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爆ぜる  作者: 変汁
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第十二章 ⑧①

施設に着くと既に新会員達は到着していて、1階のフロアへ長テーブルを正方形に並べ、ちょっとしたビュッフェ形式のように食事が置かれてあった。


本来であれば会議室を使用する筈だったのだが、未だ鑑識が入る可能性があるという事で急遽1階のロビーを利用し歓迎会を催しているようだった。


こじんまりとしてはいるが、見慣れない顔ぶれの新会員達は皆、楽しそうにそれぞれが会話をしている。


安馬は黙って部屋へ戻ろうとロビーを素通りしようとしたが、園崎が安馬の存在に気づきこちらに向かって名前を呼び手を上げた。


安馬はメンバーに聞こえない程度の舌打ちをした後で、そちらへ出向き自己紹介の後、新会員の紹介を受けた。彼等の表情は安馬が想像していたものと違い、皆、笑顔だった。


まるで未だ代表が死んだ事を知らない、そんな雰囲気が全員から伝わって来た。新会員達はそれぞれ20歳と21歳で男性1人と女性3人だった。


安馬は園崎を呼び寄せ、新会員達は田浦代表が亡くなった事は知っているのか尋ねた。園崎は知っていますよと答え、少し不満そうな顔を浮かべた。


「今時の子、って言ったらそれまでですけど、彼等には創設者の想いとか願いとか、ましてやその存在などはいてもいなくても関係ないようですよ。ライトにヨガをやったり坐禅をしたり、瞑想に耽った後で跪き神へ祈りを捧げる、そんな自分の姿に酔いしれてるんだと思います。きっと大学のサークル感覚のノリなんでしょうね」


「そうなんだ。ま、それも時代なのかもね」


「安馬さんまでそんな風に言うんですか?田浦代表は亡くなられたばかりですよ?教義を受け継ぎ広めて行くのは安馬さん、私達なんですからね?」


真面目だなぁと安馬は園崎を見ながら思った。

教義と言ったって仏教やキリスト教等を突き詰めた訳じゃない。


寧ろ宗教法人として登録出来ている事自体、不思議なくらいだ。なのに自分を除いた園崎を含めたここにいるメンバーは真剣に教義を求めている。


田浦の話す言葉を真理のように受け止め、日々を生きる糧にしている。何もそれが悪いと言っているわけではない。自分も若い頃はそうだった。


田浦とは一回りちょっとの年齢差はあったが、そこには先輩後輩などなかった。ただ田浦の真摯な言葉を信じてやって来た。それが自分はいつの間にか……


「そうだね。ごめん。悪かったよ」


安馬はいい、一旦、部屋に戻るからと新旧メンバーに向けてその旨を伝えた。


安馬は部屋を出ると2階にある、今回用意された自分の部屋へ向かう為、施設の1階フロアの端にある階段の方へ足を向けた。


ゆっくりと進む中、先程、新会員に挨拶をした時の自分が驚くほどの笑顔を見せていた事に、内心、俺ってキモいなと思った。


安馬は鼻を鳴らしアホらしと囁いた。どうせ後数日でここにいる奴等とは関わり合いになる事はほぼないだろう。


田浦亡き後の[葉の雫]の組織の在り方が今後どうなって行くのか、想像も付かないが恐らく一応本部として成り立っている東京の連中がこの先の事を決めるのだろう。


設立当初からのメンバーだからと言って優遇される訳ではない。それも安馬には腹立たしい事だった。確かに当初は自分も東京に居た。東京で頑張っていた。


だが、実家のある新潟へ戻らなくてはならなくなった。父親が大病を患い、寝たきりになってしまったからだ。母親は若い頃から病弱でしょっちゅう入院するような人だった為、一人息子である自分が両親の面倒を見る他なかった。


田浦はそんな安馬に対し


「なにも東京だけが私達の主戦場ではありません。安馬さんの新潟でのご活躍、その便りを耳にするよう人生を送れるように私達は東京にて期待しております」


この言葉に安馬の心に火がついた。だが引越しの手続きが終わりいざ新潟へ帰る新幹線の車中で、安馬は突然、こう思った。


「何言ってやがる。所詮は他人事だろうが。誰一人見送りに来もしねーじゃねーか。全くあんな奴等と同じ釜の飯を食ってたと思うと反吐が出る」


安馬の胸の奥に去来した怒りの感情は、新幹線が新潟へ着くまで収まる事はなかった。


それでも安馬は田浦達東京の会員を見返す為に、積極的に勧誘を行った。


強引とも言えるやり方だって1度や2度じゃない。でもその度に田浦は安馬を褒め称え、いつの日か再び東京へ戻って来て、又一緒に布教活動を頑張りましょうと電報や手紙、メールなど様々なツールを使用し安馬を励ました。


けれど勧誘していた職場の上司から競馬を教わってから安馬の人生の雲行きが怪しくなり始めた。上司は「お前のお勧めの話は聞いてやる。だが代わりに俺のお勧めの話を聞け」


その言葉通りに安馬は上司に連れられ初めての競馬を経験する事となった。


それからというもの週末の度に安馬は上司と連れ立って競馬へとのめり込んで行った。


当然、信仰からは遠ざかって行った。最初は少額の賭け金だったが、何度か穴馬券を的中させてからは賭け金も大きくなって行き、やがて給料では足りなくなり両親の年金にまで手を出し始めた。


