第十三章 ⑧⑤
夜更けから明け方にかけて降り始めた雨は、守親が目覚める頃には降水量を増して行き、今では局地的な豪雨となっていた。
場所によっては既に避難勧告も出始めているらしい。冬休みに入って2日目の朝。
今日は約束のクリスマスイヴだというのに、よりによって豪雨だなんてついてない。
母親が朝食の後片付けをしながら
「この雨、夕方まで止んでくれるかなぁ」
と尋ねて来た。
「明日の朝まで降るっぽいよ」
「雨は仕方ないとしても、せめて弱まってくれないと予約してたケーキ取りに行けなくなるかもやない」
「車で行けばええやない?」
「守親、あんたちゃんとニュース観てたん?もう道路まで冠水してる所、出てるんよ」
「それならケーキ屋さんも店開けられんのやない?」
「あのケーキ屋さん、ちょっと小高い場所にあるから、それは大丈夫やとお母さんは思うんやけどな。けど、こんな雨やん?冠水よりも土砂崩れの方が心配やわ」
「え?ケーキ予約したんはどうせ不二家やろ?」
「違うで」
「そうなん?いつもの不二家屋ないん?」
「そうやで」
「ふ〜ん」
「守親何?いつもの不二家やないのが不満?」
母親はこちらを向き嫌な笑みを浮かべた。
どうせと言ったのは失言だったなと守親は思った。何も不二家が嫌いなわけじゃない。
寧ろ好きな方だ。けど、流石に毎年、クリスマスケーキと言えば不二家。
それも毎年同じケーキとくれば、どうせとも言いたくもなる。
「そういう訳やないよ。ただ不二家ならケーキ取りに行けたやろなって」
「そんなんわからんで。あそこだってこの雨で河が氾濫したら、店も開けられんよ」
まぁ確かにあの河が氾濫したら、町は大きな被害を受けるだろう。河の付近は多くの民家が建っているから、その家々は皆んな床上浸水の被害に遭う。
お正月も間近に迫っている中で災害だけは受け入れられない。
勿論、正月近くだからという意味でなく、実際はそんな被害はどんな日であろうと絶対に起きて欲しくなかった。
それに今夜は悠人との約束がある。だから止めとまでは言わないけど、せめて小雨程度くらいまで落ち着いて欲しかった。
血脇弓弦にも今夜の事は伝えてある。例え、悠人が来たとしても、こんな雨降りだと、幾ら約束したとは言え血脇が来るとは限らない。
出かけて来るなんて言えば両親から止められるのは目に見えて明らかだ。それは自分も同じ事だったけど、今夜の約束を延期にするかまだ判断がつかなかった。
家の中にいても雨音でテレビの音声も聴きづらいし、窓や屋根を打つ雨はその内、この家を穴だらけにしてしまいそうな程の強さだ。
守親はとりあえず顔を洗ってから、1人遅れた朝食を食べようと思った。
こんな日でも父親は早くから仕事へ出かけた。早いからこそ、雨はそれほどでもなかったのかも知れない。
母親から父親を心配する風な感じは受けなかったから、恐らく連絡もつき会社に無事に着いているのだろう。
「で、お母さんクリスマスケーキは何処で予約したん?」
「クローバーってお店」
「クローバー?」
「守親、知らんの?」
「知らんよ」
「何処にあるん?」
お母さんはある山の名前を言った。そこは確か、血脇弓弦や小野乃木雷鳥の家がある付近の山だ。
あの付近は血脇に会いに1度だけ行った事があるけど、とても同じ町の中にあるとは思えない程、田舎だった。
周りにはコンビニにもなければスーパーもない。あるのはビニール畑と果樹園、そして普通の畑と民家。そんな印象だった。
という事はつまり、血脇の家の更に先の山の近くにそのケーキ屋があるという事か。守親にはどうしてそんな場所でケーキ屋をやろうとしたのか、その思考が理解出来なかった。町の近くでオープンするのが普通ではないのか。
あんな場所までわざわざケーキを買いに行く人など滅多にいないだろうし、母親が知っているくらいだから、誰かしらの口コミでケーキ屋の存在を知ったのだろうけど、この小さな町にその口コミが広がるまで、どれだけの数のケーキやお菓子を無駄にして破棄したのだろう。
考えただけで勿体無いと思った。ケーキなんてお客さんが来て注文を受けてから、作りますって物じゃない。
店に行けば店頭のショーケースの中に綺麗に並べられた幾つもの種類のケーキが用意されているのが普通だ。
そんな事もわかっていないとしか思えない場所にケーキ屋をオープンさせたクローバーという店名のオーナーが作るケーキに守親は、逆に興味がわいた。
「〇〇山の麓。半年前くらいに一軒家を改築してケーキ屋をオープンさせたらしいんやて。お母さんの知り合いの方がたまたまそこの山をウォーキングコースで利用しとってな。そこで偶然、見つけたんやって。こんな所にケーキ屋?不思議に思っとったらつい足が向いて気づいたケーキ買ってたそうやわ。で食べたら意外と美味しいからって、1度遊びに来た時に買って来てくれた事があってな。その時は定番のモンブランとチーズケーキやったんやけど、確かに美味しくて。だからクリスマスケーキも注文してみたんよ」
「そうなんや」
「うん。やけど店の裏側は山やからなぁ。ハイキングやウォーキング用に利用してもらう為に山肌を切り崩して、そこを補強したりしてるみたいやけど、この雨やし補強した部分が土砂に押されて崩れたりせんやろか。したらとてもや無いけど店を開けてる場合じゃなくなるわ。潰れてまうよ」
「そんな事になったら予約したケーキも全部台無しやね」
「そうよなぁ。ケーキ買えんくらいは全然構わないけど、そんなんなって潰れたら可哀想やわ」




