第5話 ギルド登録に行ったら詠唱実演の公開処刑だった
──ルーンベルク冒険者ギルド・神殿分室。
ギルド登録のため、魔法の実演を求められたアルは、神殿の魔法判定場に立っていた。広い石造りの部屋の中央に、一人ぽつんと。
「……詠唱……やるのか……ここで……人前で……」
周囲には、ギルド職員が三名、神官が二名、そしてなぜか見学に来たリリとシア。合計七人の視線が、アルに注がれている。
リリはわくわくした顔で目を輝かせ、シアは無表情でメモ帳を開いている。何をメモする気だ。
「アルくん、がんばってー!」
「詠唱の滑舌に注目しています」
「やめて!応援と分析が逆方向にプレッシャーかけてくる!!」
応援は嬉しい。だが、滑舌を分析されるのは嬉しくない。というか、なぜそこに注目するんだ。魔法の威力や精度じゃなくて。
白い髭を蓄えた神官が、静かに告げる。
「では、魔法の実演をお願いします。属性は問いません」
「……よし……やるしかない……!」
もう逃げられない。ここで魔法を使わなければ、ギルド登録ができない。つまり冒険者になれない。つまり異世界で生きていけない。
アルは深呼吸し、魔力を集中させる。指先に、熱が集まってくるのを感じる。よし、魔力は十分だ。あとは──詠唱だけだ。
そして、覚悟を決めて、詠唱を始めた。
「我が魂よ、紅蓮に燃え、天空を焦がせ──クリムゾン・ノヴァ・レクイエム・ブレイズ!」
──ズオォォォン!!
赤い炎が螺旋状に舞い上がり、空を焦がすように降り注ぐ。神殿の高い天井が一瞬赤く染まり、熱風が部屋中に広がる。空気が震え、魔力の余韻が空間に残る。
「うおおおおお……!決まった……!」
完璧だった。詠唱も魔法の発動も、何一つミスはなかった。威力も申し分ない。これなら文句のつけようがないはずだ。
──沈黙。
「……」
「……」
「……」
誰も何も言わない。ギルド職員も、神官も、ただ黙ってアルを見つめている。
「え、なんで誰も反応しないの!?今の、けっこうすごかったよね!?ね!?」
アルは周囲を見回す。誰か何か言ってくれ。威力がすごいとか、魔力制御が上手いとか、何でもいいから。
白髭の神官は、咳払いを一つして、静かに言った。
「……詠唱が……長いですね」
「そこ!?そこなの!?威力じゃなくて詠唱の長さなの!?」
確かに長い。自分でもわかっている。だが、それは魔法の一部なんだ。演出なんだ。かっこよさの追求なんだ。
リリはぱちぱちと拍手しながら、目を輝かせている。
「すごーい!空が赤くなった!ラスボスみたい!」
「褒めてるのか不安になるワードやめて!!」
ラスボス。確かに威力はあるが、それは主人公が使う魔法じゃない。完全に敵側の魔法だ。
シアは淡々と、メモ帳に何かを書き込んでいる。
「詠唱完了率:100%。噛みなし。羞恥度:高。分類:詠唱型・黒歴史魔法使い」
「その分類、ギルドに提出しないでぇぇぇ!!」
羞恥度:高。なぜそんな項目がメモに存在するんだ。しかも100%じゃなくて「高」って、どういう基準なんだ。
神官はうなずき、魔力判定を完了させる。
「登録に問題はありません。魔力操作能力、十分です。ギルド証を発行します」
「……よかった……俺、異世界で生きていける……」
アルは心の底から安堵のため息をついた。これでようやく冒険者になれる。異世界での第一歩が踏み出せる。
ギルド職員の一人が、銅製のプレートを手渡してくれた。
「こちらが、あなたのギルド証です。銅級冒険者として登録されました」
銅級。最低ランクだが、それでも立派な冒険者だ。アルはプレートを受け取り、その重みを確かめる。
リリが駆け寄ってきて、アルの腕を掴む。
「アルくん、おめでとー!これで一緒に冒険できるね!」
「……まあ、よろしく……」
シアも小さく頷く。
「では、最初の依頼を受けましょう。銅級でも可能な、簡単な依頼から」
「うん、それがいいね。いきなり難しいのは無理だし」
こうして、アル・バイエルンは正式に冒険者ギルドに銅級として登録された。
だが、彼は知らなかった。
神殿での魔法実演を見ていたギルド職員の一人が、すでに仲間に話していたことを。
「今日、すごい詠唱の魔法使いが来たぞ。"我が魂よ"から始まるんだ」
「マジで?それ、絶対面白いやつだろ」
「見た目は威力あるんだけどな。詠唱がヤバい」
噂は、静かに、しかし確実に広がり始めていた。
アルの黒歴史魔法は、すでに街の一部で話題になり始めていたのである──。