それでも足りなくなり街金へ行き金を借りた。だが安馬はもっと賭け金が欲しかった。


大穴を見抜く能力があると信じてもいた。その頃から安馬は再び信仰に目覚めた。


「大穴馬券を取らせてください。取らせくれたなら、競馬からは一切、足を洗います」


その祈りが通じたのか、大穴とまではいかないが、数社から借り入れしている内の一社の借金をまるまる返済出来た程の配当金を得る事が出来た。


益々、信仰に夢中になった。夢中になれば競馬で大穴を当てられる、そう信じた。だからその頃の安馬の勧誘の殆どが場外馬券場や新潟競馬場内で行われた。


勧誘する相手は当然、負けた者ばかりだった。そういう奴を見抜くのは簡単だった。安馬の話に飛びつく者は稀ではあったがいた。


殆どが疑いそっけない態度で安馬を突き放した。それでも安馬は止めなかった。


頭の中には既に競馬で、豪邸を建てた自分の未来が作り上げられていたからだ。そんな情熱が時に1人で悩みを抱えている者へ刺さる時がある。


安馬は話を聞き[葉の雫]には入れば全て上手く行く。競馬も勝てるようになるし、君の悩みも解決する。


熱弁を振るう安馬に半ば人生を諦めかけていた人は、これが自分の人生を変えるラストチャンスかも知れないと思い安馬に賭けてみようと会員になる事を約束した。


1人が決まると不思議なもので次から次へと入会を希望する人達との出会いかわ増えて行った。


そうして安馬は数多くの[葉の雫]の信者を増やし、その大半から借金をこさえていた。


貸した者は皆、安馬の進める勝ち馬予想を信じ、ビギナーズラックで得た多額の配当金の得た事のある経験者ばかりだった。


それが今では返済を要求される始末だ。おまけのように田浦にまでバラすような奴もいるのだから、人は受けた恩は忘れる生き物だと、身勝手な事を思ったりした。


そんな安馬を呼ぶ者があった。階段途中で足を止めた安馬が振り返ると、そこには田浦の死体の第一発見者である志自岐というまだ日の浅い新会員が安馬を見上げていた。


安馬は疲れ切った身体を重そうに動かし、向き直る。


「何か用?」


「あ、いえ。特には……」


「何もないならどうして呼び止めたりしたわけ?」


「すいません。田浦代表から安馬さんの事は沢山伺ってて、それで帰って来られた時、凄くしんどそうだったので、心配になって私は……」


「あ、そういう事かぁ。ごめんね。心配かけちゃってさ。やっぱ任意とは言っても取り調べ室に入れられて刑事と顔を突き合わせるのは、正直、キツかったよ。大した事を聞かれた訳でもないのに、なんていうかな。圧力?圧迫感が半端なくてさ」


「そんな大変だったんですか……」


「君もその内、呼ばれるだろうけど、余り気張らない方がいいと思うよ」


「わかりました。ありがとうございます。安馬さんもゆっくりお休みしてください」


「ありがとう」


「あ、それと今朝、お風呂場に行かれました?」


「どうして?」


「お風呂場に衣服が脱ぎっぱなしになってて、男性の皆さんに聞いたら、皆んな自分のではないと仰られたので、安馬さんが洗濯に出そうとして置き忘れたのかなぁと思って」


その言葉を聞いた安馬は全身から血の気が引くのを感じた。背中に冷たい汗が滲み出る。


まさかあの時変な臭いがするからとシャワーを浴びたのは間違いない。


あの時、俺はパジャマだったのか?それとも田浦を殺害した後に部屋へ戻って……そのままベッドに突っ伏した!中々寝付けず朝方になってようやく眠れたのだが、刑事が迎えに来たと園崎に叩き起こされた俺は……


嫌な臭いがしたからシャワーを浴びる為に着ていた服をそこに放り出し、浴びた後は臭いが多少マシになったからと、着替えてから……


「その服はどうした!」


大声を上げた事に安馬は慌てた。しまったと思い直ぐに言い直した。


「ごめん、疲れすぎててつい大声になってしまって……」


志自岐という新会員は安馬の声に一瞬にして肩を縮こませた。離れた場所で歓迎会をしているメンバーも会話を止めてこちらを伺っていた。


「あ、いえ。こっちこそ疲れているのに、服くらいの事で足止めしてすいませんでした」


「いいよ。いい。大丈夫。自分がほったらかしにしたのが悪いんだから。ところで僕の衣服は今、何処にあるのかな?」


「前田さんに話したら、皆んなの物と一緒に洗濯するから置いときなって仰られたのでそのままにしておきました。で、今は屋上で干してます」


「わかった。手間をかけてごめんね。ありがとう。後で、自分が取りに行くから。ついでに他の洗濯物も取り込んでくるよ。迷惑をかけた罰としてね」


安馬はいい、再び階段を登って行った。その時は既に全身が凍える程の冷や汗をかいていた。


あのズボンのポケットの中には田浦寿子を殺害した凶器である紐が入っているのだ。


洗濯だけなら恐らくポケットから出るような事はないとは思うのだが……


安馬は部屋に戻らずそのまま屋上へと向かった。

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