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第30話 貴族の花壇を守ったら、俺が乙女心の使い手に認定された

──グラード近郊・貴族領の庭園。

青々とした芝生と色とりどりの花々が咲き誇る、手入れの行き届いた美しい庭園。


アルは、屋敷の警備依頼を受けてこの場所に来ていた。

魔物が花壇を荒らすという、地味ながらも貴族からの指名案件。報酬は悪くないが、アルの表情は冴えない。


「……なんで俺が"花を守る魔法使い"って紹介されてるんだよ……」


依頼書に書かれた自分の紹介文を見て、アルは深いため息をついた。「繊細で優雅な魔法を操る、花と乙女心の守護者」──誰がこんな恥ずかしい肩書きを考えたのか。


──依頼人は上品な貴族夫人。

絹のドレスに身を包み、優雅な足取りでアルの前に現れる。

アルの魔法履歴を記した書類に目を通しながら、夫人はうっとりとした表情でこう言った。


「あなたの"氷のハート型魔法"、とても繊細で美しいと聞きましたわ。まるで乙女心のように──」

「それ、見た目だけの話ですよね!?詠唱はポエムだし、氷のつぶては貫通力あるし、敵は普通に刺さってるんですよ!?」


アルは慌てて訂正を試みるが、夫人は「まあ、謙遜なさって」と優雅に微笑むだけ。完全に誤解が定着している。


──リリが笑顔で茶々を入れる。

「でも、ハート型の氷が舞うのって、ロマンチックだよね!アルくんにぴったり!」

「俺の魔法、ロマンじゃなくて黒歴史だから!! 詠唱ミスったら爆発するんだよ!!」


アルは必死に反論するが、リリは楽しそうに笑うばかり。彼女にとっては、アルの困った顔を見るのが何よりも面白いらしい。


──その時、シアが静かに紅茶を差し出す。


「"ティー・オブ・誤解放置"です。誤解されても気にしない精神力を4%ほど強化します」

「それ、誤解される前提じゃん!!俺、訂正したいんですけど!!」


アルの悲痛な叫びも、シアの無表情な顔の前では虚しく響くだけ。彼女は相変わらず、静かに紅茶を差し出したまま微動だにしない。


──その瞬間、花壇の陰から魔物が姿を現した。


黒い鱗に覆われた、トカゲに似た小型の魔物。鋭い爪で花壇の縁を引っ掻き、花々を荒らそうとしている。貴族夫人が小さく悲鳴を上げた。


アルは観賞用の杖を握りしめ、覚悟を決める。

「……仕方ない。花壇を傷つけないように、精密に狙うしかないか」


深く息を吸い込み、魔力を集中させる。杖の先端が冷たい光を放ち始め、周囲の気温がわずかに下がる。

「……氷よ、乙女の心を映し、敵を貫け!――アイシクル・ピアス・オブ・フローズン・ハート・エモーション!」


──詠唱完了。


杖の先から、透き通ったハート型の氷の結晶が次々と生み出される。キラキラと光を反射しながら宙を舞い、まるでバレンタインデーの装飾のように優雅に花壇の上を漂う。


そして次の瞬間──


「ギャアアッ!?」


ハート型の氷が、魔物の急所を次々と正確に貫通した。鋭い氷の刃は容赦なく魔物の身体を貫き、背後の石壁に突き刺さる。魔物は断末魔の叫びを上げて倒れ伏した。

花壇は無傷。演出は完全に乙女ゲー。ギャップが凄まじい。


──貴族夫人が感動したように拍手する。


「まあ……なんて繊細で優雅な魔法!花々を一つも傷つけず、魔物だけを退治するなんて!あなたこそ、乙女心の使い手ですわ!」

「そうですわ!ハート型の氷なんて、まるで恋の魔法のよう!」

夫人の侍女たちまでもが、キャーキャーと黄色い声を上げ始める。


──アルはその場に崩れ落ちた。


「俺の黒歴史、乙女心になった……!?いや、違う!氷のつぶてだから!貫通力だから!!」


両手で顔を覆い、地面に額をつけるアル。彼の魂からは、何か大切なものが抜け落ちていくような感覚があった。

リリがアルの肩を軽く叩きながら、楽しそうに言う。


「でも、"乙女心の使い手"って、前の"ふわふわ魔法のお兄ちゃん"よりはマシじゃない?」

「どっちも嫌だよ!!俺、普通に戦闘魔法使いたいんですけど!?」


アルの絶叫が庭園に響く。しかし貴族夫人たちは、それすら「謙虚で素敵」と評価しているようだった。

──ルドが一言だけ、短く呟いた。


「……ハート、よかった」


「ルドさんまで肯定しないで!?俺、趣味バレてるみたいになってるんですけど!!」


アルの悲痛な訴えも空しく、庭園には穏やかな拍手が響き続けている。


地面に倒れた魔物の身体には、ハート型の氷がいくつも突き刺さったまま。その光景は、どこか乙女ゲームの演出のようで──アルの羞恥心を容赦なく刺激し続けた。


──こうして、アルの黒歴史に新たな一ページ「乙女心の使い手」が加わることとなった。

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