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第29話 井戸端の魔物退治で、俺の重力魔法がふわふわ認定された

──ルーンベルク郊外・小村の井戸付近。

澄んだ青空の下、石造りの古い井戸を中心に、数軒の民家が点在する静かな村。

アルは、魔物の出没報告を受けて現地調査に来ていた。


「……井戸の周りに魔物って、地味に嫌な場所だな。生活インフラじゃん……」


アルは井戸の縁を確認しながら、苦い顔で呟く。水場は村人の生活の要。ここに魔物が居座られては、村全体が困ることになる。


──現場には、村の子供たちが数人。

魔物の気配を感じて集まってしまったらしい。好奇心旺盛な年頃の彼らは、冒険者の姿を見て興奮気味にざわついている。


リリが無邪気な笑顔でアルの袖を引っ張った。

「アルくん、魔法で追い払ってあげようよ!泡のやつ、見た目かわいいし!」

「見た目だけな!あれ、触れた瞬間に重力10倍になるんだよ!?ふわふわの皮をかぶった罰ゲームだよ!」


アルは必死に首を横に振る。

グラビティ・バブル・ダンスは、見た目こそシャボン玉のように幻想的で美しいが、その実態は強烈な重力付与魔法。触れたものを容赦なく地面に叩きつける、極めて実戦的な術だ。


──その時、シアが静かに紅茶を差し出す。

「"ティー・オブ・誤解耐性"です。見た目と効果のギャップに耐える精神力を3%ほど強化します」


「それ、俺が誤解される前提じゃん!!」

アルは思わずツッコミを入れるが、シアは涼しい顔で紅茶を持ったまま微動だにしない。その無表情な佇まいが、逆に「誤解は確定事項」と語っているようで、アルの胃が痛くなる。


──その瞬間、魔物が井戸の縁にぬるりと姿を現した。

灰色の体毛に覆われた、狼に似た中型の魔物。牙を剥き出しにして低く唸り声を上げる。


子供たちが「わあっ」と悲鳴を上げて後ずさった。


アルは観賞用の杖を握りしめ、覚悟を決める。

「……仕方ない。子供たち、ちゃんと下がってろよ!」


深呼吸して、魔力を練り上げる。杖の先端が淡い光を帯び始め、空気が震える。

「……重力よ、泡に宿りて舞え!――グラビティ・バブル・ダンス!」


──詠唱完了。


杖の先から、虹色に輝くシャボン玉のような泡が次々と生み出される。ふわふわと、まるで春の陽気に誘われるように宙を漂い、井戸の周りを幻想的に彩っていく。

魔物が首を傾げる。そして、「癒し系か?」とでも言いたげに、警戒を解いて泡に近づいた──その瞬間。


「……ぐえっ!?」


泡に触れた魔物の身体が、ドスンッという鈍い音と共に地面にめり込む。まるで見えない巨大な手に押さえつけられたかのように、身動き一つ取れない。魔物は苦しげに呻き声を上げながら、必死にもがいている。


その様子を見ていた子供の一人が、目を輝かせて叫んだ。

「すごーい!ふわふわ魔法だ!お兄ちゃん、泡の魔法もっと見せてー!」

「わたしも見たい!きれいなシャボン玉!」

「魔法使いのお兄ちゃん、かっこいい!」

子供たちが口々に歓声を上げる。


──アルは頭を抱えた。


「俺、ふわふわじゃないから!!この魔法、重力だから!!見た目に騙されないで!!」


必死の訴えも、子供たちの無邪気な笑顔の前では空しく響くだけ。それどころか、さらに「優しい魔法使いのお兄ちゃん」という誤解が深まっているようにすら見える。


リリがほっこりと笑いながら、アルの肩に手を置いた。

「でも、"ふわふわ魔法のお兄ちゃん"って呼ばれてるよ。かわいいじゃん!」


「俺の羞恥心が……!! 黒歴史が肩書きになっていく……!」

アルは両手で顔を覆う。


この村に来るたびに「ふわふわ魔法のお兄ちゃん」と呼ばれることになるのだろうか。想像するだけで、背筋が寒くなる。


──ルドが一言だけ、短く呟いた。

「……泡、よかった」


「ルドさんまで肯定しないで!?俺、泡でめり込ませただけなんですけど!?」


井戸の傍らでは、まだいくつかの泡がふわふわと漂い続けている。その幻想的な光景とは裏腹に、地面にめり込んだ魔物は相変わらず苦しそうに呻いていた。

──こうして、アルの新たな黒歴史「ふわふわ魔法のお兄ちゃん」が、この小村に刻まれることとなった。

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