第10話 メイドとタンクが優秀すぎた
──ルーンベルク郊外、勇者一行との対峙。
空気は張り詰め、アルの黒歴史魔法が神聖な光を放っていた。セレスティアル・ヴェイル・オブ・フォーゴトゥン・ライトの光が、周囲を白く照らしている。
「忘れられし光よ、我を包み──って、今それどころじゃない!!」
アルは自分の魔法の詠唱を思い出して、顔を赤くする。この緊張した状況で、あんな恥ずかしい詠唱を叫んでしまった。
勇者レオンは剣を構えたまま、ルドを睨む。金色の瞳に、複雑な感情が渦巻いている。
「ルド・フォード……」
「……お前の剣筋は、昔と変わらんな。軽く、焦っている」
ルドの言葉は静かだが、確実にレオンの心に刺さる。剣筋が軽い。つまり、力任せで、技術が足りていないということだ。
「口だけは達者だ。だが、今の俺は迷いなく魔王を討つ者──勇者だ」
レオンの声には、自信と、そして微かな焦りが混ざっている。
「……迷いがない者ほど、見失っていることに気づかない」
「ルドさん、静かに刺すのやめて!言葉が重すぎる!!」
その言葉は、まるで哲学者のようだ。寡黙だが、一言一言が重い。そして確実に相手の急所を突く。
賢者ベルナドが冷笑する。その眼鏡の奥の瞳には、明確な軽蔑が浮かんでいる。
「ルド、君が盾を構えていた頃はまだ我々に"余裕"があった。今は違う。君のような鈍重な盾に構っている暇はない」
「言い方が刺さる!!しかも"余裕"って、ルドさんの存在が癒し枠だったの!?」
余裕。つまり、ルドがいた頃は、パーティに精神的な余裕があったということか。それは、ルドの存在が安定剤だったということだ。
聖女エリーナはため息をつき、どこか疲れた表情で呟く。
「……あなたがいた頃は、レオンももう少し人間らしかったのに」
「聖女さん、意外と毒舌!?てか、ルドさんの影響力どんだけ!?」
人間らしかった。つまり、今のレオンは人間らしくないということか。勇者として選ばれてから、何かが変わってしまったのだろうか。
──そのとき、レオンが剣を振りかざす。
「勇者魔法──ブレイブスラッシュ!」
──ズバァァァン!!
光のエフェクトが派手に舞い、剣が空を切る。その一撃は、確かに強力だ。だが──
ルドは微動だにしなかった。
「……甘味の後は、少し動ける」
その一言とともに、ルドが盾を構える。
──ガンッ!!
鈍い金属音が響く。ルドの盾が、音もなく勇者の剣を弾き飛ばした。その衝撃で、レオンは数歩後退する。周囲がざわつく。
「え、今の……盾だけで!?剣、完全に負けてたよ!?」
アルは目を見開く。勇者の剣を、ルドは盾だけで完璧に防いだ。いや、防いだだけではない。弾き飛ばした。
「……お前の剣は、見栄えだけだ。中身がない」
ルドの言葉は冷静だが、容赦ない。
「ルドさん、静かに刺すのやめて!勇者のメンタルが崩壊する!!」
レオンの表情が、明らかに動揺している。自分の必殺技が、完全に無効化された。しかも、元パーティーメンバーに。
シアは無表情で、淡々と状況を報告する。
「逃走ルート、確保済みです。南東の林道へ。障害物は排除済み」
「準備早すぎる!!メイドのスキルセットじゃない!!」
いつの間に逃走ルートを確保していたんだ。しかも障害物まで排除済みとは、どういうタイミングで動いていたんだ。
リリは笑顔で、両手を広げて叫ぶ。
「じゃあ、逃げるよ〜!オーバードライブ、発動〜!」
「君は走らなくていい!むしろ止まってて!!」
オーバードライブで加速したリリは、確実に制御不能になる。それは逃走ではなく、事故だ。
アルは魔力を収束させ、防御魔法を解除する。そして、最後に一言。
「俺たち、ただの依頼帰りなんだよ!!巻き込まないでぇぇぇ!!」
その叫びは、心の底からの本音だった。依頼を終えて、平和に帰るつもりだったのに。なぜこんな展開に。
ルドが盾を背負い、静かに言う。
「……行くぞ。ここに留まる理由はない」
「うん、逃げよう!全力で!」
こうして、アルたちは勇者一行との衝突を、静かな盾と全力逃走で突破した。
ルドの盾が勇者の剣を完璧に防ぎ、シアの逃走ルートが確保され、リリのオーバードライブが誰にかかったか不明なまま、四人は林道へと走り出す。
「待て!ルド!まだ話は終わってない!」
レオンの叫びが背後から聞こえるが、アルたちは振り返らない。
「話は終わってる!てか、話し合いの雰囲気じゃなかったから!!」
草原を駆け抜け、林道に入る。木々が視界を遮り、追跡を困難にする。
「……ここまでくれば、追いつかれない」
ルドの言葉に、全員がほっと息をつく。
「ふぅ……なんとか逃げ切れた……」
アルは木に寄りかかり、大きく息を吸う。
誤解は残り、尊厳は削れ、でも──
「……ルドさん、強かったですね」
シアの言葉に、ルドは小さく頷く。
「……盾は、守るためにある」
その言葉に、アルは何かを感じた。ルドは遅いと言われて解雇された。だが、その盾の技術は本物だった。勇者の剣を、完璧に防いだ。
「ルドさん、かっこよかったです!」
リリが目を輝かせて言う。
「……甘味のおかげだ」
「それ、クッキーの効果なの!?」
仲間との絆は、少しだけ深まった気がした。
そして、アルは思った。
このパーティ、意外と悪くないかもしれない、と。




