第4話 回復魔法で事故るヒーラーに振り回された
──ルーンベルクの冒険者ギルド。
石造りの重厚な建物の中には、冒険者たちのにぎやかな声が響いている。依頼書を見る者、仲間と笑い合う者、武器の手入れをする者。活気に満ちた空間だ。
受付には、黒いスーツに身を包んだ女性──エリーカが控えている。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご登録のご用件でございますか?」
その丁寧すぎる敬語に、アルは少し気圧される。
「は、はい……登録を……」
アルは緊張しながら受付へ近づいた。隣には、相変わらず無表情の戦闘メイド・シア。銀のトレイを持ったまま、まるで護衛のように付き添っている。
「身分証はお持ちですか?」
「えっと……ないです……」
異世界に転移したばかりで、身分証なんてあるはずがない。これは予想通りの展開だ。
「では、神殿にて簡易証明を発行していただく必要がございます。魔法の実演が必要となりますが、よろしいでしょうか?」
「ま、魔法の実演……!?」
アルの顔が青ざめる。魔法の実演。つまり、人前で魔法を使うということ。それはつまり──
脳裏に浮かぶ、あの詠唱。
『我が魂よ、紅蓮に燃え──』
「無理!!あれは人前でやるもんじゃない!!」
神殿で、神官たちの前で、あんな恥ずかしい詠唱を披露するなんて。考えただけで全身から汗が噴き出す。
シアが冷静に提案する。
「では、"ウォーター・スライム・バリケード"などは? 見た目は癒し系ですが、性能は高いです」
「それも恥ずかしい!スライムがぷるぷる並ぶだけだし!」
水で作ったスライムが横一列に並んで、ぷるぷる震えながら防御する魔法。威力はあるが、見た目が完全にギャグだ。あれを真顔で発動する自信がない。
「他の魔法は──」
──そのとき。
「きゃあああ!」
ギルドの扉が勢いよく開き、赤髪の少女が転がり込んできた。まるで突風に巻き込まれたように、琥珀の瞳がくるくる回り、杖を抱えたまま床に着地する。
「うわっ!?誰か突っ込んできた!?」
アルは思わず後ずさる。何が起きたんだ。魔物の襲撃か。それとも爆発事故か。
「ごめんなさーい!オーバードライブかけたら、足が速すぎて止まれなくて!」
少女は床に座り込んだまま、申し訳なさそうに笑っている。
「魔法で事故るな!!てか、なんで支援魔法で自分にバフかけて突っ込んでくるの!?」
オーバードライブ。身体能力を一時的に強化する支援魔法だ。それを自分にかけて走った結果、制御不能になって突っ込んできたということか。
「えへへ……元気になったから、走ってみたくなっちゃって……」
「天然すぎるだろ!!」
元気になったから走る。その発想がもう危険だ。車でいえば、アクセル全開でブレーキなしで走るようなものじゃないか。
少女は立ち上がり、ぱんぱんと服を払う。赤い髪が揺れ、琥珀の瞳がきらきらと輝いている。
「私はリリ・カルナ!回復担当です!よろしくね!」
「いや、今のどこが回復担当!?むしろ俺の心が傷ついたんだけど!?」
回復担当が事故って突っ込んでくる。これはヒーラーとして何かが間違っている。
シアは淡々と、しかし若干の疲労を含んだ声で告げる。
「彼女、事故率が高いです。回復魔法の精度に難があります」
「それ、ヒーラーとして致命的じゃない!?」
回復魔法の精度に難がある。つまり、回復するつもりが違うところを回復したり、回復しすぎたり、あるいは回復し損ねたりするということか。
「でも、回復力は本物です。対象を間違えなければ」
「その"間違えなければ"が最大の不安要素なんだよ!!」
対象を間違える。それはつまり、味方を回復するつもりが敵を回復したり、あるいは回復魔法を攻撃魔法と勘違いして放ったりするということだろうか。想像するだけで恐ろしい。
リリはにこにこしながら、アルの腕を掴む。その手は温かく、力強い。
「ねえねえ、ギルド登録するの?一緒に行こっか!」
「いや、君の"一緒に"は物理的に危険なんだけど!?」
この人と一緒に行動したら、確実に何か事故が起きる。それも、予測不可能な方向で。
シアが小さく頷く。
「では、神殿へ向かいましょう。リリも同行します」
「えっ、この子も!?」
「彼女も登録が必要です。事故防止のため、監視が必要です」
「監視って、ヒーラーに対する扱いじゃない!!」
こうして、黒歴史魔法使いアル、無表情戦闘メイドシア、天然ヒーラーリリの三人は、ギルド登録へと向かうことになった。




