第十三章 ⑨③
バイクの後ろに乗りながら守親は廃屋へ向かう道を恭次郎さんへ伝えた。近くまで来ると恭次郎さんの背中を叩き止まってと頼んだ。
普段、他廃屋に出入りしている所を他人に見られたくない為、自転車なども廃屋から離れた場所へ置いている事を話した。
「廃屋の周りには、人が住んでそうな家は見当たらないけど?」
「用心の為だよ。どこで誰に見られているかわからないよね?」
「確かに。守親君の言う通りだ。けど、見つかって警察に通報された方が君にとっては良い事だと思えるけど」
「そうだけど、結局場所が変わるだけやけん」
「なるほど。人に見られなければ、復讐もし易いって訳だね」
バイクから降りた守親は頷いた。
「それならここは守親君に従う方が賢明なようだ」
恭次郎さんはいい、バイクのエンジンを切った。
「少し待っててくれるかな」
守親は返事をし、その場に腰を下ろした。
恭次郎さんはそう言って守親の頭をポンポンと叩きバイクを押しながら何処かへと行ってしまった。20分くらい待った頃に恭次郎さんが戻って来た。
「お待たせ」
声が聞こえて守親は地面に向けていた視線を持ち上げた。
「遅かったね」
「バイクを止めるに最適な場所が中々なくてね。
遅くなって悪かった」
そんな恭次郎さんの謝罪の言葉に守親は返事はせず、立ち上がった。
「行こ」
恭次郎さんが、頷いた。
アイツ達とここに来る時と同様に廃屋の裏側へ回った。裏口から中へ入る。
まだ昼間だというのに家の中は夕方のように薄暗かった。カーテンも閉めてあるから、より暗さが目立った。
外の明るさに慣れていたせいで、入った直後は両目がボヤけて家の中がよく見えなかった。
次第にこの薄暗さに目が慣れて来ると守親は恭次郎さんに向かってテーブルを指差した。
「だろうとは思ったよ。けど、これ以上の説明はいらないかな。家に入った瞬間から汚物や血の臭いがプンプンしてたから、ここで何をされ、何が起きていたのかは想像にたやすい。でも、壁に貼られたあの人形の絵はとても興味深いね」
「あの人形の絵は僕なんだ。そう悠人達が言ってた」
「まぁ。そうだよね。人形の絵の上に君の名前が書いてあるし。あ、でもさ、絵の胸の部分にピンが刺されてるけど、それはどういう意味があって刺しているわけ?」
守親は説明した。両の乳首がハサミで切られた事。そして最終的にアイツ達は僕をバラバラにして、乳首と同じように絵の上に突き刺すつもりなんや」
「ふ〜ん。そうなんだ。君の友達は凄い事を考えるものだね。切断して串刺しね。けどさ、それをするなら全部同時にしないとダメだよね」
「え?」
「例えば小指を切り落としたとして、そのまま守親君を家に帰したりしたら、流石に君の両親だって気づくよね?止血したとしても、まだ幼い君が貧血で倒れないとも限らない。それは自分達の犯行だとバラしてくれと言っているような物だよ。僕なら絶対に君を帰すような間抜けな事はしない。幸いこの付近に民家はないし人はいないから、そうだね。僕は手足を切断したら止血して君に首輪をつけるかな。ペットとして飼育する。声を出されたら面倒だから舌も切って焼けた火かき棒で声帯を潰すかな。時間をかけてあちこちを切断するのも悪くはないけど、その間、君が戻って来ない事を両親は不審に思い警察に連絡し、渋々、警察も捜索願いを受理して、仕方なく捜索が始められるだろうから、そうなるとここに君を長くは置いておけない。それは望む所ではないから、やっぱり僕なら1日で君の主要な部位はバラバラにするかな」
この人は淡々と恐ろしい事を言うなと守親は思った。けど、それならあの人形の絵は8割は完成する。
残りは首と胴体、そして手足の指だけだ。
切断中にショック死や出血多量で死ねば人形の絵の完成も早くなる。
手っ取り早くやるには確かに恭次郎さんのやり方が1番だろう。
「その後で僕はしばらく君と遊んだ後でこの廃屋に火をつける。それで終わり」
「ペットとして飼い続けないんですか?」
「んー。最初は良いと思ったけど、毎日ここへ通って君を飼い続けるのは面倒かな」
まるで今から僕の身体をバラバラにするかのような言い草だ。ちょっと気分が悪かった。
「まぁそれにしても良くこんな場所を見つけたね。見渡す限り、室内にある物はかなり古い物ばかりだし、ここに住んでいた人間はどんな人だったのかな。孤独死したなら警察が介入し、親戚や血縁関係にある人に連絡して何かしらの対処をする筈だけど、物が散乱しているのは君達の悪戯だと考えて……」
