王妃と王子
宮殿の入り口に着くと、ルマインはセルジュの方を向き、
「これから、少々不快に思われることが起きるかもしれませんが、ご辛抱していただけますか?」
と言った。その言葉に少しだけ不安になったが、辛抱しなければフォールの部屋までたどり着く事ができないのなら、仕方がないと割り切ることにする。分かりましたと告げると、ルマインは申し訳ありませんと頭を下げ、入り口をふさいでいる憲兵たちに声を掛けた。セルジュの位置からは、ルマインが何を言ったのかは分からなかったが、憲兵たちは驚いた顔をしてセルジュを見た後、その場を退く。
ルマインに促され宮殿に足踏み入れたセルジュは、先程のルマインの言葉の意味をすぐに理解した。使用人たちが皆、一斉にセルジュを見たのだ。そして、ひそひそと何かを喋りあっている。
「あの方が・・・?結構、いい男じゃない?」
「私、あの方ならいいかも~」
「でも、あの方って・・・・・・」
そんな言葉が耳に入ったが、セルジュは気付かない振りをした。ルマインとの約束もあるし、第一、自分のことを言っているらしいということはわかるが意味はよく分からない。唯一分かったことといえば、この宮殿の使用人たちはどうやら自分のことを知っているらしいということだけだ。
しばらくの間使用人たちの視線を受けながら歩いていると、一つの扉の前でルマインが足を止めた。そして、遠慮がちに戸を叩く。
「フォール様、ルマインです。セルジュ様をお連れいたしました。今、お時間よろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ。今開けるから、ちょっと待っていてくれ。」
中から聞こえたフォールの声は、なぜか少し緊張した風だった。しばらくして戸が開かれる。
「ルマイン、ご苦労様。・・・セルジュ様、お呼び立てして申し訳ございません。」
セルジュは、フォールが様をつけて自分の名を呼んだのに驚いた。先程まではセルジュと呼んでくれていたのに。
中へ促され、セルジュとルマインは室内に入った。こざっぱりとした部屋にある机の上に、これでもかというほどに積まれた書類の山。その光景を見て不安になったセルジュは、フォールへ向き直り聞く。
「あの、フォール様。やはり出直しましょうか?とてもお忙しそうですし。」
その言葉を聞いたフォールは、今は休息中なので問題はないと答えた。それよりも、と言葉を続ける。
「ここにセルジュ様をお呼びした理由を、きちんと説明しなくてはいけません。あと、どうして急に貴方に様をつけて呼んだのかということも。」
フォールはセルジュの疑問を察していたようだった。少しだけ悲しそうにほほ笑む。
「今からお話することに、間違いや嘘はありません。ですが、貴方にとっては信じられないことや傷ついてしまう内容もあると思います。それでも、私は貴方に話さなくてはなりません。聞いていただけますか?」
「・・・・・・はい、分かりました。お話していただけますか?」
フォールの言葉にセルジュは不安になったが、そう返事を返す。その返事に、フォールは決心したようにセルジュの方を向き、言葉を続けた。
「まずは、どうして貴方にずっと敬語を使っていたのかをお答えしたいと思います。」
思わず飲み込んだ唾の音が、静かな室内に響く。セルジュは自分でも異常なほど緊張しているのが分かった。
「ずっとごまかしていましたが、実は・・・。」
「セルジュ!」
「ぅわっ!」
真剣に話を聞いていたセルジュは、突然、戸を開け室内に入ってきた人物に後ろから抱きつかれ、思わずバランスを崩してしまう。瞬時にフォールが手を差し伸べてくれたおかげで、顔面を床に直撃せずにはすんだが。
「い、いったい何事・・・。」
「「王妃様!?」」
フォールとルマインのひどく驚いた声が重なる。その言葉に、何事なのかと聞こうとしたセルジュの口は閉ざされた。
後ろから抱きつかれているため全く姿は見えないが、どうやら相手は王妃らしい。となれば下手に動くわけにもいかない。誤って怪我でもさせてしまっては大変なことだ。まず、処刑は免れないだろう。
そんなことを考えていると、後ろから回されていた腕が放され強引に後ろを向かされる。
「ああ、セルジュ!やっと貴方に会えたわ。私がどれだけこの日を待ち望んでいたことか!!」
王妃と呼ばれたその女性は、そう言うなり今度は正面からセルジュを抱きしめた。セルジュはもう、されるがままだ。
女性に抱擁されているためちらりと横目でフォール達を見ると、二人とも片膝を付いている。その様子に、本当にこの女性が王妃なのだと実感した。
実感はしたものの、なぜ王妃が自分のことを知っているのか、会いたかったとはどういうことなのか、分からないことだらけでセルジュの頭はショート寸前である。
「母上!こんなところにいらっしゃられたのですか。突然いなくなられたので、心配していたのですよ」
ふいに、視界に入ってきた青年が王妃に向かってそう言った。母上ということは、この青年が王子なのだろう。僅かにウエーブのかかった金髪は、目の前にある王妃のブロンドに瓜二つだった。
「あら、カイル。心配かけてごめんなさいね。でも、いてもたってもいられなかったの。」
セルジュに抱きついていた腕を外し、王妃は青年に向かってそうほほ笑んだ。横から見ても分かるその美貌に、セルジュは少しの間目を奪われる。
「母上、せめてフォール達を立たせてあげて下さい。いつまで片膝を付かせたままでいるおつもりですか?」
「あら、本当。ごめんなさいね。全然気付かなかったわ。二人とも立ってちょうだい。」
その言葉に、フォールとルマインは静かに立ち上がった。物音一つたてない、実に優雅な仕草だ。そう思っているとふいに視線を感じた。見ると、カイルが殺気の籠もった菫色の目で睨み付けている。膝を付いていなかったことに腹を立てているのか、抱きつかれていたことに腹を立てているのかは分からないが、その目には確かな怒りが込められていた。
「母上、父上も心配しておりましたので、いったんお戻りになられて下さい。」
「えぇ、そうね。でも、まだセルジュと話が・・・。」
「その者との話は、また後ででもいいでしょう?これから客人もお見えになることですし、今は戻るべきです。」
そういうと、カイルは半ば強引に王妃の手を取り歩き出す。それはまるでセルジュから引き離さんがばかりの行動にセルジュの目には映った。実際、そうなのだろう。カイルは王妃に向ける優しい目とは全く正反対の鋭く尖った目でセルジュを一瞥し、去っていった。
後に残されたセルジュは、自分の置かれた立場がよく分からないでいた。突然呼ばれて来てみれば王妃には抱きつかれるしカイルからは睨まれるし、一体何がどうなっているのだろうか。
お読み下さり、ありがとうございます。
やっと、王妃と王子が出てきました。
次話からはセルジュの秘密を書いていきたいと思います。
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