第十三章 ⑨⑤
再び廃屋に戻って来る皆んなを見た守親は、慌てて押入れの奥へと引き返した。
けれど押入れの襖は閉めず、布団の中に身を隠すだけに留めた。この先、アイツ達の身に起こる事を見逃す訳にはいかなかった。
上手く行けば自分の手は汚さず、全員、恭次郎さんが痛めつけてくれるかも知れない。今、起きた事の流れからその確率はかなり高いと守親は思った。
その現場を、押入れの奥に隠れて全てが終わるのを待つのは嫌だった。
恭次郎さんも僕が押入れの中に隠れている事は知っているからアイツ達にこちらを向かせるような事はしない筈だ。
恭次郎さんは僕の復讐を見たいと言っていたけど、アイツ達の態度に腹が立って気が変わったに違いない。もしかすると僕の気持ちをわかってくれたのかも知れない。
……こんな奴等、許しちゃいけない、守親君も辛かっただろうな。子供の喧嘩に大人が加勢するのは良くないが、こいつらがやった事は喧嘩の域を超えた殺人未遂だ。だから大人が加勢しても許される。いや寧ろ加勢しなければならない。加勢する事で守親君を救う事が出来、そして彼等も救う事が出来るのだ。自分達がしでかした罪の重さを感じ深く反省する、その機会を大人な僕が与えてあげなければいけない。だから僕はコイツ達を許してはいけないのだと……
恭次郎さんはそう考えているに決まっている。
今の恭次郎さんの気持ちが守親には手に取るようにわかった気がした。
そうでなければ何度もお見舞いに来てくれたり、家に訪ねて来てくれる筈がない。
あの濁流から僕を救ってくれた時から、恭次郎さんと僕は深い絆で結ばれてたんだ。
友達に年齢差なんて関係ないんだ。守親は思い、頭から被った布団の中で思わず笑みをこぼした。
いいぞ。恭次郎さん。思い切り虐めてくれ。
僕の苦しみの何万倍もの痛みをアイツ等に味合わせやればいい。
守親は恭次郎という大人な青年が意外にも単純な人間なのだと思った。
優しい、思いやりがある、表向きはそんな言葉で片づけられるくらい、恭次郎さんは馬鹿正直な人間なのかも知れない。僕の復讐を代わってやるくらいの人だ。
そもそも単に僕の復讐する所を見たいのであれば、キッチンにいる時に僕を呼び出した筈だ。でも恭次郎さんはそうはしなかった。
宗太郎や悠人の言った言葉に、恭次郎さんは、アイツ達が僕に対して取る態度や行動を想像したに違いない。だから怒った。怒ってくれたんだ。
単純な人だなと守親は思った。復讐はするつもりでいた。これは本気で思っていた。
けど何処かでアイツ達を許しても良いかもという気持ちが無くはなかった。入院してから退院するまでずっとその事が頭から離れなかった。
アイツ達を怒らせたそもそもの原因は僕にある。謝って許してくれなかったのは、酷いが、きっとそれだけでは怒りが治らないくらいアイツ達は僕の事に腹を立てていたのだろう。
だからといって暴力を振るわれるとは思いもしなかった。けど逆に考えればそこまで僕を憎むほどにアイツ達を追い詰めてしまっていたという事になる。
反省すべき事は僕にもあった。提案された遊びを、僕が気に食わなかったら拒否し、別な遊びをしながら提案して来た奴を集中的に、遊びの中でいたぶった。
あれは楽しかった。僕の意図に気付いた奴は、仕方なく僕と同じことをした。そうしないと今度の遊びの時、僕から集中的にターゲットにされるからだ。
たかがそんな事でこんなに憎まれるのは、信じられないけど、言う事を、僕の言う事を聞かない、従わない奴は罰を食らって当然だ。
けど、アイツ達に騙されて、立場が昔とは逆転していた。だが今は恭次郎のお陰で再び僕がアイツ達のリーダーに返り咲く事が出来る。
ここでアイツ達を助ける振りをすれば、2度と僕には逆らえないだろう。復讐はその後からでも構わない。僕には恭次郎さんという心強い味方がいるのだ。
だからここは僕が他人の振りをして恭次郎さんの前に出て謝罪し許して貰えば、アイツ達から信頼を取り戻す事も出来る。
守親はそう考え、布団から出て行った。
よし。計画はバッチリやと守親は思った。
恭次郎さんと対峙する振りをしながら、察してもらおう。あの人ならきっと僕の作戦に気付いてくれる筈だ。守親は押入れから這い出ようとした。
