第3話 質問攻めの無表情メイドのせいで俺の尊厳が危機
──草原。空は晴れ渡り、風は穏やか。
だが、アル・バイエルンの心は嵐だった。
「……詠唱、聞かれてた……しかも"我が魂よ"のとこから……」
完全に聞かれていた。あの恥ずかしい詠唱を、最初から最後まで。もう二度と使わない。いや、使えない。心が耐えられない。
隣には、銀のトレイを持った美しい黒髪の女性──シア・クローデ。無表情で、まるで何事もなかったかのように淡々と歩いている。
「ところで、あなたはどこの国の魔法使いですか?」
突然の質問に、アルの心臓が跳ねる。
「えっ!?あ、いや、その……ちょっと遠くの……辺境の……」
「辺境で"レクイエム・ブレイズ"は流行っているのですか?」
「流行ってない!俺だけ!俺の脳内だけ!!」
なぜそんな質問をするんだ。まるで、あの詠唱が地域の伝統魔法みたいな扱いじゃないか。これは完全に個人の黒歴史なんだ。
「なるほど。個人魔法ですか。詠唱が長い割に、効果は派手ですね」
「だからそれ言わないでってば!俺の黒歴史が草原に焼き付けられたんだから!」
アルは頭を抱える。だがシアは容赦ない。歩きながら、さらに淡々と質問を続ける。
「魔法の構成は独特ですね。属性は火、演出は螺旋、詠唱は詩的。目的は?」
「かっこよさです!!完全に自己満です!!」
もう隠しようがない。この人には全部バレている。嘘をつくだけ無駄だ。
「理解しました。痛々しいが、威力はある。分類:黒歴史型魔法使い」
「やめてぇぇぇぇぇ!!その分類名、公式にしないでぇぇぇ!!」
黒歴史型魔法使い。なんて的確で、なんて残酷な分類だ。威力はあるが痛々しい。まさにその通りすぎて反論できない。
アルは悶絶しながら、シアの後をついていく。もう何も言い返す気力が残っていなかった。
目的地は、近くの街──ルーンベルク。
「とりあえず、街に行ってギルドに登録しないと……」
冒険者として生きていくなら、まずはギルド登録が必須だ。これは異世界の基本中の基本だと、転移前に読んだ小説で学んでいた。
「冒険者ギルドですね。緑の竜亭の隣にあります。受付はエリーカさん。敬語が丁寧すぎて逆に怖いです」
「情報が細かい!てか、メイドなのにギルド事情詳しすぎない!?」
なぜそんなピンポイントな情報まで持っているんだ。しかも受付の人の性格まで把握している。
「元暗殺者ですので。情報収集は基本です」
「メイドのスキルセットじゃない!!」
元暗殺者。つまり今はメイドだが、過去は暗殺者だったということか。どういう人生を歩んできたんだ、この人は。
シアは無表情のまま、さらに続ける。その口調は相変わらず淡々としているが、なぜか親切心を感じる。
「ちなみに、ギルド登録には身分証が必要ですが、街の神殿で簡易証明が発行できます。魔法の実演が必要ですので、先ほどの"レクイエム・ブレイズ"をもう一度使えば──」
「使わない!!あれは一発芸!!二度とやらない!!」
人前であんな恥ずかしい詠唱を披露するくらいなら、無職で生きていく方がマシだ。いや、それは嘘だが、それくらいの気持ちだ。
「では、別の魔法を。おすすめは"ウォーター・ウィップ・オブ・ジャスティス・スプラッシュ・パニッシュメント"です。音が"ぴしゃん!"で情けないですが、威力はあります」
「なんで俺の黒歴史魔法、全部見られてるの!?女神様、情報漏洩してない!?」
なぜ知っている。なぜ俺の脳内に封印されていたはずの魔法を、この人は全部知っているんだ。まさか転移の際に、記憶を読まれていたのか。
「"ぴしゃん!"って……」
アルは天を仰いだ。水の鞭で正義の飛沫の罰を与える魔法。それなのに音が"ぴしゃん!"。確かに情けない。当時の俺は何を考えていたんだ。
シアはふと立ち止まり、アルを真っ直ぐに見つめる。その無表情な瞳に、何かの感情が宿っているような気がした。
「あなた、面白いですね。旅の案内、続けますか?」
「……お願いします……俺一人だと、たぶん詠唱で爆発する……」
心が。物理的にではなく、精神的に爆発する。この異世界で一人で生きていくには、あまりにも俺は不安定だ。
シアは小さく頷いた。
「わかりました。では、街まで案内します。詠唱は控えてください」
「控えるというか、もう二度と使わない……」
こうして、黒歴史魔法使いアルと無表情戦闘メイドシアは、街ルーンベルクへと向かう。




