第十三章 ⑧⑨
きっとあいつらは「守親が死んだ、いや行方不明になった」というニュースを心待ちにしていたに違いない。
だが残念な事に守親は生きていた。
警察も守親の証言を元に豪雨が止んだ翌日の午後から捜査会議を開き、目撃情報を得る為事件の担当者を選ぶと、その者達は直ぐに聞き込みを開始した。
だが警察組織としては小さな子供が被害に遭ったという事で、大々的な捜査に打って出る事はしなかった。
本来であれば逆の行為だが、守親が生きている事を知った犯人が再び殺しに現れる事を恐れ大掛かりな捜査は避けたようだった。
だがそれは建前で実際の所は違っていた。理由は簡単だった。町中で頻発している連続放火殺人のせいだった。そちらの捜査に多くの人員を割いている為に、どうしても守親の事件はおざなりにならざる負えなかった。
だから守親の事件を担当する人員も若手刑事と定年間近の刑事の2人という少なさだった。おまけに捜査は内々に進めるようお達しが出たという。
「こんなのじゃ最初から犯人を捕まえる気もないのと一緒よね」と守親を担当している看護師は不服そうにそう言った。
だがそんな警察の動きは守親には好都合だった。
元々、警察に話したような人物などはいないし、万が一にも聞き込み捜査で特定の人物が上がったとしてもそれは確実に間違いで、仮に宗太郎達が捜査線上にあがったとしても口裏を遭わせ、上手く誤魔化すのではないかと守親は思っていた。
それにアイツ達が捕まるのは守親の望む所ではなかった。だから嘘の証言をしたのだ。
どうしてそのような嘘をついたのかと言えば、あの豪雨の夜、恭次郎さんが全てを目撃していた事を知ったからだった。
その時守親は、警察に聞かれたら正直に話すしかないのかと思った。
あの天気の中で目撃者なんて居るわけがないと考えていた守親にとって、恭次郎の証言はある意味で衝撃だった。寝耳に水といった所だった。
恭次郎に対し強気で見間違いだと否定出来る自信も言葉も持ち合わせておらず、自分が宗太郎達にされた事を細部に渡り話されたら、それはもう降参するしかなかった。
だからここは正直になり警察に聞かれたら宗太郎達の事は話すしかないと覚悟を決めた。
けれど恭次郎さんは守親に復讐する事を求めて来た。
その復讐の際には自分も立ち合いたいと言い出す程で、それを聞いた守親はこれなら警察に嘘の証言をしても大丈夫かも知れないと考えた。
だから守親は嘘の証言をしたのだ。仮に自分の中の復讐心が殺意へと昇華されていなければ、素直に話していたと思う。
廃屋の事を話せば、そこで自分を虐め抜いた証拠など幾らでも出るわけだし、けれどそうしなかった。
守親自身も恭次郎さんもそれを望んではいなかった。それに守親はあの廃屋はまだ利用価値があると考えていた。
だから犯人は複数の大人で雨と雨合羽を着ていたせいで顔は見えなかった、突然、現れていきなり捕まえられた為、それ以外は良く憶えていないとの嘘をついたのだった。
警察の捜査の事を守親に教えてくれたのは噂好きの看護師さんだった。
この女の人はろくでもない目に遭ったクリスマスイヴの翌日、検査に行った時に担当してくれた人だった。
看護師は既におしゃべりな若手刑事から事件のあらましを聞いていたようで、母親と連れ立って来た守親を検査しながら、警察から聞いた話に自らの妄想を足してしまうような癖のある人だった。
それでも職業柄なのか、元々の性格かはわからないが守親をあんな目に遭わせた犯人に対しては心の底から怒っているようだった。
その怒りは本物で被害者である守親よりも怒りを露わにした。
看護師という仕事を考えれば、起伏の激しい感情を患者に見せているようでは、たった1週間の検査入院とはいえ先が思いやられた。
命を救う立場にありながら人の口からは出てはいけないような言葉を頻繁に吐くかと思えば、優しい言葉で励ましたりもしてくれる。
そちらを重きにして仕事をしていれば良かったのだけど、ふとした時に、犯人に対し暴言を吐いたりするものだから、流石に母親も黙っていられなかったようだ。
母親はその看護師に苦言を呈した。守親に悪影響だと、上司に担当を交代して貰うよう、棘のある口調で意見した。
けど、守親は反対した。理由は見ていて飽きないからだった。入院してしまうとする事がなく暇な時間が多いが、この看護師が病室に来た時だけは楽しかった。
そんな守親の後押しもあり、何とか担当を外される事はなかった。それ以降、看護師は母親が側にいる時は絶対に事件の事は口には出さなかった。
守親は簡単な検査を受けた後、年末までの約1週間、精密検査を受ける為、翌日から検査入院となった。
濁流水をかなり飲んだ事もその理由の1つのようだ。牛や豚まで流されていた為、雑菌やウィルスによる下痢や嘔吐、腹痛等が起きた場合に素早く対処する為だ。
もし入院をせず自宅にいて、いきなりそのような症状が現れた時、万が一にも守親が命を落とすような事があってはならないからだ。
