表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/31

第3話 質問攻めの無表情メイドのせいで俺の尊厳が危機

──草原。空は晴れ渡り、風は穏やか。


だが、アル・バイエルンの心は嵐だった。


「……詠唱、聞かれてた……しかも"我が魂よ"のとこから……」


完全に聞かれていた。あの恥ずかしい詠唱を、最初から最後まで。もう二度と使わない。いや、使えない。心が耐えられない。


隣には、銀のトレイを持った美しい黒髪の女性──シア・クローデ。無表情で、まるで何事もなかったかのように淡々と歩いている。


「ところで、あなたはどこの国の魔法使いですか?」


突然の質問に、アルの心臓が跳ねる。


「えっ!?あ、いや、その……ちょっと遠くの……辺境の……」


「辺境で"レクイエム・ブレイズ"は流行っているのですか?」


「流行ってない!俺だけ!俺の脳内だけ!!」


なぜそんな質問をするんだ。まるで、あの詠唱が地域の伝統魔法みたいな扱いじゃないか。これは完全に個人の黒歴史なんだ。


「なるほど。個人魔法ですか。詠唱が長い割に、効果は派手ですね」


「だからそれ言わないでってば!俺の黒歴史が草原に焼き付けられたんだから!」


アルは頭を抱える。だがシアは容赦ない。歩きながら、さらに淡々と質問を続ける。


「魔法の構成は独特ですね。属性は火、演出は螺旋、詠唱は詩的。目的は?」


「かっこよさです!!完全に自己満です!!」


もう隠しようがない。この人には全部バレている。嘘をつくだけ無駄だ。


「理解しました。痛々しいが、威力はある。分類:黒歴史型魔法使い」


「やめてぇぇぇぇぇ!!その分類名、公式にしないでぇぇぇ!!」


黒歴史型魔法使い。なんて的確で、なんて残酷な分類だ。威力はあるが痛々しい。まさにその通りすぎて反論できない。


アルは悶絶しながら、シアの後をついていく。もう何も言い返す気力が残っていなかった。


目的地は、近くの街──ルーンベルク。


「とりあえず、街に行ってギルドに登録しないと……」


冒険者として生きていくなら、まずはギルド登録が必須だ。これは異世界の基本中の基本だと、転移前に読んだ小説で学んでいた。


「冒険者ギルドですね。緑の竜亭の隣にあります。受付はエリーカさん。敬語が丁寧すぎて逆に怖いです」


「情報が細かい!てか、メイドなのにギルド事情詳しすぎない!?」


なぜそんなピンポイントな情報まで持っているんだ。しかも受付の人の性格まで把握している。


「元暗殺者ですので。情報収集は基本です」


「メイドのスキルセットじゃない!!」


元暗殺者。つまり今はメイドだが、過去は暗殺者だったということか。どういう人生を歩んできたんだ、この人は。


シアは無表情のまま、さらに続ける。その口調は相変わらず淡々としているが、なぜか親切心を感じる。


「ちなみに、ギルド登録には身分証が必要ですが、街の神殿で簡易証明が発行できます。魔法の実演が必要ですので、先ほどの"レクイエム・ブレイズ"をもう一度使えば──」


「使わない!!あれは一発芸!!二度とやらない!!」


人前であんな恥ずかしい詠唱を披露するくらいなら、無職で生きていく方がマシだ。いや、それは嘘だが、それくらいの気持ちだ。


「では、別の魔法を。おすすめは"ウォーター・ウィップ・オブ・ジャスティス・スプラッシュ・パニッシュメント"です。音が"ぴしゃん!"で情けないですが、威力はあります」


「なんで俺の黒歴史魔法、全部見られてるの!?女神様、情報漏洩してない!?」


なぜ知っている。なぜ俺の脳内に封印されていたはずの魔法を、この人は全部知っているんだ。まさか転移の際に、記憶を読まれていたのか。


「"ぴしゃん!"って……」


アルは天を仰いだ。水の鞭で正義の飛沫の罰を与える魔法。それなのに音が"ぴしゃん!"。確かに情けない。当時の俺は何を考えていたんだ。


シアはふと立ち止まり、アルを真っ直ぐに見つめる。その無表情な瞳に、何かの感情が宿っているような気がした。


「あなた、面白いですね。旅の案内、続けますか?」


「……お願いします……俺一人だと、たぶん詠唱で爆発する……」


心が。物理的にではなく、精神的に爆発する。この異世界で一人で生きていくには、あまりにも俺は不安定だ。


シアは小さく頷いた。


「わかりました。では、街まで案内します。詠唱は控えてください」


「控えるというか、もう二度と使わない……」


こうして、黒歴史魔法使いアルと無表情戦闘メイドシアは、街ルーンベルクへと向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