小さい。

 線の細さからいって、10代前半の子供のようだ。

 しかし、子供の殺し屋など珍しくもなんともない。むしろ小柄な身体を生かして、警備をかいくぐれたり、相手を油断させることができる故、王道とも言える存在である。


「誰だよ、こんな清廉潔白な俺にガキの殺し屋なんて送りつけてくるやつ。心当たりが多すぎて全く思い出せないんだが名乗っちゃくれないよな?」


 一切の沈黙をもって返される。


「黙りか、てかひっさびさに見たなぁ」


 一切構えを崩さない黒装束はそっちのけに、アヴェルは自分の首筋に手を伸ばす。

 薄く切れたそこはぷっくりと血が膨れ上がり、一条の赤い筋を残していた。


「赤ぇ」


 指先についた鮮血を眺め、しみじみと呟いた。


「血ってぇのは等しく赤ぇ。殺す側も殺される側も喰う側も喰われる側も。俺も、あんたもな。あ、もしかしてあんたがタコだかイカだかの改造人間で、血は実は青いんですとかいうオチはなしだぜ」


 アヴェルの笑い声が木霊する。


「実によぉ、皮肉な話じゃねぇか。聖人も悪人、善人も外道も、化け物ですら血は赤ぇ」


 ぎりっと黒装束の右足に僅かに力がこもる。


「皮肉なもんだよな、ほんと」


 その言葉を皮切りに黒装束の右足が踏み込み、シャムシールがアヴェルを襲う。

 半歩引いたアヴェルが先ほど持っていたナイフで受け止める。

 しかし、突如凶刃を受け流し、今度はアヴェルから距離をとった。

 ナイフを持った手は僅かに震え、ナイフは刃がボロボロになっている。


「あんたマジでタコだかイカの改造人間か?んだよその馬鹿力」


 相変わらずにやにやした笑いは絶えないが、明らかに焦燥が浮かんでいる。


「つうか俺ナイフ壊しすぎだろ。爺に殺されるぜ、いや今殺されるのか」


 軽口叩く間にもどこからだしたのか無骨な鉈のような刃物と匕首あいくちのような短刀が握られていた。


「どっも勘弁願いたいものだ、なっ!」


 今度は黒装束を待たずに飛び出す。

 一気に距離を詰め、シャムシールと鉈が切り結ぶ。

 火花が散り、一瞬均衡するが圧倒的に力で劣るアヴェルは吹き飛ばされる。

 だが、シャムシールを振り抜き、がら空きになった胴体を見逃さず、短刀が黒装束の心臓に投げつける。

 しかし黒装束は、人間とは思えぬ反射神経で半身を引き、匕首をやり過ごす。

 再びシャムシールが煌めき、アヴェルの胴を払う。


「あ、ぶねっ!」


 とっさに後ろにのけぞり避け、再び切り結び捌く。

 間を置かずにどこからだしたのか華奢なナイフで黒装束の頸動脈を狙う。

 しかし籠手でも着けているのか片手でナイフを防ぎ、シャムシールを振るう。

 再び切り結び、流す。

 一見拮抗しているかのように見えるが、明らかにアヴェルが劣勢である。

 人外の力で振るわれる凶刃を受けずに流しているとはいえ、ダメージは0ではない。

 徐々に溜まる筋肉疲労はそのうちナイフを握り続けるのも困難にするだろう。

 お互い傷を与えられぬまま一度距離をとった。

 一息着く間もあけずアヴェルはアスファルトの上を滑る。

 そして黒装束のシャムシールが振り抜かれる瞬間、アヴェルは上に飛んだ。

 標的を見失った切っ先は空を切る。いきなり視界の外へ消えたアヴェルに黒装束の反応が僅かに遅れる。

 すでに万有引力によって自由落下を始めていたアヴェルは、その勢いのまま黒装束の右肩を踏み抜いた。

 体重の差もあって、小柄な身体が派手に転倒する。即座に体勢を立て直したアヴェルのナイフが黒装束の喉をえぐる。

 しかしすんでのところで身体を捻り、ナイフは肩を軽く裂くにとどまった。


「……ったく、大人の肩だって砕けてるぞ」


 当たり前のように起き上がりシャムシールを構える黒装束を見て、苛立たしげに舌打ちする。

 再び緊張感が満ちる。

 殺意が爆発する刹那、黒装束がいきなり構えをとき、身を翻して走り出した。

 

「……あん?」


 罠か誘いか、その背中をみて一瞬躊躇している間に路地裏の入り口に黒いバンが甲高い音を立てて止まる。


「うわー、やな予感がする」


 スモークガラスがはまった窓が少し開きマシンガンの銃口が覗く。

 己の予感が当たったことを確信したアヴェルはとっさに建物の影に飛び込んだ。

 直後唸るマシンガン。

 バケツやゴミを吹き飛ばし、路地裏を蹂躙する。

 しばらくすると銃声は止み、車のドアの閉まる音と再び甲高い音を立てて車は去っていった。

 車が完全にいなくなったことを確認してすっかり様変わりした路地裏に立つ。


「………なんだ、青くねぇじゃん」


ナイフの切っ先についた赤い液体を見ながらしみじみ呟いたその言葉は、銃声によって目が覚めたのか、若干騒がしくなった夜の街に溶けて消えた。


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