第31話 分身、勝手に地図を描く
──ルーンベルク西部、静かな森の中。
木漏れ日が差し込む、穏やかな午後。
依頼帰りのアル一行は、木陰で休憩していた。
「ふぅ……やっと終わった……」
アルは観賞用の杖を地面に立てかけ、疲れた様子で腰を下ろす。今日の依頼は思ったより長引いて、全員くたくただ。
リリが木の根元に座りながら、のんびりとした口調で言った。
「ねえ、アルくん。分身魔法で周囲を見張ってもらえない?」
「えっ……今ここで?俺、疲れてるんだけど……」
アルは疲労困憊の表情で首を横に振る。
「だって、分身魔法使えるのアルくんだけだし。分身いっぱい出るし、見張りにぴったりじゃん!」
「俺の分身、しゃべるだけで見張りにならないよ!?むしろ騒音だよ!?」
アルの必死の抵抗も、リリの期待に満ちた瞳の前では無力だった。
シアが静かに、しかし的確に言う。
「騒がしいほうが魔物の接近には気づきやすいです。ある意味、警報です」
「俺の魔法が警報扱いされてる……!?」
──アルは観念して立ち上がる。
「……はぁ。わかったよ……」
深くため息をつき、杖を手に取る。分身を出すという事は、休憩時間が終わってしまったことを意味する。
「……水よ、幻を千に分かち、我が声を映せ!――アクア・ミラージュ・インフィニティ・スプラッシュ・エディション!」
──詠唱完了。
杖の先から水の波紋が広がり、次々と分身が現れる。透き通った水で構成された、アルとそっくりな姿。
そして次の瞬間──
「俺が本物だ!」「いや俺だ!」「見張りは任せろ!」「地形把握完了!」「地図描いたぞ!」
一斉にしゃべり始める分身たち。森の静けさは一瞬で破壊された。
「……は?地図?」
アルが呆然と振り返ると、分身の一人が地面に水で地図を描いていた。泡の線で構成された、妙に精密な地形図。木々の配置、岩の位置、小川の流れまで細かく描き込まれている。
「こっちに未登録の魔力反応あり!」「ダンジョンの匂いがするぞ!」「探索推奨だ!」
「勝手に冒険始めないで!?俺、ただ見張り頼まれただけなんですけど!?」
アルの悲鳴も空しく、分身たちは勝手に情報を共有し始める。
ルドが地図をじっと見つめる。
「……魔力の流れが不自然だ。何かある」
彼の鋭い観察眼が、地図に描かれた魔力の痕跡を読み取っていた。
リリが目を輝かせる。
「行ってみようよ!分身が描いた地図、なんかワクワクする!」
「いやいやいや!!分身の情報で行動するの!?あいつら、しゃべるだけで信頼性ゼロだよ!?」
アルは必死に止めようとするが、もう遅い。リリとルドは既に地図の方向を確認し始めている。
「大丈夫だって!分身だってアルくんの魔法なんだから!」
「それが一番不安なんですけど!?」
──一行は地図に従い、森の奥へと進んだ。
分身たちが先導し、「こっちだ!」「右に曲がれ!」と騒々しく道案内をする。
やがて、木々の間から石造りの建造物が見え始めた。
苔むした石造りの遺跡が姿を現す。古代文明の遺物のような、厳かな雰囲気を纏った遺跡。
「……本当にあった……」
アルは呆然とつぶやく。まさか分身の情報が本当だったとは。
分身の一人が遺跡の前で得意げに叫ぶ。
「ほら見ろ!俺の情報は正確だ!」「ここ、魔法の詠唱に反応するぞ!」「よし、開けるぞ!」
「待て待て待て!!詠唱は俺がやるから!! 勝手に──」
アルが止める間もなく──
──分身の詠唱が途中で途切れ、盛大に爆発。
ドォンという轟音と共に、遺跡の扉が吹き飛び、内部への通路が露わになる。土煙が舞い上がり、石の破片が飛び散った。
「……開いた……」
リリがぽかんと口を開ける。予想外の展開に、言葉を失っている。
アルは膝から崩れ落ちる。
「俺の魔法、勝手にダンジョン開けた……!?分身が先導ってどういうこと!?」
両手で顔を覆い、地面にうずくまるアル。自分の魔法が制御不能になっている現実を受け入れられない。
ルドが一言だけ、感心したように呟いた。
「……分身、有能だ」
シアが冷静に補足する。
「入口の爆発は完全に事故ですね」
「誰か俺の味方して!?」
アルの絶叫が森に響き渡る。しかし分身たちは既に遺跡の中へと進んでいき、「探索開始!」「宝箱あるかな!」と騒いでいる。
──こうして、アル一行は分身の暴走によって、謎のダンジョンへと足を踏み入れることになった。




