第9話 Cantabile
「静かにしてください!優勝した2年3組の皆さんには、もう一度自由曲を歌って頂きますので、舞台袖へ移動をお願いします」
生徒会長の指示が辛うじて聞こえる中、三島達は舞台袖へ移動する。
「隆司!」
移動の途中で榎本に呼び止められた。
「何?」
「これ」
「え?」
それは、ヴァイオリンのハードケースだった。
「アンタの作り上げたクラス合唱の完成形を、私達に見せなさい」
そう言ってそのハードケースを手渡すと、榎本は席に戻った。三島は首を傾げながらそれを持って舞台袖に入る。
「なんだそれ」
三島が開けたハードケースの中を高橋が覗き込む。
「これ……」
そこには少し古いヴァイオリンが入っていた。
「ヴァイオリン?」
高岡も腫れた目で覗き込む。
「これ……、親父が若い時に使ってたヴァイオリンだ……」
それには見覚えがあった。若い時の父親の写真に写っていたものだ。しかし、それは三島の家に保管されていなかったものだ。ふと、一枚の紙が入っている事に気が付いた。
『Es ist Zeit, dies an Sie zurückzugeben.――Julia』
ドイツ語が完璧に読める訳ではないが、意味は分かった。
「みんな、俺が指揮しなくても歌えるな?」
三島の言葉に、全員がキョトンとした。
「美琴、リズムキープは任せる。みんなも思いっ切り歌え!俺も思いっ切り弾く!」
「分かったよ、俺達のヴァイオリニスト!」
高橋が返事してくれた。
「これで、本当に全てが揃ったんだ!もう一回、観客にブチかましてやろうぜ!」
高橋の言葉に全員が答える。高岡を先頭に、ステージに上がる。最後尾の三島はヴァイオリンを持って、指揮者台の上に上がった。会場がざわつく。
「それでは、優勝した2年3組の皆さんで自由曲『COSMOS』です」
三島は礼をした後、ヴァイオリンを構える。三島の父親のヴァイオリンが煌々と輝くような光を奏で始めた。
♪
「リュウ!素晴らしかったデース!」
何処からもぐりこんだのか分からないが、ステージを降りてきた三島にヘルゲンが抱き付いた。
「ユリアさん!?来てたんですか!?」
「え?でも、関係者以外立入禁止では……?」
高岡が冷ややかな目で見つめながら言った。
「私が連れて来たの」
榎本だった。
「そんなに妬かないの、高岡ちゃん!」
榎本が高岡に抱き付く。
「べ、別に妬いてなんかないです!」
「んもぉ、可愛いんだからぁ」
そう言ってむくれ顔の高岡の頬をつつく。
「それよりユリアさん、ありがとうございました。親父のヴァイオリン、ユリアさんが持っててくれたんですね」
「あの手紙と一緒に、お父さんから預かっていました」
ユリアがニコニコと笑っている。
「あの手紙?」
高岡が首を傾げる。
「うん。親父が死ぬ前に俺へ書いた手紙……」
そう言って、学ランの内ポケットから白い封筒を取り出した。
「読むか?」
「え?いいの?」
三島は高岡にそれを渡した。高岡が中の便箋を取出して開いた。数枚に渡るその便箋のほとんどに、三島の父の謝罪の言葉が並んでいた。そしてその中に、三島のジストニアの原因が書いてあった。
『お前をジストニアにしてしまったのは私であり、楽譜だ。
楽譜の奴隷になれという私の言いつけを忠実に守ったお前は、
楽譜に縛られることによって、本来の自由な表現が出来なくなった。
それがお前にとっての最大のストレスだった』
「楽譜だったんだよ、俺にとっての呪いは。だから、楽譜を見ながら弾いたピアノでも出た」
「逆に、楽譜がなかった時は自然に弾けたんだ……」
思わず納得した。しかし、楽譜を見れないという事は、プロとして活動できないという事ではないだろうか。高岡の顔が心配の色に染まる。
「心配すんな、美琴。プロにも色々ある。カコ姉ぇもよく言ってるだろ?オケだけがプロじゃないって」
「そうデス!だから、早く私のコンサートに呼べるくらいの力を取り戻してくだサイ!」
ユリアが三島に頬擦りする。それを見た高岡の顔色が別のものへと変わる。榎本が困ったような笑顔で高岡の頭を撫でた。
「それで、久々に弾いた感想はどうデスか?」
三島は大きく息を吸って、微笑む。
「やっぱ、楽しい!」
『神童復活』というニュースがクラシック界に駆け巡るのは、もう少し先の事である。




