第11話 ギルドで黒歴史魔法ランキングが発表され、俺の尊厳が消滅した
──ルーンベルク冒険者ギルド・掲示板前。
依頼を終えて戻ったアルたちは、ギルド内の異様な雰囲気に気づいた。いつもより視線が多い。そして、何かがざわついている。
「なんか……視線が痛い……」
アルは周囲を見回す。冒険者たちが、こちらをちらちらと見ている。そして、何かを囁き合っている。
シアが淡々と説明する。
「注目されていますね。魔法の演出が話題になっています」
「演出って言うな!俺はただ詠唱してるだけなんだよ!!」
演出。それは意図的に派手にしているように聞こえる。だが、アルは別に派手にしたくてしているわけではない。詠唱が勝手に派手になるだけだ。
リリはきらきらした目で、両手を合わせて言った。
「アルくんの魔法、すっごく派手だったもんね〜!セレスティアル・ヴェイル・オブ・フォーゴトゥン・ライトとか、名前だけで神殿っぽい!」
「それが恥ずかしいって言ってるの!!詠唱がポエムすぎるんだよ!!」
神殿っぽい。確かに、神聖な雰囲気を出そうとして考えた魔法だ。だが、それを人前で使うことになるとは思っていなかった。
──そのとき、ギルド掲示板に貼られた一枚の紙が目に入る。
大きな文字で、こう書かれていた。
『黒歴史魔法ランキング・第1回投票結果発表』
「……は?」
アルは固まった。黒歴史魔法ランキング。その言葉だけで、嫌な予感しかしない。
掲示板に近づき、内容を読む。
【第1位】セレスティアル・ヴェイル・オブ・フォーゴトゥン・ライト(アル・バイエルン)
→詠唱の詩的表現と光の演出が"恥ずかしいけど美しい"と評価
【第2位】フレイム・ポップ・コーン・エクスプロージョン(アル・バイエルン)
→名前の可愛さと威力のギャップが話題に
【第3位】ウォーター・スライム・バリケード(アル・バイエルン)
→ぷるぷる震える防御壁が"癒し系だけど強い"と好評
【第4位】ブレイブスラッシュ(勇者レオン)※演出過剰部門
→勇者魔法だが、エフェクトが派手すぎると指摘
【第5位】ヒール・オーバードライブ(リリ・カルナ)※事故率部門
→回復魔法なのに事故を引き起こす独自性が評価
「俺しかいないじゃん!!ランキングが俺の魔法図鑑になってる!!」
上位三つが全部アルの魔法だ。しかも、それぞれに恥ずかしいコメントが付いている。
シアが小さく頷く。
「おめでとうございます。三冠達成です」
「祝うな!!しかも"黒歴史"三冠って何の名誉なの!?」
これは名誉ではない。むしろ不名誉だ。黒歴史として、ギルド中に認識されてしまった。
リリは嬉しそうに、掲示板を指差す。
「わたしも入ってる〜!事故率部門って、なんか響きがかわいい!」
「かわいくない!!むしろ危険物扱いだよ!!」
事故率部門。それは回復魔法としての評価ではなく、事故を起こす頻度での評価だ。どう考えても褒められていない。
──そのとき、ギルド受付のエリーカが近づいてきた。その完璧な笑顔で、丁寧すぎる敬語で告げる。
「リリ・カルナ様。事故率部門での注目度と、回復魔法の"結果的成功率"が評価され、銅級への昇格が決定いたしました」
「えっ!?昇格!?わたし、間違えて敵を回復したりしてたのに!?」
リリは目を丸くする。確かに、敵を回復したことは何度もある。それなのに昇格とは。
「敵が元気になって逃げたという報告が複数ございまして、結果として街の安全に貢献したと判断されました」
「それ、結果オーライすぎるでしょ!?ギルドの判定、ゆるくない!?」
敵を回復して元気にしてしまった結果、敵が逃げた。つまり、戦闘が終わった。だから安全に貢献した。その理屈は無茶苦茶だ。
リリは満面の笑みで、両手を挙げる。
「やった〜!銅級になった〜!これで"ヒール・オーバードライブ"ももっと使えるね!」
「やめて!?事故率が上がるだけだから!!昇格しても精度は上がってないから!!」
昇格したからといって、事故率が下がるわけではない。むしろ、自信を持って使うようになり、事故が増える可能性すらある。
シアは淡々と、追加情報を告げる。
「ランキングはギルド職員による集計です。エリーカさんが"詠唱の恥じらい"と"事故の愛嬌"を基準に選定したそうです」
「受付の人、そんな基準で集計してたの!?俺の羞恥心、数値化されてるの!?リリの事故も愛嬌扱いされてるの!?」
詠唱の恥じらい。つまり、アルが詠唱する時の恥ずかしさが、評価基準に含まれていたということだ。そして、リリの事故は愛嬌として評価されている。
「エリーカさん……独自基準すぎる……」
アルは頭を抱える。この受付の人、敬語は丁寧だが、やることがかなり独特だ。
──そのとき、ルドが掲示板を見て、小さく呟いた。
「……俺は入っていないな」
その声には、微かな寂しさが含まれているような気がした。
「ルドさんは"静かなる一撃"だから!黒歴史じゃなくて伝説枠だから!!」
ルドの盾技は、派手さはない。だが、その実力は本物だ。勇者の剣を完璧に防いだあの技は、黒歴史ではなく、伝説と呼ぶべきものだ。
ルドは小さく頷く。
「……伝説、か。悪くない」
「ルドさん、ちょっと嬉しそう!?そのギャップ、かわいい!!」
シアが淡々と続ける。
「次回ランキングは来月です。新たな黒歴史魔法の募集も開始されています」
「次回って!?これ、定期開催なの!?俺の黒歴史、月イチで晒されるの!?」
掲示板の下部に、小さく書かれていた。
『次回ランキングは来月。新規魔法の情報提供をお待ちしております。エリーカ』
「エリーカさん、完全に趣味でやってる!!」
リリは笑顔で言った。
「次は一位取りたいな〜!」
「目指す方向が間違ってる!!黒歴史一位は目指しちゃダメ!!」
──こうして、アルの魔法はギルド中に広まり、黒歴史として名を刻むことになった。
そしてリリは、事故率で昇格するという前代未聞の快挙を達成した。
羞恥とツッコミと事故率の冒険は、まだまだ続く──!




