第12話 詠唱禁止ダンジョンで、俺の存在意義が問われた
──ルーンベルク冒険者ギルド・依頼受付。
アルたちは新たな依頼書を見つめていた。『古代遺跡ダンジョンの探索』。報酬は銀貨30枚。難易度は中級から上級の境界。
「よし、今回はダンジョン探索か……魔物よりはマシだよね?」
アルは少し安心した。ダンジョン探索なら、派手な戦闘は少ないはずだ。つまり、恥ずかしい詠唱を叫ぶ機会も減る。
シアが依頼書を確認しながら、淡々と説明する。
「罠と構造の複雑さが主な障害です。魔物は少数ですが、空間魔法の干渉が予測されます」
「シアさんの説明が専門家すぎる!!メイドのスキルセットじゃない!!」
空間魔法の干渉。それは、普通のメイドが知っている知識ではない。やはり、元暗殺者という経歴が影響しているのだろう。
受付のエリーカが、あの完璧な笑顔で、丁寧すぎる敬語で告げる。
「なお、今回のダンジョンは"音響魔法障壁"により、詠唱が反響しすぎて空間崩壊の恐れがございます。よって、詠唱魔法は禁止とさせていただきます」
「……は?」
アルの思考が停止した。詠唱魔法、禁止。その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「詠唱魔法は禁止とさせていただきます」
エリーカは、もう一度、同じことを言った。
「二回言わなくていい!!俺の存在、否定されたんだけど!!」
詠唱魔法禁止。つまり、アルは何もできないということだ。詠唱なしで魔法を使えるのは、せいぜい火を灯すくらいだ。
リリはきらきらした目で、首を傾げる。
「じゃあ、アルくんは……どうするの?」
「俺に聞くな!!詠唱しかできないんだよ!!」
アルは頭を抱える。詠唱魔法使いが詠唱を禁止される。それは、料理人が包丁を使えないのと同じだ。
シアは淡々と、容赦のない事実を告げる。
「詠唱を封じられた場合、アル様は"詠唱前の溜め顔"だけが残ります」
「それ何!?魔法使いの残骸みたいな扱いしないで!!」
溜め顔。魔法を使う前の、集中している時の顔。それだけが残るとは、あまりにも悲しい存在だ。
ルドは静かに、しかし確信を持って言った。
「……盾の後ろにいろ。詠唱できないなら、黙ってろ」
「言い方が厳しい!!でも正論すぎて反論できない!!」
確かに、詠唱できないなら戦闘では役に立たない。盾の後ろで大人しくしているのが、最も安全だ。
──こうして、アルたちは詠唱禁止のまま、ダンジョン探索へ向かうことになった。
古代遺跡ダンジョンの入り口は、森の奥深くにあった。石造りの巨大な扉が、静かに佇んでいる。
「俺、どうすればいいの……詠唱できないって、呼吸するなって言われてるようなもんだよ……」
アルは絶望的な気持ちで、ダンジョンの入り口を見つめる。
シアが淡々と提案する。
「では、呼吸だけしていてください」
「それもなんか屈辱的!!」
呼吸だけ。それは生存しているだけで、何も貢献していないということだ。
リリは笑顔で、杖を掲げる。
「じゃあ、わたしがいっぱいヒールするね!オーバードライブ、発動〜!」
「君は詠唱できるの!?てか、オーバードライブはやめて!!事故るから!!」
リリは詠唱魔法を使える。つまり、音響魔法障壁の影響を受けないということか。いや、待て。もしかして、ヒーラーの魔法は詠唱に含まれないのか。
「回復魔法は短詠唱のため、障壁の影響を受けません」
シアの説明に、アルは納得した。そして、さらに絶望した。リリは使えて、俺は使えない。
ダンジョンの中は薄暗く、松明の光だけが頼りだった。石の壁に、古代文字が刻まれている。
──そのとき、罠が作動した。
床が突然崩れ、天井が回転し始める。空間が歪み、重力の方向が変わる。
「うわっ!?なんか回ってる!?俺の頭も回ってる!!」
アルは床に手をつき、必死にバランスを取る。これは罠だ。しかも、かなり高度な空間魔法を使った罠だ。
ルドが盾で床を固定する。その巨大な盾が、崩れかけた床を支え、空間の歪みを抑える。
シアは無表情で、紅茶のポットを抱えながら、素早く罠の解除装置を探す。
「紅茶、無事です」
「それが最優先事項なの!?命より紅茶なの!?」
この状況で紅茶を守る。その優先順位が、もはや理解できない。
シアは罠の解除装置を見つけ、的確に操作する。床の崩壊が止まり、天井の回転が止まる。
「解除完了です」
「シアさん、有能すぎる……」
アルは何もできなかった。ただ床にしがみついていただけだ。
──そして、アルはついに決意する。
「詠唱できないなら……ジェスチャーで伝えるしかない!!」
アルは両手を広げ、魔力を集中させる。詠唱なしで、ジェスチャーだけで魔法を発動できないか。
シアが即座に否定する。
「それは無理です」
「即否定!?希望を持たせて!!」
「ジェスチャーで魔法を発動するには、十年以上の修行が必要です」
「十年!?そんなに!?」
アルは絶望した。詠唱なしで魔法を使うには、膨大な修行が必要だ。
リリが笑顔で言う。
「じゃあ、アルくんは応援係だね!」
「応援係って!?それもう冒険者じゃないから!!」
ルドが静かに言った。
「……声援は、力になる」
「ルドさん、優しいけど、それ慰めになってない!!」
こうして、詠唱禁止のダンジョン探索は、アルの尊厳を削りながらもなんとか進行した。
ルドの盾が罠を防ぎ、シアが罠を解除し、リリが回復魔法をかける。そして、アルは応援する。
「がんばれ、みんな……!」
「応援が弱々しい!!」
──ダンジョンの奥で、ついに目的の宝箱を発見する。
「よし、これで依頼完了……俺、何もしてないけど……」
アルは虚しさを感じながら、宝箱を見つめる。
シアが淡々と告げる。
「アル様の存在が、パーティの士気を維持しました」
「それ、本当に貢献してるの!?」
パーティの絆は深まり、アルの存在は"詠唱できない詠唱魔法使い"として、新たな伝説を刻むことになった──。