その時、恭次郎さんは蓮以外の皆んなを床に正座させていた。
「こんな物まで持ち込んで、一体ここで何をしてたんだろうねぇ」
そう話す恭次郎さんの手には拘束バンドの束が握られていた。あんなにも用意されていたのか、と守親は驚いた。
けど、毎回、僕をテーブルに縛りつけ散々、殴ったり切ったりと虐めた後には解放するのだから、確かに予備の数は多くて当然だ。
その内の数個を掴み恭次郎さんは悠人の前で腰を屈めその手を掴んだ。
「さ。もう片方の手も出そうか」
それが何を意味する事か、悠人に簡単な程、わかったに違いない。だから掴まれた手を引き離そうと足掻いた。だが掴まれた手は恭次郎さんの力によってびくともしなかった。
「2度目はないからね」
恭次郎さんはいい、一瞬だけ視線を倒れている蓮へと向けた。
察した悠人はもう片方の手を恭次郎さんへ差し出した。
「良い子だねぇ。反抗期が少し早い気がするけど
でもまぁ、今の所は悪い子じゃないかな」
言った後に、両手首を拘束バンドで縛り付けた。
痛いという悠人には一切耳を貸さなかった。
守親は飛び出すタイミングを伺っていた。だがきっとそれは今ではない。頭の中には既に言い訳は出来上がっていた。
誘ったのは守親で、押入れの中に隠れて皆んなを驚かせてやろうと思っていたらいつのまにか眠ってしまった。気づいたらこんな事になっていてびっくりした、悪いの僕だから皆んなを許して欲しい。
こう言えば恭次郎さんも僕の復讐のやり方を察してくれると思った。
宗太郎と金木は悠人みたいに逆らう事はしなかった。素直に従い、縛り易いように両手首をくっつけたまま、貢物を捧げるかのように両手を恭次郎さんへ差し出した。
「さて、と」
恭次郎さんが椅子の背もたれを掴み手前へと引き寄せ宗太郎の前に立った。背もたれから手を離す。
「最初から逃げるのはわかっていたよ。君がタイムカプセルが外に置いてあると言った時からね」
そういい宗太郎を見下ろした。
椅子から立ち上がり、宗太郎の前にしゃがみ込む。
「自分では良い考えだと思ったのだろうけど、所詮は子供の浅知恵かな。ま、同級生を騙すなら上手くいっただろうけど、相手は大人だからね。
みくびったらいけないよ。大人だから、と考えるべきだった。でも君のそのリーダーシップは嫌いじゃない。ただ、気に食わないのは、そこに自己犠牲が無かった事だよ。君はあれだろ?この倒れている子を犠牲にして自分は上手く逃げようとしたでしょ?いやいや違いますとか言っても駄目だよ。僕にはわかる。君が外に出た時、その子の身体を左側へ押したでしょ?人間って後ろから呼ばれたりして振り返る時にはどうしても利き腕の方から振り返ってしまうんだ。だから君は僕が右側から振り返ると予想した。君はきっと外に出る時に僕が裏口の戸を右手で開けたのを確認したんだろう。だから右側へ振り返ると思った。そして僕が左側へと逃げ出したその子に気づき追いかけるまでには、又、左側へ向き直らなければならない。そうすると動きにロスが出る。そして逃げた子を追いかけ出した隙を見て、君は右側から逃げようとした。そうだよね?」
宗太郎は返事をしなかった。表情が見えないのが何とも悔しかった。けど答えないというのが、恭次郎さんの言葉が正解だと物語っていた。
「けど上手くいかなかった。そりゃそうさ。僕にはわかっていたからね。君達が左右どちらから逃げようとしても、僕は対処出来るように準備していたからね。だからといって何も君の作戦が悪いと言っている訳じゃない。悪くはないよ。僕だって同じ立場ならそうしたかも知れない。これは経験の差だろうね。僕はさ。仲間を利用し裏切り、上手く立ち回って生きて来た奴等を沢山見て来た。だから気付いたんだ。まぁ、君が逃げ出すのを待っても良かったんだけど、僕は君にショックを与えたかったんだ。失敗したというショックをね。精神的ダメージってヤツを負わせるたかったのさ。だから最初にその子を殴った。思惑通りだったよ。だって君は僕のいう事に素直に従っているからね。きっと今は何も考えられないんじゃないかな。思いついた所で、又、失敗するかもと恐れてるんだろう?それなら何も考えず従っていた方が楽だと。自分の考えが再び壊される心配もないからね。だからプライドも傷つかない。
