第34話 透明化魔法を使ったら、服だけ残って脱いだのかと思ったと誤解された
ダンジョンの奥は、霧のような魔力が漂っていた。
白い霧が通路を満たし、数メートル先すら見通せない。視界が悪く、敵の気配も濃い。足音さえも霧に吸い込まれるように、不気味な静けさが支配している。
シアが前方を慎重に確認する。
「この先、視覚妨害系の魔法陣があります。敵の奇襲に備えてください」
その言葉に、全員が緊張する。視界が悪い状態での戦闘は、どんな熟練者でも危険だ。
アルが眉をひそめる。
「視界が潰されるなら、こっちも透明化で動いた方がいいか……」
魔力操作で周囲を探りながら、アルは透明化魔法の使用を検討する。敵に姿を見られなければ、奇襲のリスクは大幅に下がる。
リリが元気よく、しかしどこか楽しそうに言う。
「アルくんの透明化魔法、前に見たけど、すごかったよね!服だけ残ってた!」
「それ、すごいじゃなくて事故だから!!魔法の仕様が服に対応してないだけだから!!」
アルは顔を赤くして反論する。あの時の光景は、思い出すだけで羞恥心が蘇る。
「でも、効果はあるんでしょ?だったら使おうよ!」
「リリ、それは……」
──アル、深いため息をついて、仕方なく詠唱を始める。
杖を構え、魔力を練り上げる。この魔法を使うたびに、なぜか服だけが残ってしまう。魔力の波長の問題だとは理解しているが……。
「……光よ、存在を溶かし、影に紛れろ!――インビジブル・ステップ・オブ・ノー・トレース!」
──詠唱完了。
淡い光がアルの身体を包み込む。そして次の瞬間──
アルの姿が完全に消え──服だけがふわりと空中に残った。
ローブ、シャツ、ズボン、そして靴まで。まるで透明人間が立っているかのように、服だけが人型を保っている。
リリが目を丸くして叫ぶ。
「アルくん!?脱いだの!?えっ、今!?なんで!?」
慌てて顔を赤らめるリリ。
空中から、アルの焦った声が響く。
「違う!!脱いでない!!魔法だから!!仕様だから!!」
服が激しく揺れる。透明化したアルが必死に弁解しているのだろう。
シアが冷静に、しかし容赦なく言い放つ。
「魔力の波長が身体と衣服で異なるため、服だけ残ったようです。事故ではなく設計ミスです」
「それ、事故って言ってるのと同じだから!!」
空中の服がさらに激しく揺れる。
──ルドが一言だけ、感慨深げに呟いた。
「……羞恥、強いな」
その言葉に、アルは何も言い返せなかった。
その時、敵の視覚妨害魔法が発動した。
通路全体が濃い霧に包まれ、視界がゼロになる。仲間の姿すら見えなくなった。
アルは服を慌てて拾い上げ、抱えながら移動する。透明化している今、服を持っていれば少なくとも「服が動いている」という視覚情報だけは残る。
「……見えないけど、魔力の位置は読める。詠唱で仕留めるしか……」
アルは魔力の流れを感じ取る。霧の中、複数の敵の気配が近づいてくる。位置は把握した。
「闇よ、孤独の中で輝け!――シャドウ・フラッシュ・オブ・ナイト・ソウル!」
闇の中で一瞬だけ光が爆発し、衝撃波が霧を切り裂く。敵の悲鳴が響き、ドサリと倒れる音が複数聞こえた。
霧が晴れていく。
ゆっくりと視界が回復し、通路の様子が見えてくる。
敵は全て倒れている。魔法は完璧に決まった。
しかし──
服だけが通路の真ん中に、ぽつんと落ちていた。
まるで誰かが脱ぎ捨てたかのように。
リリが笑顔で、しかしどこか感心したように言う。
「アルくん、裸でもかっこいいよ!」
アルの悲鳴が響き渡る。
「かっこよくないから!!そもそも裸じゃないから!!魔法だから!!」
慌てて服を拾い上げるアル。透明化は解除されていないため、服だけが宙に浮いて動いている光景は、ますます奇妙だ。
シアが静かに補足する。
「でも戦闘は成功しました。結果的には有効です」
「結果じゃなくて過程が問題なんですけど!?」
ルドが淡々と前に進みながら呟く。
「……透明化、便利だな」
「便利って言われても全然嬉しくない!!」
アルは服を抱えたまま、透明化を解除した。ようやく姿が見えるようになり、急いで服を着直す。
リリがクスクスと笑いながら言う。
「でも、敵は全部倒せたし、いいんじゃない?」
「良くないよ!!俺の尊厳が!!」
──こうして、アル一行は視覚妨害と羞恥の中、探索を続けることになった。




