第16話 魔法調味料の屋台で、パーティが状態異常に陥った
──ルーンベルク郊外・ギルド前の屋台通り。
依頼帰りのアルたちは、昼食を求めて屋台が立ち並ぶ通りに立ち寄った。焼き肉の香り、スープの湯気、パンの焼ける匂い。食欲をそそる香りが漂っている。
「ふぅ……今日は魔法使ってないのに、なんか疲れた……」
アルは肩を回しながら、ため息をつく。魔法を使わなくても、依頼は疲れる。むしろ、魔法を使えない方が精神的に疲れる。
シアが淡々と報告する。
「紅茶、補充済みです」
「それが最優先事項なの!?命より紅茶なの!?」
屋台通りで、真っ先に紅茶を補充する。その優先順位は、もはやアルには理解できない。
リリはきらきらした目で、ある屋台を指差す。
「ねえねえ、あの屋台、すっごくいい匂いするよ〜!」
「ほんとだ……なんか、香りが魔法っぽい……」
確かに、その屋台から漂う香りは独特だった。普通の料理とは違う、どこか魔力を感じる香り。
──屋台の主は、白衣姿の青年だった。
料理人というより、研究者のような雰囲気。眼鏡の奥の瞳が、好奇心に満ちている。
「おや、君たち冒険者かい?よかったら試食していかないかい。魔法調味料、実験中なんだ」
「実験中って言った!?食べ物で!?しかも魔法で!?」
アルは一歩後ずさる。実験中の食べ物。それは確実に、何か予想外の効果がある。
青年は笑顔で名乗る。
「僕はクルト。料理人兼魔法調味料研究家さ。よろしくね」
「職業が長い!!しかも魔法調味料研究家って何!?」
クルトは屋台の上に、いくつかの小瓶を並べる。
「これは"テンション・ソルト"。食べると気分が高揚するよ。あとこれは"沈黙ペッパー"。食べると静かになる」
「それ、完全に状態異常じゃん!!調味料の範囲超えてる!!」
テンション・ソルト。沈黙ペッパー。その名前だけで、どんな効果があるかは明白だ。これは料理ではなく、魔法だ。
リリは興味津々で、テンション・ソルトの瓶に手を伸ばす。
「わたし、"テンション・ソルト"食べてみたい〜!」
「待って!君はすでにテンション高いから!!これ以上は危険!!」
アルは慌ててリリを止めようとするが、間に合わなかった。
──そして、事件は起きた。
◆リリの場合:テンション・ソルト
リリは一粒、テンション・ソルトを口に入れた。
その瞬間──
「わあああ!!体が軽い!!すっごく元気!!」
リリの目が、さらに輝く。そして、杖を掲げる。
「Yo!癒しの光よ、ビートに乗って回復だぜ〜!」
「誰!?ヒーラーが急にステージに立ったんだけど!?」
リリの詠唱が、突然ラップ調になった。リズムに乗りながら、手を振っている。それはもはや回復魔法ではなく、パフォーマンスだ。
「Yo!Yo!ヒール・ビート!」
「やめて!!回復魔法がクラブミュージックになってる!!」
◆シアの場合:沈黙ペッパー
シアは、何かの拍子に沈黙ペッパーを誤って口にしてしまった。
その瞬間──
「……」
シアは無表情のまま、完全に沈黙した。口を開こうとするが、声が出ない。
そして、無言で紅茶を差し出す。
「セリフが消えた!?メイドがジェスチャーだけになった!!」
シアは相変わらず無表情で、ジェスチャーだけでコミュニケーションを取ろうとする。紅茶を指差し、次にアルを指差す。つまり、「紅茶を飲みますか?」ということだろう。
「いや、今それどころじゃない!!」
◆ルドの場合:甘味強化スパイス(未摂取)
ルドは何も食べていない。だが、クルトの"甘味強化スパイス"の香りに反応した。
「……甘味、来たか」
ルドの目が、微かに鋭くなる。その香りを追って、屋台に近づく。
「ルドさん、嗅覚だけで戦闘モード入らないで!!」
甘味の香りに反応して、まるで獲物を追うかのように接近するルド。その姿は、どこか野生的だった。
クルトは笑顔で、甘味強化スパイスの瓶を差し出す。
「君、甘いもの好きなんだね。これ、クッキーにかけると最高だよ」
「……試す」
「即決!?ルドさん、甘味に関しては即断即決なの!?」
◆アルの場合:詠唱強化ミント
アルは震える手で、最後の調味料を見つめる。
瓶のラベルには、こう書かれていた。
「これ……"詠唱強化ミント"って書いてある……」
「それ、絶対ダメなやつ!!俺の詠唱がさらにポエムになる!!」
詠唱強化ミント。つまり、詠唱がさらに派手に、さらに恥ずかしくなる。それは確実に、アルの羞恥心を限界まで追い込む。
クルトは笑顔で、アルを見る。
「君の魔法、ギルドで話題だよ。"詠唱の美学"って呼ばれてる」
「美学!?俺の羞恥心が芸術扱いされてる!!」
詠唱の美学。それは褒め言葉なのか、それとも遠回しな皮肉なのか。どちらにしても、アルには耐え難い。
「試してみるかい?君の詠唱が、さらに美しくなるよ」
「いらない!!これ以上美しくなったら、俺の心が持たない!!」
アルは全力で拒否する。詠唱強化ミント。それは、絶対に口にしてはいけない。
リリはまだラップ調で歌っている。
「Yo!魔法のビート、止まらない!」
「止めて!!リリ、元に戻って!!」
シアは無言で、紅茶を淹れている。
「……(紅茶、どうぞ)」
「ジェスチャーだけでも、紅茶推しは変わらないんだね!!」
ルドは甘味強化スパイスを手に入れ、満足そうにクッキーにかけている。
「……至福」
「ルドさんだけ完全に満足してる!!」
クルトは笑顔で言った。
「また来てね。新しい調味料、開発中だから」
「もう来ない!!俺たち、調味料で状態異常になったから!!」
──こうして、謎の料理人クルトは、パーティに混乱と香りをもたらした。
だが、彼の調味料は確実に"魔法"だった。
そして、アルは決意した。
二度と、あの屋台には近づかない、と。
「……詠唱強化ミント、恐ろしすぎる……」
冒険者としての道は、まだまだ予測不可能な方向へと進んでいく。