そういう生き方は大人になって社会へ出れば、役に立つと思うよ。社会ってさ。従順さを求められる場所だから。その点を踏まえると……うん。ある意味、君はこの中で1番、大人びているんだね」
恭次郎さんはいい、次は金木の手を取った。金木も素直に従った。と思った矢先、金木は立ち上がり、振り下ろすように恭次郎さんの顔に向かって右腕で殴りかかった。
金木の拳が恭次郎さんの口元にあたるが、恭次郎さんはびくともしなかった。金木の右手首を掴むともう片方の手で金木ね手の平を押し上げた。
痛がる金木が跪く。恭次郎さんは力を緩めなかった。そのまま二の腕の方へ手の平を押し倒した。鈍い音と金木の悲鳴が廃屋の中に響き渡った。
その光景を見た守親は生唾を飲み込んだ。恭次郎さんの迷いや戸惑いの無さに恐怖を覚えた。足が震えて出ようにも出られなかった。けど、今、出なければ自分の計画は成功しない。守親は唇を噛み締め思い切って押入れから飛び出した。
「や、やめてください!」
守親のその声に悠人と宗太郎が振り返った。
あまりの衝撃な出来事に2人は声を失ったようだった。
「ごめんなさい。悪いのは僕です。彼等は友達で僕が今日、ここに来るように誘いました。先についた僕は、皆んなを驚かそうとして押入れの中に隠れていたんですが、つい眠ってしまって……」
ここまでは順調だった。だが悠人と宗太郎の視線がウザかった。これでは口パクや目で恭次郎さんに合図を出せないじゃないか。
「ふ〜ん。なるほどね。そういう事なのか。
いや、ここでは、そういう腹づもりなのか、という方が正解だろうね。でもちょっと残念だなぁ。
こんなやり方、僕は好きじゃないな。君は恐らくこの場を自分の力で乗り切って、彼等から再び尊敬されたいのだろうけどさ」
「再び?」
恭次郎さんの言葉に宗太郎が反応した。先程からの驚きの目がだんだんと変化していく。猜疑心の目で守親を睨んでいた。
「守親、ひょっとしてお前……」
「そうだよ。僕と守親君は知り合いさ。さっきまでは友達だったけど、ちょっと守親君のやり方が気に食わないから、友達じゃ無くなったかな」
恭次郎さんはいい、未だ痛みにうずくまる金木の頭を踏み付けた。
「静かにしなよ」
「けど、守親君、僕と友達に戻れるチャンスをあげるよ。けど、僕は君みたいなやり方はしない」
守親はそう言う恭次郎さんの鋭い眼光を見て思わず後退った。足から力が抜け、湿気だらけのら畳や散らかった雑誌の上へ尻から倒れた。
「君は彼等に復讐する筈だったよね?勿論、君のやり方にケチをつけるつもりはなかったさ。でも、これは頂けない。だって君は彼等に殺されかけたんだよ?そんな奴等に温情を与えて、それで再び彼等のリーダーになるつもりだなんてさ。全く反吐が出るよ。お山の大将を気取って何になるんだい?いいかい?一度、仲間では無いと烙印を押された奴を再びリーダーとして認める筈がないだろ?最初は従った振りはするだろうさ。けど、又裏切りにあって君は殺されるんだよ。そんな事もわからない程、君がバカだとはね。ガッカリだ。でも、チャンスをあげると言ったからには僕は嘘をつかないし、つくつもりもない。だから守親君、先ずは信頼の証として君がされたようにこの3人の乳首をハサミで切り落とせ。それが出来たら次は友情の証を示してもらう。2つ目はそれが出来たら話そうじゃないか。どうだい出来るかい?」
恭次郎さんは言い、身体を起こした。食器棚の引き出しを開けハサミを取り出した。そして守親へ向かって放り投げた。
「今から君達は守親君が感じた痛みを味わって貰う」
恭次郎さんは言い1人1人の衣服を剥ぎ取った。
「さぁ。守親君、こちらは準備万端だ。このままじゃ切り難いなら、テーブルに寝かせて縛ってあげても良いけど?どうする?」
そう話す恭次郎さんの顔は怖いくらいの笑顔だった。それを見た守親は、どうしてだろうか、あの豪雨の時、自分は死んでいた方が良かったのかも知れないと思わずにはいられなかった。




