第35話 洗濯魔法で敵を止めたら、シアに『洗濯中ですか?』と冷静にツッコまれた
ダンジョンの奥は、想像以上に深かった。
通路は複雑に分岐し、魔力の濃度も増している。壁には古代の文様が刻まれ、淡い光を放っている。空気が重く、一歩進むごとに緊張感が増していく。
壁の文様を確認したシアが、淡々と読み上げる。
「試練の間を越えし者、真なる扉に至る……まだ続くようです」
アルが頭を抱える。
「どこまで続いてんの、このダンジョン……分身の地図、途中で泡が消えてるんだけど……」
手元に残る泡の地図は、途中から情報が途切れている。この先は完全に未知の領域だ。
リリが元気よく、わくわくした様子で言う。
「でも、なんかワクワクするよね!奥にお宝とかあるかも!」
「その前に、俺の羞恥心が限界なんだけど!?」
アルは疲れた表情で杖を握りしめる。これまでの黒歴史魔法の連続使用で、精神的ダメージが蓄積していた。
そのとき、通路の先から複数の魔物が現れた。
複数のローブ姿の詠唱型魔族。身長は人間と同程度だが、その身体からは濃密な魔力が溢れ出している。手には魔導書を持ち、既に詠唱を開始している様子だ。
魔力の波がぶつかり合い、空間が微かに歪む。このまま詠唱を完成させれば、強力な攻撃魔法が飛んでくるだろう。
シアが短剣を構える。
「詠唱妨害が必要です。アルさん、お願いします」
その言葉に、アルの顔が青ざめる。
アルが顔をしかめる。
「……あれか……あれを使うしかないのか……」
脳裏に浮かぶのは、以前使った時の光景。あまりにも恥ずかしすぎる水の鞭の魔法。
リリが期待の目で見つめる。
「アルくんの水の鞭好きだよ!ぴしゃん!ってなるやつ!」
「それ、好きって言われると複雑だから!!見た目、完全に洗濯だから!!」
アルは両手で顔を覆いたくなる。しかし、状況は待ってくれない。魔族の詠唱は既に後半に入っている。
深呼吸して覚悟を決める。
「……仕方ない。行くぞ……」
杖を構え、魔力を練り上げる。恥を捨てるしかない。
「水よ、鞭となりて連打せよ!――ウォーター・ウィップ・オブ・ランドリー・モード!」
──詠唱完了。
杖の先から、透明な水の鞭が複数現れる。まるで洗濯板で布を叩くような形状の鞭が、空中を自在に動き回る。
そして──
「ぴしゃん!」「ぴしゃん!」「ぴしゃん!」
水の鞭が、魔族の詠唱者たちを次々と連打する。まるで布を叩いて洗濯しているかのような、軽快な音が通路に響き渡る。
「ぐぎゃっ!?」「詠唱が……!」
魔族の詠唱が止まり、魔力が乱れる。
攻撃魔法は不発に終わり、魔族たちは混乱している。完璧な詠唱妨害だ。
しかし──
シアが冷静に、感情のない声で尋ねる。
「洗濯中ですか?」
アルの悲鳴が響く。
「違う!!詠唱妨害だから!!洗濯じゃないから!!」
水の鞭は相変わらず「ぴしゃん!ぴしゃん!」と魔族を叩き続けている。その光景は、どう見ても洗濯にしか見えない。
ルドが一言だけ、真面目な表情で呟いた。
「……干す場所、あるか?」
「だから違うって言ってるだろ!!」
アルは顔を真っ赤にして叫ぶ。なぜ仲間たちは、こんなに冷静に洗濯として受け入れているのか。
水の鞭が最後の一撃を加え、魔族たちは力尽きて崩れ落ちた。
通路は静寂に包まれる。
魔族は倒れ、危機は去った。完璧な戦闘結果だ。
リリが笑顔で、拍手しながら言う。
「でも、すっごく効いてたよ!ぴしゃん!って!」
「その擬音、やめて!?俺の魔法、もっとかっこいいはずだったのに!!」
アルは杖を地面に突き刺し、両手で顔を覆う。
シアが静かに補足する。
「詠唱妨害効果は完璧でした。見た目はともかく」
「見た目が一番重要なんですけど!?俺、魔法使いなのに洗濯してるみたいになってるんですけど!?」
ルドが淡々と前に進みながら呟く。
「……実用的だ」
「実用的って言われても全然嬉しくない!!」
リリがアルの肩を叩きながら、楽しそうに言う。
「でも、アルくんの魔法いつも役に立ってるよ!見た目はアレだけど!」
「見た目はアレって認めてるじゃん!!」
アルの絶叫が通路に響く。
──こうして、アル一行は洗濯魔法と羞恚にまみれながら、さらに奥へと進んでいく。
通路の先には、まだ見ぬ試練が待っているのだろう。そしてその度に、アルの黒歴史は増え続けるのだった。




