第23話 詠唱禁止ダンジョンで、同盟として逆襲した
──ルーンベルク冒険者ギルド・依頼受付。
アルたちは依頼書を見つめていた。『古代遺跡ダンジョン・第二層探索』。報酬は金貨8枚。そして、注意書きに──『詠唱禁止』。
「……また詠唱禁止!?俺に死ねって言ってるの!?」
アルは頭を抱える。前回の詠唱禁止ダンジョンで、どれだけ苦労したか。あの時は、ただ応援するだけの存在だった。
シアが依頼書を確認しながら、淡々と説明する。
「依頼内容に"音響魔法干渉領域"と記載されています。詠唱は空間崩壊の恐れあり、とのことです」
「俺の魔法、空間に迷惑かけすぎじゃない!?詠唱が災害扱いされてる!!」
音響魔法干渉領域。つまり、詠唱の音が空間に干渉し、崩壊を引き起こす。アルの長い詠唱は、確実にその危険性がある。
リリはきらきらした目で、ポジティブに提案する。
「じゃあ、"詠唱自由同盟"として、抗議しながら探索しよう〜!」
「抗議しながらって何!?探索とデモ活動を同時にやるの!?」
デモ活動をしながらダンジョン探索。それは新しい試みだが、実用性があるかは疑問だ。
ー ダンジョン入口
古代遺跡ダンジョンの入り口には、大きな看板が立っていた。
『詠唱禁止──空間崩壊の恐れあり』
アルはその看板を見つめ、ため息をつく。
「……やっぱり禁止だ……」
シアは淡々と、どこからともなく同盟旗を取り出す。
「看板、同盟旗で覆いました。"詠唱は心の叫び"と記されています」
白地に青い文字の旗が、看板を完全に覆い隠す。
「それ、逆に目立つ!!ダンジョンが詠唱歓迎みたいになってる!!」
看板を覆うという行為は、確実にギルドの規則違反だ。だが、シアは涼しい顔をしている。
「同盟の主張です」
「主張が過激すぎる!!」
ー 探索開始
ダンジョンの中は薄暗く、石の壁に古代文字が刻まれている。魔物は少ないが、空間が不安定だ。微かに揺れている。
「うう……詠唱したい……でもできない……」
アルは魔力を感じながら、歯を食いしばる。魔法使いが魔法を使えない。それは、歌手が歌えないのと同じだ。
シアが淡々と提案する。
「では、詠唱を"ジェスチャー"で表現してみては?」
「それ前にもやったけど無理だったよね!?魔法が出ないんだよ!!」
ジェスチャーで魔法を発動するには、十年以上の修行が必要だ。今のアルには不可能だ。
──そのとき、通路の奥から魔物が出現した。
灰色の毛皮を持つ狼型の魔物。その目が、こちらを捉えている。
「うわっ、来た!」
アルはとっさに杖を構える。だが、詠唱できない。どうすればいい。
魔物が突進してくる。
アルは反射的に叫んでしまう。
「我が心よ──あっ、やば──!」
──空間が激しく揺れる。
詠唱が始まってしまった。そして、魔法が暴発する。
『シャドウ・カーテン・オブ・ドント・リメンバー・ミー』
──闇のカーテンが広がり、魔物を包み込む。
忘れてくれの影のカーテン。それは、存在を消したい願望を具現化した魔法だ。
魔物が闇に包まれ、その目が虚ろになる。そして、何かを忘れたように、きょろきょろと周囲を見回す。
そして──逃げていく。
「え!?魔物が"俺を忘れて"逃げた!?それ、効果あるけど精神的に刺さる!!」
シャドウ・カーテン・オブ・ドント・リメンバー・ミー。忘れてくれ。その願望が魔法として発動し、魔物はアルたちの存在を忘れた。
リリは笑顔で、拍手する。
「アルくんの魔法、やっぱり心に届くね〜!」
「届かなくていい!!"忘れて"って言ったのに、みんな覚えてる!!」
確かに効果はあった。だが、その魔法名が痛々しい。存在を忘れてほしい。それは、どこか切ない願望だ。
シアが小さく頷く。
「空間の揺れは、一時的でした。問題ありません」
「問題ありまくりだよ!!詠唱禁止なのに、詠唱しちゃったから!!」
だが、ダンジョンの空間は、予想よりも安定している。崩壊はしなかった。
ルドは静かに、アルを見つめる。
「……詠唱は、封じられても、心が叫べば届く」
その言葉は重く、そして哲学的だ。
「ルドさん……それ、かっこいいけど重い!!俺の黒歴史に哲学与えないで!!」
だが、その言葉は確かに真実だ。詠唱は封じられても、心が叫べば魔法は発動する。
リリが笑顔で言う。
「やっぱり、詠唱って大事なんだね!」
「……うん、そうかもしれない……」
アルは小さく頷く。詠唱禁止のダンジョンでも、魔法は発動した。それは、詠唱が単なる手順ではなく、心の叫びだからだ。
シアが淡々と告げる。
「同盟旗の効果、認められました。詠唱の自由は、守られています」
「それ、因果関係あるの!?旗を立てたから詠唱できたわけじゃないよね!?」
だが、確かに詠唱はできた。そして、魔物は逃げた。
ルドが小さく頷く。
「……同盟の勝利だ」
「勝利って言っていいの!? 空間が揺れたんだよ!?」
──こうして、"詠唱自由同盟"は詠唱禁止ダンジョンで逆襲を果たした。
魔法は暴発し、空間は揺れ、でも仲間の絆は揺るがなかった。
「……詠唱、やっぱり大事だな……」
アルはそう呟く。
冒険者としての道は、まだまだ続く。
そして、詠唱自由同盟の活動も──これからも、続いていく。




