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ギルマスは、寿退社したいのか?【鍛冶屋ケット・シー×隻腕のギルマス】《3分恋#6》

作者: 見早

 ふだんは「配達サービス」なんかやらないが――ギルマス直々に呼び出されれば、行かざるをえない。


「あの人、苦手なんだよな……」


 ここのギルマスは、国公認の元S級剣士。

 会うたびネコ(おれ)を睨みつける、虎のような女だ。


「『ルブの鍛冶屋』でーす、失礼しまーす」


 打ちたての両手剣を背負いながら、書斎の扉をノックしたが――返事はない。

 部屋に入っても気づかず、眼鏡の女は書類と睨めっこしていた。


「ルブでーす。ヒカミさん?」


 目の前に来ても気づかないなんて、何をそんな真剣に見てるんだ――?


 手元をのぞくと。


『訓練生用ダンジョン最下層の魔女、魔導士に見初められ退職』

『S級冒険者、相棒(女)のために事前告知なしのジョブチェンジ』

『現ダンジョン最下層で働く魔王、最近外出申請が多い(女との逢瀬と報告)』


 これは――。


「すべてリア充案件ではないか!」


 突然叫んだギルマスは、書類の山を宙へばら撒いた。

 舞い落ちる紙の隙間、ふと視線が合う。


 気まずい――ギルマスの時間が完全停止している。


「……ヒカミさん、嫁に行きたいんですか?」

「ば、バカ者! 違うわ! お前いつの間に――」


 何度も声をかけた。

 そう弁解すると、彼女は眼鏡をテーブルに置きながら、「ただ」とつぶやいた。


「少し『いいな』と、思っただけだ……」


 意外だ。

 この人が自分のことを話すなんて。


「私は、ずっとひとりで戦ってきた」


 寄り添える相手がいるのは、きっと心強いのだろうな――そう言って、彼女は右腕があった場所を眺めた。

 

 あの腕がまだあった頃。彼女は鍛冶屋ごときと、穏やかに話しなんてしなかった。

 他国との戦争で「鬼神」と呼ばれた転生者。最強の称号は、彼女が片手を失った数年前に引退しているが――。


「それで。新作の武器とやらは、そちらか?」

「あーはい。それ、女性には重いですよ」

「バカ者! ケット・シー(きさま)が持てる剣を、この私が持てないはずないだろう」


 彼女は両手武器を片手で持って、腕を震わせている。その姿は、かつての栄光へ縋るかのようだった。

 元・最強の剣士。でも今は、瞳が寂しげに揺れている。


 ふと。

 今にも武器を落しそうな手へ、自分の手を添えた。


「なっ……」

 

 小さい手。

 それでも強がっている姿に、胸の奥がざわつく。


「……おい、私は貴様の母親ではないぞ」

「え?」


 甘えるなら家に帰れ。

 そう言われて、彼女が指す方を見ると。

 尻尾が、勝手に彼女の細腕へ絡んでいた。


「あ……すみません、つい」


「つい」、何だったのだろう。

 胸のざわめきが、少しずつ濃く、大きく膨らんでいく。

 その正体に考えを馳せる間も、ギルマスはオレの尻尾を引き離そうとしなかった。


「お前の尾は、温かいな……」


 毛を優しく撫でる手に、優しい熱がこもっている。


 あぁ、そうか――。


 さっき手を伸ばした瞬間から、オレはこの人に落ちかけていたんだ。

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