第十三章 ⑨①
1週間ぶりの家は何だか肌にフィットしなかった。まるで自分がいない間に家族全員が別人に入れ替わって守親の家族を演じているような、そんな雰囲気が家全体から漂っていた。
当然、そうなると迎えに来てくれた母親も偽物という事になるのだけれど、母親に関しては家に入る前まではそのような感じは受けなかった。
けれどリビングへ入りソファに腰掛けてからは
母親も別人のように思えて来た。
「お昼は何でもいい?」
と聞いてくる母親の声や選んだ言葉も、イントネーションも微妙に違って思えて来る。
守親は二言で返事を返しながら、何となく「ここにいたらいけない」と思った。
実際、母親は本物だろうし、家自体も先週まで暮らしていたものと同じだと思う。けど、違和感は拭えず何だか落ち着かなかった。
リビングのソファに座って昼食を作っている母親が出すカチャカチャという音。テレビから流れる映像も音声も全て偽物のようだ。
一度、トイレに立った時、覗いた自分の部屋もそうだった。教科書やノートに書かれている文字や名前をみても、本当に自分が書いたものなのか疑わしかった。
実際に名前を書いてみて、違和感を感じたノートの名前の字と比べてみた。寸分違わず同じだった。
同じ人間が書いた同じ癖のある書き方で名前が記されていた。
つまりそれは自分は冴木守親という人間であり、本物だという証だった。
なら何故、母親や家がそっくりそのままに真似て作られた物じゃないかと感じたのだろうか。
病院を出る前は母親の事を別人だとは考えもしなかったし出口で待ち伏せていたアイツ達を見て、それから家に着くまでの間も、特に気になった事はなかった。
となればどうして家に着いてからそのような気持ちに変わったのだろう。
まさか病院を出たと同時に、自分だけ一瞬にしてパラレルワールドの世界へと転移したとでもいうのだろうか。
そんな馬鹿げた話はない。ないとわかっていても違和感を覚えずにいられなかった。
昼食に用意された焼きうどんに温め直された味噌汁と目玉焼き。その味も微妙に違って濃かった。
目玉焼きだって母親がケチャップを添える事はなかったように思える。
それがマヨネーズであればいつもの母親だと信じたと思う。焼きうどんに関しても鰹節を乗せる事はなかった筈だ。
自分の勘違いを正すとしたら、味覚に関しては1週間の入院時で食べた病院食のせいで味濃く感じた、鰹節とケチャップに関しては母親のただの気まぐれとマヨネーズを切らしていたという事が出来る。
直ぐに確認すべき事なのかも知れないけど母親が目の前に座り笑みを浮かべ同じ物を食べていると、何故か確認する事も母親に聞く事も出来なかった。
食べ終えた物を台所まで運んだ。その間、母親がテレビをYouTubeへ切り替えていた。
「死後の世界とは果たして本当に実在するのだろうか?」
〜臨死体験者が語る死後の世界〜
そのようなタイトルがテレビ画面に大きく表示されていた。
「守親?」
母親がテレビ画面を見ながら言った。
「お母さん、あんたが河で溺れたって連絡を受けた時ちょうどこれを観ていたんよ。救助されたって聞いた時、お願い生きてて!って思った」
「そうなんや」
「うん。それでな守親」
「何?」
「あんた、何かみたん?」
「何かって何?」
「これやよ」
母親がテレビ画面を指差した。
「僕は何も見とらんよ。意識もしっかりあったけぇ。恭次郎さんから聞かんかった?」
「ほんまに?」
「うん。水は飲んだりしたけど、でも気を失うとか意識不明やら心臓が止まっとかはなかったよ」
「そうか……うん。そうなんやね……良かったわ」
母親の言葉は僕が助かった事に、いや、臨死体験をしていなかった事が、残念なようだった。言葉や態度からそんな風に見えた。
「お母さん、そんな動画、今まで観ていた事あったっけ?」
「え?あるよ」
「へぇ。やっぱ死んだら別世界があった方がええん?」
「そりゃあった方がええんと違う?」
「でもさ。あるって言われてて、実際なかったら何か辛くなるんやない?」
「まぁそれはそうやな」
「死後の世界ってあってもなくても良いじゃん。どうせ皆んないつかは死ぬんやろ?ならそん時、知れる方が良くない?」
「楽しみは後に取っとくってわけやね」
「うん」
「まぁ。それもありかもやなぁ」
ここでも母親がそんな風に思っていない事は明らかだった。
死後の世界とか、少しぶっ飛んだような話が好きなら、昔からそう言った類の物を観ている筈だが、母親がそのようなTVなどを観ているという記憶は守親にはなかった。
けれど母親はどうしてか死後の世界の事を考えるようになったようだ。
以前から観ていたと言っていたけれど、なら何故そのような物を見始めたのだろう?近々、誰かが死ぬような事でもあるのだろうか。
まさかと守親は考えた。母親は実はガンや白血病などの病気に母かかってしまったのだろうか。
定期検診でそれが見つかり、再検査したら手の施しようのない所まで病気は進行していた。
もしそうであるなら母親が死後の世界の事を知りたいと思うのも無理はなかった。
病気で死んだ者がいく死後の世界というものがあるのかは知らないけど、母親はそれを知る事で安心したかったのかも知れない。
勿論、母親が重篤な病気にかかっている事も、その根拠すらない。
単に守親が知らないだけで、母親には昔からそういう事に興味を惹かれる人だったのかもしれない。
けれど守親の方は死後の世界などどうでも良かった。それよりも今、自分がこうして生きている事の方が重要だ。生きているからこそ復讐が出来る。
あの時、もし濁流に飲み込まれてしまっていたら、復讐など夢のまた夢だった。
「お母さん、少し疲れたから部屋に戻って寝るけん」
母親は守親を見ることもなく、うんと返事をした。
部屋に戻ってベッドに横になった。
しばらく色々な事に頭を使ってみたが、違和感の正体はわからなかった。
単に自分の思い過ごしに過ぎないのだろう。母親が自分の知らない別人になり変わっているだなんて、SF映画じゃないのだから、やっぱり有り得ない。
今の時代、クローン技術が発展している世の中ではない。それに冴木家の人間をクローンと入れ替えた所で誰が得をするというのだろうか。
何の得にもならない。いつしかこの町の全ての人間がクローンと入れ替わって、生きていた人間は皆その者達の手によって処分される。
その者とは地球を侵略しに来たエイリアンで、手始めとしてこの町から侵略を開始した……とんだD級SF映画だ。こんな映画は腐るほど作られているのではないか。きっと小説にもなっているだろう。
守親は
「あぁあ」
と自分自身に呆れ返った。
単にストレスを感じているだけだ。
病院の出口でアイツ達を見たせいかもしれない。僕を見返す表情はそれぞれ、
「まだ続きはあるけんな」
と言っているようだった。
そして
「あの時、濁流に飲み込まれて死んでいた方がよっぽど良かったと、そう思うような事が、守親、お前を待ち受けてるんや」
と、逃げる守親に追い縋るようにアイツ達の口からそのような声が聞こえて来そうだった。
「そうなる前に……」
守親は腕で目を塞ぎ、アイツ達が死んでいく様を、必死に頭に思い描いた。




