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爆ぜる  作者: 変汁
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第十三章 ⑧⑥

この雨の中、悠人が尋ねて来たのはお昼を少し過ぎた頃だった。


呼び鈴に反応したのは母親で玄関を開けた先に雨合羽を着込んだ悠人を見て


「こんな雨ん中、どうしたんね」


と言い、その時点で僕はあいつらの中の誰かが尋ね来たと察した。


「早よ中に入り」


母親の誘いに尋ねて来た奴は断り僕がいるか確認した。その声で直ぐに悠人だと気づいた僕は部屋を出て玄関へと向かった。


「あ、悠人、どうしたん?」


「電話来とらんか?」


「電話?何の」


僕はこの雨だから悠人は今夜の約束を又にしようと言いに来たのだと思った。

電話をかけても僕が出ないから、わざわざこうして出向いたのだと。


だけど、悠人は「かけたけど出んから」とは言っていない。「来とらんか?」と言ったのだ。つまり悠人は今の所、今夜の約束は守るつもりでいるようだ。


「蓮が行方不明になったんや。この雨で河に流されたかも知れんって」


冷静に話す悠人の声に少なからず違和感を覚えたが、僕はそのまま話を聞く事にした。


「蓮の家、河の側やろ?この雨で河が氾濫したみたいで、家までその水が入って来て家財道具やらを移動させてる間、おらんようになったらしいんや」


「だからって流されたとは限らんやろ。隣りの家を手伝ったりしとったとか、そういうんやないんか?」


「自分家が大変なのに他人の家手伝う訳ないやろ」


まぁ。言われてみたら確かにそうだ。自分の家がそうなったら他人の事なんて気にしてる場合じゃない。


それに蓮の家は学校帰りによく溜まり場にしていたあの河原からは随分と遠い。


その分河原の土手の位置もかなり低かった印象だ。

つまりこの雨で真っ先に河川が氾濫するとしたら確かに蓮の家がある方角だと思った。


「で、蓮のお母さんから電話来て、一緒に探してくれって」


「この雨ん中を?悠人くん、それは危ないよ」


「けどおばちゃん、蓮は友達やもん。な?守親」


「そうやな」


「守親、あんた……」


「大丈夫。河には近付かんようにするから」


守親はいい、下駄箱から雨合羽を取り出した。

着込むと長靴を履き、玄関を出た。


「お母さん、危ない事はせんから。直ぐに帰ってくるけぇ。それに今は蓮も家に戻っとるかも知れんやろ?」


「蓮君家に電話してみよか?」


「おばちゃん、多分電話かけても出んと思うわ」


確かに氾濫した河の水が床上浸水して来ている中、電話なんか出る余裕なんてある訳がない。


「行ってきます」


守親は不安げな表情の母親を残し、玄関を出た。悠人に続き自転車に跨った。


いきなり立ち漕ぎで飛ばし出した悠人を見て、やっぱりこれは只事じゃないと思った。


少しでも疑った自分が情けなく思えた。ひょっとしたらこれを機会に再び、前のように仲良く出来るかも知れない。


そんな考えの中、例の河原の付近まで辿りつくと、そこには金木、宗太郎の2人が待っていた。

2人共雨合羽を着て自転車に跨っている。


「守親!何もたもたしとんか!早よせー!」


河原の土手の側を一生懸命に自転車を漕いでいた守親は宗太郎の怒鳴り声を聞きマジでヤバいのかと思った。


悠人が家に来て蓮が河に流された可能性を考えた時、そんな事はないだろうと思った。

床上浸水くらいでは流される事はないだろうと。


けどあの宗太郎が怒鳴るのを見て、蓮は本当にいなくなったんだと思った。


そもそも宗太郎が怒鳴るなんていつ以来だ?記憶にすらなかった。それだけ切羽詰まった状況だと言う事だ。


確かに最近はあいつらに集団で虐められている。けど、いざ仲間の命が危険に晒されていると知った時、皆んなは僕との絆を思い出してくれたのかも知れない。


1人でも人手が欲しいからと考えられなくもないけど、それでも隼人が亡くなる前までは紛れもなく僕達は深い絆で結ばれていた。


その絆は確かに今は綻び始めている。原因は自分にあるから暴力も甘んじて受けて来た。


そんな奴に対して、仲間の1人が行方不明になった今、この豪雨の中こいつらは僕に助けを求めて来た。


絆が無ければ、蓮を一緒に探そうと迎えに来る筈がない。もう2度と仲間を失いたくない。


隼人のように失いたくない。今夜、悠人を殺そうと考えていた自分が恥ずかしくなった。


そんな事を計画していた僕がどんな顔をしてアイツらと会えば良いんだ?隼人にも顔向けできないじゃないか。


守親は込み上げてくる涙を堪えながら


「宗太郎、悪りぃ!」


と大声で叫び、宗太郎に向かって手を挙げた。

そんな守親を宗太郎は無視するかのように突然、そっぽを向いた。


