第32話 笑われて開く扉
─ルーンベルク西部、森の奥。
依頼帰りのアル一行は、分身が勝手に描いた地図に導かれ、苔むした石造りの遺跡の前に立っていた。
「……本当にあったんだな。分身の地図、精度高すぎない?」
アルは地面に残された泡の線を見下ろしながらため息をつく。まさか本当に遺跡が見つかるとは思っていなかった。
リリが目を輝かせる。
「ねえ、ちょっとだけ中を見てみようよ!せっかくだし!」
「待て待て待て!俺たち、依頼終わった帰り道だよ!?これは分身の暴走で見つかっただけだよ!」
アルは必死に止めようとするが、リリの好奇心に満ちた瞳は既に遺跡の奥を見つめている。
シアが扉に手をかざし魔力の残留を確認する。
「魔力反応は本物です。封印されていた以上、何かしらの価値はあるかと」
ルドが一歩前に出る。
「……入るか」
アルは観賞用の杖を握りしめ、仕方なく黙ってうなずいた。もう止められないと悟ったのだ。
一行は慎重に遺跡の内部へと足を踏み入れた。
石壁には古代文字が刻まれ、通路には淡い魔力の光が漂っている。空気がひんやりと冷たく、長い間人が立ち入っていなかったことを物語っていた。
数歩進んだ先でシアが突然立ち止まる。
「床の魔力が不自然です。罠の可能性あり」
全員が足を止める。シアの警告は、これまでの経験上無視できない。
アルが慎重に床に手をかざし魔力の流れを探る。
指先から微細な魔力を流し、床下に張り巡らされた魔法陣の構造を読み取っていく。複雑に絡み合った魔力の糸が、わずかな刺激で発動する仕組みになっている。
「……これ、重量感知式の罠だ。一定以上の重さがかかると、床が崩落する」
アルは集中して魔力の流れを慎重に調整する。支柱の魔力バランスを操作し、罠の発動条件を無効化していく。
床が沈みかけたまま、ぴたりと止まった。
リリが小さく拍手する。
「さすがアルくん!」
「これは普通の魔力操作だから……黒歴史じゃないから……」
さらに進んだ先に巨大な石の扉に複雑な魔法陣が刻まれていた。
古代文字と魔力の紋様が絡み合い扉全体を覆っている。明らかに封印の魔法だ。
シアが扉に魔力を流し、魔法陣の内容を読み取ろうとする。しばらく集中した後、眉をひそめた。
「……笑いによる精神的混乱で封印解除とあります」
一同が沈黙する。
アルが絶句する。
「なんでそんな魔法があるんだよ!?俺、魔法使いであって芸人じゃないんだけど!?」
リリが期待の目でアルを見つめる。
「アルくんの詠唱、いつも面白いからいけると思う!」
「それ、笑われてるだけだから!!俺の黒歴史、封印解除に使われるの!?」
アルは魔力操作で魔法陣の紋様を丁寧に読み取り、別の解除方法がないか探る。
「……無理だ。読めるけど、解除条件が笑わせることって……どうしろってんだよ……」
どう頑張っても、封印解除の条件は「笑い」だけ。力技でも精密な魔力操作でもこの扉は開かない。
アルは深呼吸して覚悟を決めた。
「……仕方ない。やるしかないか……」
観賞用の杖を握りしめ、恥を捨てる覚悟で構える。
「……氷よ、乙女の心を映し、敵を貫け!――アイシクル・ピアス・オブ・フローズン・ハート・エモーション!」
──詠唱完了。
ハート型の氷が宙を舞い、キラキラと光を反射しながら扉に突き刺さる。魔法陣が震え、淡い光を放ち始めた。
そして──
「……ぷっ……くくく……」
扉が笑った。物理的に。石の扉から、人の笑い声のような音が響く。
魔法陣が輝きを増し、カチャリと錠が外れる音が響いた。
そして、ゆっくりと開いた。
アルはその場に崩れ落ちる。
「俺の黒歴史、笑われて開いた……!?いや、違う!魔法だから!ギャグじゃないから!!」
両手で顔を覆い、地面にうずくまるアル。もう何も信じられない。
ルドが一言だけ感心したように呟いた。
「……笑い、強いな」
シアが静かに補足する。
「封印解除には十分な効果でした。内容はともかく」
「誰か俺の味方して!?俺、真面目に詠唱しただけなんですけど!!」
アルの悲痛な叫びが遺跡の通路に響く。
リリがアルの肩を叩きながら、笑顔で言った。
「でも、おかげで先に進めるよ!アルくんの詠唱、役に立ったね!」
「それが一番つらいんですけど!?黒歴史が実用性持ったらダメでしょ!?」
──こうして、アル一行は笑われながらも、偶然のダンジョン探索を続けることになった。