恭次郎さんはいい、畳の部屋へと移動した。押入れを開けて中を覗いたり、汚れた敷きっぱなしの布団を畳んでみたり、湿気で歪んだ畳を持ち上げ、床下を眺めたりした。箪笥の中もあれこれ弄り回している。
「この床板を剥がせば、その下に数人くらいなら隠せる」
守親は恭次郎さんが自分に向かって話しかけていると思ったが、どうやら独り言のようだった。
再びテーブルがあるキッチンへと戻ってくると食器棚の引き出しを粗探しした。
中から何かの書類や領収書のような物を見つけたのか、それらを束て持ち側にある椅子に座った。
守親の血液で汚れたテーブルへと引き寄せその束を置いた。
その姿を見て守親は恭次郎さんのある部分に違和感を覚えた。
いや、違和感ではなく、恭次郎さんの用心深さに気がついた。恭次郎さんは手からグローブを外していなかったのだ。
寒い季節にバイクに乗るからグローブは当然、必需品だ。
家の中にいるのにそのグローブを外していない。つまりそれは自分の指紋を残さない為だろう。
それにもし僕がここでアイツ達に復讐したとして、恭次郎さんは当然、それを見ている筈だ。確かそう言っていた筈。
でもグローブをしているから恭次郎さんの指紋は残らない。
アイツ達への復讐が他者へ発覚したとしても、恭次郎さんへと繋がる証拠は何も残らないと言うわけだ。
靴跡から辿られる可能性がないとは言えないけど、僕はアイツ達と毎日のようにここに出入りしている訳だから靴跡を細かく分類するのは難しい気がした。
「守親君達がこの廃屋を見つけた時にさ」
「うん」
「こんなにも物が散乱していたのかな?」
「最初からこんな感じだったよ。多少はアイツ達がふざけて荒らしたりしたけど、でも元々、汚かった」
「そっか」
恭次郎さんはいい、手にした書類などの束をテーブルの上へと置いた。
「柏木茂。どうやらこの人物がこの家の持ち主だったらしい。そしてこれだ」
恭次郎さんは一枚の書類を守親へ向けて掲げた。
「督促状」
「とくそくじょう?」
「滞納している税金の支払をしろっていう命令書みたいなものだね」
「そうなんだ」
「あとは、、、これか。どうやらこの柏木茂という人物はあちこちに借金を抱えていたようだね。それも街金レベルじゃなくて……闇金まで手を出していたらしい。なるほどね。そういう事か」
「どういう事?」
「ここに住んでいた柏木茂って人物は恐らく借金が支払えなくて夜逃げしたんだ。こんなにも部屋が荒らされているのは取立てに来た闇金業者の仕業だろう。それが起きたのが何年前かわからないけど……でも、この柏木茂って人物、気にならない?」
「気にならない?僕は別に気にならないよ」
「そう……僕は気になるな。上手く逃げられたのかな?とかまだ生きているのかな?とか、別の土地へ逃げて名前と顔を変えて普通に生活しているのかな?みたいな」
「う、うん。そんな風に言われたら気になるかも」
「だよね。ある日突然、ひょっこり戻って来るかも知れない。そんな時に、鉢合わせなんかしたら大騒ぎになるね」
恭次郎さんは言い、クッククと少し下品な笑い方をした。
確かにアイツ達の手によってテーブルに縛り付けられている所にいきなり戻って来たなんてなるととんでもない騒ぎになるのは明らかだった。
僕はそんな事など考えもしなかった。アイツ達だってそうだろう。
けど随分と昔の物が散乱している訳だから、その間は戻って来ていないという事になる。
それを今更、戻って来るような真似をするだろうか。借金だってあるというし。
ここは夜逃げして捨てた家だ。土地を売りたいとかそういう話なら、戻ってくる事も考えられるけど……普通に考えたら無いと守親は思った。
それに家が残っているという事は借金の肩代わりに取られなかったという事だ。誰かが代わりに借金を返したのかも知れない。
「柏木茂という人物が生きていようが死んでいようが、この廃屋が色々と使い勝手が良いのは間違いないね。変な話、君を虐め抜くにも最適と言える。だから君に酷いことをしている奴らが頻繁にここへやって来る理由もわかる」
恭次郎さんは書類を机の上に置いた。テーブルの上に手を伸ばし拭き掃除するようにグローブを嵌めた手でテーブルの上をなぞっていった。
守親の目にはその行為が、まるで意味ある物として映った。
どんな意味かはわからないけど、でもきっと恭次郎さんの頭の中では自分の復讐に関する事が思い描かれているような気がした。