僕らの姿が雨で見えなかった?と守親は思った。

確かに宗太郎の待つ位置では向かい雨が降っている状況だ。


余りの大粒の雨の強さに宗太郎は顔を背けてしまったのだろう。


その時だった。横を走っている宗太郎がいきなり僕の肩に手を乗せた。


友達同士で自転車に乗っていたらよくやる行為だ。自分は漕がずもう1人の奴に漕いで貰って楽をするってものだ。


守親はその手を払いもせず少し前屈みになった。そうする事で悠人も僕の肩を掴み易くなるからだ。


「お前って、ほんまアホやのう」


悠人の声がして横を向いた。


その瞬間、悠人が守親の脇腹に横蹴りを入れた。

土手の端を走っていた守親は自転車の速度も重なって、自転車ごと土手側へとバランスを崩した。


守親は思わず前ブレーキをかけた。路面が濡れているせいで前輪が道の中央側へ滑った。


ハンドルを握ったままひっくり返る形で空中に浮き頭を土手にぶつけた。


一瞬、目の前が真っ暗になった。手はハンドルから放れたが、自転車の後部が守親の身体の上へと落ちて来た。


ペダルがお腹に突き刺さり息が詰まった。目に映っていた周囲の景色が一瞬にして真っ暗闇に包まれた。


雑草が顔に当たり手足に痛みが走った。大粒の雨が鞭を打つかのように守親の全身へ降り落ちる。


守親は自転車を抱きかかえるような形で土手下へと滑り落ちていった。


気づいたらうつ伏せた状態で土手の上に寝そべっていた。


口の中には土が入り、守親は咳き込んだ。まだ上手く呼吸が出来なかった。


垂れた鼻水を雨粒が洗い流した。薄目を開けると直ぐ前に氾濫しかけた河が唸りをあげて流れていっている。


この濁流の中に落ちていたら死んでたなと守親は思った。


まだ息苦しい中、口の中に入った土と一緒に唾を吐き出した。ザラザラした口の中で血の味がした。転げ落ちた時に切ったようだった。


「アホなんは昔からや」


頭上で宗太郎の声がした。


身体を持ち上げ、振り返ろうとしたその時、誰かに両足首を掴まれ、そのまま地面の上を引き摺られて行った。


転げ落ちた衝撃で受けた痛みと上手く呼吸が出来ないせいで掴まれた足を振り払う事が出来なかった。


守親は両手を上へと伸ばした体勢のまま顔や顎を地面で擦り付けられながら、橋の下まで引き摺られていった。


「嘘やろ?マジで上手くいったんや?」


驚きの声が守親の耳に届いた。


その声は行方不明になった筈の蓮の声だった。


「当たり前や。ワシが考えたんやから」


宗太郎の声がした後に、守親は金木と悠人に引き起こされた。


川縁に置かれてある椅子に座らされた。


悠人が守親の両手足を拘束バンドで縛り付けると守親の頬をぶん殴った。


その表紙に蹴り飛ばされ滑り落ちる時に、切った口内の傷が広がりさっきより酷い両の血が口の中へ広がった。


唾を吐き出すと悠人に飛び散ったらしく、再び、顔面を殴られた。


「ほんで蓮、椅子はしっかり固定されとるんやろうな?」


「一応、足の部分は全部、穴掘ってそこにモルタル詰めとるから、大丈夫や」


「ちゃん乾いたんたか」


「バッチしよ」


「守親、ちゃんと河が氾濫せんかよう見張っとけよ」


金木が言う。


「氾濫して来たら直ぐ市役所に連絡するんやぞ?」


悠人が続くと全員の笑い声が橋の下で響き回った。


「そもそも、なんでお前と1対1で逢わんといけんのや。その時点でお前が何か企んでいたんはバレとんのや」


雨足は更に強くなり、河川は氾濫し始めた。あっという間に守親の足首の高さまで水嵩が上がってきた。


長靴を履いているお陰でまだ、中までは入って来ていない。守親は喚き声を上げながら必死に暴れた。


もし河川が氾濫し土手を越えるような事があれば、それは守親の死を意味していた。


その事が頭から離れなかった。迫り来る死に守親は震え怯えた。


あまりの恐怖でオシッコを漏らしたが、豪雨と着込んだ雨合羽のお陰であいつらにバレる事はなかった。


「宗太郎、悠人、金木、蓮、お願いだから助けてくれ」


「宗太郎、守親が何か言うとるで」

 

悠人が言った。


「雨で何も聞こえんわ。金木は聞こえたか?」


「全然」


と首を横に振る。


「蓮は?」


「聞こえたで」


「何てや」


「ここはワシが何とかするからお前らは早よ逃げぇって言うとるわ」


「ならそうさせて貰うか」


宗太郎はいい、全員をその場から引き上げさせた。


蓮と金木と悠人が先に雨降りの中へ飛び出していく。宗太郎は守親の耳を摘み引っ張り上げた。


「お前、悠人呼び出して何するつもりやったんな?」


「ちゃんと1対1で謝ろうと思っただけや」


「ほうか。なら守親、先に言うとくがお前がどんだけ謝ってもワシらはお前を許さんし」


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