警察も病院側もそれを危惧した為、検査入院の処置を取る事になった。
幾ら捜査の規模が小さいからと言って集団で子供を殺そうとした奴らが野放しになるのは、警察としても望む所ではない。
ましてや唯一の目撃者である守親を失う訳には絶対にいかないという訳だ。
なので守親には今の宗太郎達の動向がまるっきりわからなかった。
アイツ達の事だ。家にしれっと顔を出すかも知れない。もしくは蓮か悠人に僕の家を見張るように宗太郎が命令するかも知れない。
どちらにせよ、入院している今の状況下において守親に出来る事は何一つなかった。
「とりあえず復讐は年明けからだね」
見舞いに来た恭次郎さんは半身を起こした守親に向かってそう言った。
守親がここへ入院している事は母親から聞いたらしい。守親も恭次郎さんには退院してから連絡を取ろうと考えていたから、ある意味では見舞いに来てくれた事は都合が良かった。
「どんなドラマや映画でもさ。興奮し、盛り上がる胸熱な物語って大体復讐劇なんだ。だから僕は守親君が考えた復讐劇のシナリオを是非とも聞いてみたいね。勿論、その為に守親君が必要とする事があれば、僕は幾らだって手を貸してあげるよ」
そう言われた時、少しだけ背中がゾクッとした。
恭次郎さんは本気なんだと思った。
そしてその言葉は守親を試しているかのようでもあった。
だから守親は
「退院するまで考えときます」
と返すにとどまった。実際はどうすれば良いか全くわからなかった。
全員を一同に集める事は出来ないし出来たとしても、それは間違いなく守親があの廃屋へ連れて行かれる時だけだ。
その時に宗太郎達を1人で殺すのは簡単じゃないし1対4ではとても勝ち目はなかった。
ならどうすればいい?個人的に誘い出そうにも今回の時のようにハメられて終わりだ。
特に守親が生きていたとなれば尚更警戒するに決まっていた。
やっぱり自分はまだ子供だと思った。考える事がまるでアニメのヒーローかのようで余りにも幼稚過ぎる。
普通の小学生を生きるのであれば、それで良いかも知れない。
が、守親は違った。これからは復讐の為に生きなければならないのだ。
そうしなければやがて自分はアイツ達に殺される。その時、ふと守親は思った。宗太郎達は捕まる事を恐れていないのか?と。
守親が全てを正直に話してしまえば間違いなく鑑別所へと送られ裁判の後に少年院へと行く事になる筈だ。
皆はそれをも覚悟しているというのだろうか。恐らくそこまで考えている者がいるとしたら宗太郎くらいのものだろう。
実際、宗太郎だけは皆んなの前で守親には手を出してはいない。指示しているだけだ。
だから最悪、宗太郎だけは罪から逃れられるチャンスがあるのかも知れなかった。
捕まった後に、金木や蓮、悠人が宗太郎の指示でやったと言われたら、どんな言い訳をしても駄目な事くらい馬鹿じゃない宗太郎にはわかりそうなものだ。
にも関わらず、宗太郎を含めた4人は守親に対して殺人行為を行った。
未遂で終わったがそれを平気で命令し実行に移せる辺り、宗太郎は頭がイカれているのかも知れない。
残る3人はどうかと尋ねられら、悠人以外は宗太郎程ではないと思っていた。
金木や蓮は楽しそうに守親を殴ってはいたが、それは側に宗太郎という存在があったからではないかと思っていた。
悠人は違う。明らかに守親に対し殺意がある。守親の乳首を平気でハサミで切り落とすような奴だ。
単純に宗太郎に従っているとは思えなかった。となれば金木との2人の弱みを宗太郎は握っているのかも知れない。
それを脅しの道具に使われ言う事を聞かずにおられないのだとしたら、今は4対1の構図が、守親を含めた3対2に取って代わるチャンスがあるのかも知れない。
その事を恭次郎さんに話したら
「それはないだろうね」
と言われた。
「虐める側同士に優劣があるかと言われれば間違いなくある。守親君の話を聞く限り、立場的には宗太郎という子が1番、発言力があるのは間違いないだろうね。それに金木と蓮という子は、従っているつもりはないと思うな。きっと今日は守親をどういう方法で虐めるか、話し合っている気がするな。宗太郎からすれば、2人に従わせている事に気づかれたくないから、つまらないと思ったら、やんわりと否定し、それよりこっちの方が面白いやろ?と自分の意見を通そうとするだろう。
ただ悠人に関しては、目の上のたんこぶだと感じている筈だよ。1人で突っ走るし、熱くなったら誰の意見も耳に入らないようだしね。だから復讐を開始するには、金木か蓮のどちらにした方が良いかもね。そうすればグループ内での悠人の発言力も上がってきて、宗太郎がやり難いなる。ハッキリと邪魔者だと認識する筈さ。だからそうだね。最初は蓮という子から復讐しようよ」
恭次郎さんの話の中で守親が震えた言葉があった。
それは復讐後には人数が減っているという事だった。
この人の頭の中では復讐イコール殺害と決定づけられているようだった。
守親は布団の中で震えている足に気づかれない事を願った。




